古海三耶子と文化祭
人を驚かせるのって楽しいな。
中学生カップルの叫び声を聞きながら、古海三耶子は微笑んだ。
一年七組の出し物である『迷路お化け』――その客入りはぼちぼちといった感じである。スタートの十時からお化け役に精を出し、既に一時間半が経過したが、いまの中学生で十一組目。内一組は、開始直後にやってきた夜々と葉火だ。
物足りない。もっと驚かせてやりたい。
全てのお客様に恐怖という状態異常をお見舞いしてやるわ――なんて意気込んでいたのだが、そんな野望は打ち砕かれることとなった。
交代の時間である。
「ごめんね古海! トラブっちゃってさ! ありがと!」
クラスメイトの女子生徒が済まなそうに手を合わせ、何度も謝ってくる。
お化け役など諸々のスタッフは一時間毎の交代制となっているのだが、三耶子の引継ぎ先である女子生徒が彼氏の浮気を糾弾するとかなんとかで、三十分だけ時間が欲しいということだったため、快く延長を引き受けたのだ。
「お安い御用よ。困った時はお互い様って言うじゃない。仲直りできた?」
「別れた。慰謝料としてケーキのタダ券ぶん取ってきたから、古海にあげる。ほんとありがとね」
「そんな縁起の悪い物受け取れないわ」
「言うじゃん。冗談だよ、私の勘違いだった」
照れた顔で笑うクラスメイトに三耶子は笑い返し、二枚の無料券をありがたく受け取った。
「それで姉倉でも誘いなよ」
「ふふふ。ありがとう」
引継ぎを済ませ、部屋の隅にある荷物置き場からブレザーを一枚掴み、教室を出る。廊下が人で賑わっているのを見て、もっと入ってきてくれたらよかったのに、と三耶子は口を尖らせた。
さてどこへ行こう。
手にはケーキの無料券が二枚。
せっかくなら三人の内誰かと一緒に行きたい。
憂か、夜々か、葉火か。
持っている限りの情報では三人ともフリーのはずだ。
誰を誘おうか――迷った末に三耶子の出した結論は、最初に会った人を誘おう、だった。一緒にいたら、最初に目に入った人に譲ろう。
スマホで連絡を取っても良かったが、それじゃ味気ない。歩き回って見つけ出す方が楽しいに決まっている。三耶子は勢いよくブレザーを羽織ると、跳ねるような足取りで歩き出した。
とりあえずの進路は、無料券の発行元である二年生エリアのケーキ屋さんだ。
角を折れて、階段に差し掛かる。偶然にも人がいなかったので、一度足を止める。周囲を見回し、誰も居ないのを確認し――もう一度念入りにチェックして。
両手を広げる。
三耶子が着ているブレザーはサイズが大きくやや不格好で、本人の物でないことは誰が見ても明らかだ。
そう。
着用中のブレザーは、憂の物だった。先日の制服交換が思いのほか楽しかったため、こっそり拝借したのである。
「……誰も居ないわよね」
と、最終確認のように呟いて。
三耶子は。
躊躇いながらも右腕を鼻先へ近付け――すう、と遠慮がちに息を吸った。
匂いを嗅いだ。
先日は本人が目の前にいたため、こんなはしたなぶるな行為は断念せざるを得なかったが、実はずっと嗅いでみたかった。
ほんのり甘い香りがする。
お友達の匂い。
大変満足である。
気が済んだので再び歩き出そうとしたところで――
「なにしてるんですか」
と、背後から鋭い声が投げ込まれた。三耶子は驚きのあまり普段から伸びている背筋を更に伸ばし、硬直。
振り返るのが恐ろしくて堪らなかったが、目撃者の顔を見逃してはいよいよ打つ手が無くなってしまう。
ゆっくり、処理落ちしたような動きで、声の方を向く。
立っていたのは、音もなく現れたのは――マチルダ。感情の読めない無表情。
「おはようございますフーミャンさん。ジャージにブレザーとはハイセンスな出で立ちで。よっ、お洒落しゃれこうべ!」
「……見たわね?」
「なんのことです? 見てられませんよ。こっそり男物のブレザーを嗅いでウッキウキな清楚風女子なんて。それ、ジミヘンさんのですか?」
一息に目標へ肉薄した三耶子は、右腕をマチルダの顔に押し付ける。マチルダが大きくのけ反った。
「一体なんの真似ですか」
