私もうダメかもしんない
「私と虎南は、血が繋がってないんだよ」
夜々は寂しそうに目を伏せ、けれど穏やかな声でそう言った。
沈まない軽さで。
自然な明るさで。
そう言った。
「私を産んでくれたお母さんは、もういないの。あんまり身体が強くなかったみたいでさ、私を産んですぐにいなくなっちゃったみたい。だから顔も、声も、匂いも――なんにも覚えてない。でも、こうして元気に産んでくれた、自慢のお母さん」
と、力の籠った声。誇らしげに口の端を上げた夜々が、正面の葉火を見る。
「いまのお母さんも、大好きだよ。私を本当の娘だと思ってくれてる。大切にしてくれてるのが、すごく伝わってくるもん。そこは一度も