「これで共犯ね。バラそうものなら仲良く赤っ恥よ」
「これはこれはフーミャンさんらしくもない。その論理には致命的な穴がありますよ。さてジミヘンさんは、私とフーミャンさん、どちらの言い分を信じるでしょうね」
「言っちゃ悪いけど、私を信じてくれると思うわ」
「私もそう思います」
顔色一つ変えずに言ったマチルダが、わざとらしく鼻を擦る。
「言いませんよ。簡単には言いません。私は情報の価値を知っています。このネタでお洒落しゃれこうべを骨の髄までしゃぶりつくしてやろうかと」
「ケーキの無料券をあげるわ」
「いりません。甘い物なんざ角砂糖で十分です」
「ポップコーンをお腹いっぱいご馳走する」
「む。それはちょっと惹かれますね」
感じた手応えのまま押し切ろうとする三耶子だったが、しかし両手でバツを作ったマチルダに「それ以上続けると弾けるのはあなたですよ」と制される。
まったく、本当に厄介な相手に知られてしまった。
よりにもよって、と言っていい。
打つ手がなくなった三耶子は悪あがきを試みる。
「マチルダさんって素敵よね。人間性が輝いてるっていうか……ゴールデン。ゴールデンラズベリー賞みたいな?」
「それ最低な映画を決める賞ですよ。まさか喧嘩を売られるとは」
「そんなつもりはなかったの。ごめんなさい、にわか知識を持ち出してしまって。こうなったら煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい。ちゃんと食べるのよ。喉に張り付いてやるんだから。私の好物以外通さないわ。ゲーム機とか」
「気味の悪いことを。なんかジミヘンさんに似てきましたね。よくない傾向ですよ」
それからもマチルダと交渉を続け、ひとまずの妥協点を探り出し、口止めに成功した。
代償として三耶子は本日よりゴシップ同好会の一員である。マチルダ曰く、部への昇格を本気で目指しているので人員が必要だとかなんとか。
人が増えても無理だと思う。活動に参加する予定も無い。
野望の成就へ近付いたことで気を良くしたのだろうマチルダは、「決して口外しません。針千本飲む覚悟あり、ただし高飛び前提」と言い残し去って行った。
見送りながら、三耶子は自身の軽率さを恥じ、好奇心の取り扱いには注意しようと自省するのだった。
風に当たりたくなったので、一度外へ出ることにした。
昇降口で靴を履き替え、屋外へ。
正門へ続く道に模擬店がずらりと並んでいる。
これらは主に文化部によるものらしく、ヨーヨー釣りや射的といった縁日を思わせるラインナップが興味をくすぐってくる。
あちこちから感じられるお祭りの波動に目移りしながらも、その内の射撃訓練場なるアトラクションで弾の出ないモデルガンを満喫した。
次に校庭の近く、運動部の縄張りで、勝ったら景品が貰えるというアームレスリングに参加して、上級生の柔道女子に瞬殺された。
参加賞の飴玉を舐めながら、当初の目的を思い出しつつ三耶子は思い切り伸びをする。
なんて楽しいのかしら。みんなも一緒ならもっと楽しいに違いないわ。
そんな風に思えることが嬉しかった。
三耶子は口元を隠すように両手を添えて笑うと、一人でなにをやってるんだと恥ずかしくなり、吐息で温めたふりをして、両手をブレザーのポケットへ逃がす。
そのまま歩き出したところで、またしても好奇心がむくむくとせり上がってきた。
――憂くんは普段なにを持ち歩いているのかしら。
勝手に持ち物をチェックするのはどうかと思ったが、両手の感触の正体が気になり、思い切って中身を引き出した。
右手側はスマホ、左手側には二枚のハンカチ。
交互に見つめ、ポケットへ戻す。
「置いてっちゃダメでしょうに」
と、思わず呟いて。
笑いながら呟いて。
内ポケットに手を入れる。
感触から生徒手帳だろうと察しがついたが、せっかくなので写真を見てやろうと決めた。取り出して学生証の入っている部分へ目を凝らすと、
「……夜々ちゃん?」
真面目風味な顔の夜々の写真があり、またしても三耶子は独り言を漏らした。
どうして憂くんが夜々ちゃんの生徒手帳を持っているの?
頭の中でハムスターが疑問符を投げ散らかしていく。
へーい三耶子ちゃん! おーばんぶるまいだよ! という声が聞こえてくる。
写真ばかりを凝視していたため周囲への注意が疎かになっていた三耶子は、だから目の前に迫る人物に気が付かず、ぶつかってしまった。
「げし」と小さな悲鳴が口から零れ、生徒手帳を取り落とす。
「ご、ごめんなさい。ながら歩きをしてしまって」
謝りながら手帳を拾おうとすると、目の前にいる人物が先にそれを拾い上げた。
「こちらこそごめんなさい。少し慌てて――あれ」
そんな声が聞こえてきて、三耶子は顔を上げてぶつかった相手を見る。
立っていたのは自分の母と同じくらいの年齢であろう女性だ。拾った手帳に目を落とし、どこか嬉しそうな顔をしている。それから三耶子を見ると、上品に笑んだ。
「もしかして、夜々のお知り合いですか?」
「え、と――はい。お友達をさせていただいてます。もしかして、夜々ちゃんのお母様ですか」
三耶子の返事を受け、女性は笑顔を心安さの感じられるものへ切り替えた。
「母の
大河は礼を告げながら深く頭を下げる。
慌てた三耶子はしゃがんで自身の頭を大河より低い位置へ持っていく。
顔を上げた大河は、三耶子の挙動不審が可笑しかったのか、ふにゃりとした笑みを見せた。
夜々にそっくりだと三耶子は思った。
目つきはやや鋭いが、穏やかな雰囲気や表情の作り方がそっくりだ。それでいて子供っぽいという印象はなく、大人の余裕というものが感じられる。
「こちらこそありがとうございます。夜々ちゃんとは仲良くさせてもらっていて――あ、まずは名前ですよね。古海三耶子っていいます」
「三耶子ちゃんね。こんな可愛いお友達がいたなんて、嬉しい」
大河に差し出された手帳を受け取る。
「拾ってくれたの? あの子、走るの好きだから落としちゃったのかな」
「そんな感じだと思います」
三耶子自身、どうして手元にあるのかよく分かっていないので同調しておいた。
真実はどんな形をしているのだろう。
このブレザーの持ち主である愛すべき友人は、時折大胆な発言を平然と繰り出してくるので、もしかすると「僕をいつでも見れるように貸してあげる。代わりにキミの手帳を貰うよ。これで実質同棲だね」なんてことを言ったのかもしれない。言っていても別に驚かない。
「ねえ三耶子ちゃん。いま夜々がどこにいるのかって、分かる? 電話してみたけど繋がらなくって」
「そうなんですか。ごめんなさい、私もいま探してるところなんです。一応、掛けてみますね」
三耶子は自身のスマホで夜々に電話を掛けてみたが応答はなかった。憂のスマホは手元にあるので、次に葉火へ掛けたが、こちらも空振りに終わる。
困ったな、と大河は呟いた。
事情を聞くと、下の娘と息子、虎南と暁東も来ているらしいのだが、連絡がつかないのだという。元々はお昼になってから父も含めた四人で向かうはずだったが、虎南と暁東が隙を突いて勝手に飛び出したのだそうだ。
「それで慌てて追いかけてきたの。着いたって連絡は貰ったけど、それきりで」と、大河。
「でしたら一緒に探しましょう。現地ガイドの心得はあります」
思い切ってふざけてみたところ、大河がくすりと笑ったので嬉しくなり、三耶子は一層張り切った。
「ありがとう。ごめんね、巻き込んじゃって」
「いいんです。どんどん巻き込んでください」
現状手掛かりが無いので、夜々のクラスである二組の教室を目指すことに決めた。
行きましょう、と三耶子は身を翻し大河を先導する。昇降口で靴を履き替え、来場者用のスリッパを大河に渡し、校内へ。
大河は楽しそうに辺りを見回したのち、言う。
「素敵な学校ね。みんな楽しそう。夜々は、学校でどんな子かな。元気にしてる?」
「人気者です。いつも元気で可愛くて、鈴をドリブルするみたいに笑うんですよ。見てるこっちも楽しくなります」
「ドリブル。種目はサッカー?」
「バスケットボールです」
「最近の鈴は跳ねるのねえ」
そんなことを話している内に二組へ到着した。様々なコスプレをした人達が、お客様にお菓子とドリンクを提供している。
ぐるりと一望してみたが夜々と葉火は見当たらない。
三耶子は空振りに気を落とすことはなく、むしろ燃えると言わんばかりに活き活きと、スタッフの女子生徒に声を掛けた。
「やっほー鹿倉さん。夜々ちゃんと葉火ちゃん見なかった?」
「……見てない。古海、よくそんなフランクに話しかけられるね」
三耶子が声を掛けたのは、鹿倉潮。
指摘の通りフランクに接する相手ではなかった。
鹿倉はリボンやハートマークが多用される、人によっては尊厳を粉々に砕かれてもおかしくないピンクのメイド服に身を包み、この世の終わりのような顔で働いている。
「似合ってるわよ。チェキをお願いするわ」と、三耶子が言う。
「……本当にごめんなさい。心の底から反省してます」
鹿倉曰く、葉火の命令によるものらしい。
弦羽は語尾にハートマークを付けて喋らされているのだそうだ。
葉火は面白がって言ったのだろうが、負い目のある鹿倉達が逆らえるはずはなく、このような醜態を晒しているらしかった。
無許可で撮影して、教室を出る。
去り際に、他の子から面白い目撃情報を手に入れた。
葉火率いる和製アダムスファミリーが西側ではしゃぎまわっているそうだ。名瀬さんのような子も一緒だった、ということで虎南と一緒であると確信した。
既に移動しているかもしれないが、鉢合う可能性を期待して西側へ。
葉火はなんとなく高い所が好きそうなので、三階へ上がる。
見当たらなかったので二階へ下り、歩いていると――視線の先に知っている姿を見つけた。あの後ろ姿は恐らく憂と夜々だ。
「あれ、夜々ちゃんだと思います。キョンシーの恰好をしてる子」
「あの唯一無二のプリティーな後姿は間違いなく夜々だね」
大河は早口で言い夜々へ駆け寄ろうと一歩踏み出して――足を止める。
そして。
「――夜々、すごく嬉しそう。久しぶりに見た、あんな顔」
寂しそうに、けれどなにより嬉しそうに、大河は微笑んだ。
三耶子にも同じ光景が見えている。
楽しそうな夜々の横顔。
隣にいる憂の頭を撫でようとして押し返されている。
仲睦まじげなやり取り。
「……邪魔しちゃ悪いから、虎南を探そうかな」と、大河。
「お付き合いします」
三耶子もまた微笑みながら、大河と肩を並べる。
確かにあれに割って入るのは、無粋というものだ。
「あの子は、夜々の彼氏さんかな? 三耶子ちゃんも知ってる人?」
「はい。二人とも、私のお友達です。付き合ってはいないと思いますよ」
「――そっか。三耶子ちゃんは、行かなくていいの?」
「私は大河さんのお供です。ふふふ。二人とも、すごく楽しそうですよね」
三耶子は嬉しさを堪え切れないといった具合に口元をほころばせ、不意に。
唐突に。
「私、二人のことが大好きなんです」
と、心の中身を口にした。
大事なことを、本心を。
無性に言いたくなった。
「二人のおかげで、私は大切なことを知りました。大切な物を、得られました」
生き方を知った。友人を得た。
「おかげで私は――幸せです。それ以外の言葉が見つからないくらい、幸せです。だから二人にも、私の大好きな人達にも、思い切り幸せになって欲しい。その中に私もいられたら、なんて。欲張りかもしれないけど、そう思ってます」
あの愉快な人達とずっと友達でいたいと切に思う。
ずっと。
好きな人達と。
好きな人。
三耶子は遠ざかっていく憂の背を見つめながら考える。
いまはまだ、友達としての好きだけど――。
――きっと私は、いつか彼に恋をする。
時間の問題ってやつだろう。いや、そう思っているだけでとっくに恋に落ちているのかもしれない。落ちた衝撃で感覚が狂ってしまったか、それとも格好つけて気付かないふりをしているのか。
私が選ばれることはないからって。
格好つけているのかしら。
だとしたら、自分が格好つけているのだとしたら――それが誰の影響なのか、考えるまでもない。友人の影響を受けるのは嬉しいことだと三耶子は笑う。
まあ、実際のところどうなのかは分からない。
恋をしていても、していなくても。
どちらでも。
ずっといまのままでいい。
だって私は、いまでも十分すぎるほどに幸せだもの。
だから憂くんには早めにくっついてもらいたい。
でないと、欲張りな私は、そのうち勘違いしてしまうだろうから。
三耶子は穏やかに笑む。大河もまた同じように笑って言った。
「ありがとう。三耶子ちゃんが夜々の友達でいてくれて嬉しい」
それはなにより嬉しい言葉だった。
三耶子は更に笑みを深くする。
「そんなことを言ってもらえるなんて、今日はとてもいい日です」
憂も夜々と葉火も、全員同じくらいに大好きだ。
好きな人には幸せになってもらいたい。
その時自分もそばにいたい。
友達と。
友達として。
友達なら――なんて、恥ずかしげもなく。
そう思う。
少なくとも今この時は。
「ふふふ。私ってつくづく、骨の髄から、あれみたい」
「あれ?」
「ごめんなさい、独り言です。今日は思いっきり楽しみましょう」
首を傾げる大河に笑いかけたところで、三耶子のスマホに着信があった。ボタンを押して耳へあてがうと、葉火の色めいた声が飛び出してくる。
「どうしたのよ三耶子。あんたいまどこにいるの?」
「あなたの後ろにいるわ――じゃなくて。ふざけてる場合じゃないのよ葉火ちゃん。真面目に聞いて」
「はあ? 頭おかしいんじゃないの。もしかして憂が三耶子の声真似してんの? 似てるじゃない」
「本人よ。虎南ちゃんを見かけなかった?」
「一緒にいるわよ。暁東と氷佳、憂の両親の計六人で行動してるとこ」
「そうなの。丁度良かった。私、夜々ちゃんのお母さんと一緒にいるのだけど、虎南ちゃんと暁東くんを探しているから、合流しましょう」
了解したわ、と葉火は言って。
「十五分くらい後でもいい? いいわよね。たった今あたし以外の全員が脱出ゲームに飛び込んでったとこなのよ。全員テンション高すぎるわ。特に虎南。はしゃぎすぎてて手に負えないもの」
「ふふふ。すごく楽しそうじゃない、葉火ちゃんも。私も混ぜて。場所はどこなの?」
「二年の三組」
一度スマホを耳から離し、大河にあらましを説明した上で了承を得て、返事をする。
「それじゃ、近くにいるから終わったら電話してちょうだい。あ、最後に。暁東くんの様子も聞かせて」
「ずっと氷佳の手握ってるわ。あいつ絶対氷佳のこと好きよ。氷佳も暁東が好きみたいね。その辺りはあとで話しましょ。じゃ、あたしも行くわ。五分と掛からず片付けてやるから、スマホを握りしめて待ってなさい」
「はいはい。期待してるわ、謎解き王ハヒー様」
「うっさいわね。舌引っこ抜くわよ――いや、舌弄るのはあんたの得意技だったわ」
「そ、それは忘れてって言ったでしょ!」
いつになく取り乱し大声を出す三耶子だったが、言い終える前に電話を切られてしまった。
嘘つき。忘れるって言ったのに。
昨晩のことを思い出すと顔中に熱が集まってくる。
三耶子は咳払いで強引に間を作り直し、なんでもないことのように振舞いながら、大河を見る。
「虎南ちゃんも暁東くんも元気いっぱいみたいです。安心していいと思います」
「そっか。ありがとう三耶子ちゃん。もう少しだけよろしくね」
ふふふと笑い合って。
さて時間までなにをして過ごそうか、と、そこで三耶子は思い出した。
二枚の券をポケットから取り出し、大河に向かって、やや緊張気味に言う。
「ケーキの無料券があるので、一緒にお茶でもしませんか? 夜々ちゃんのお話を聞かせてください」
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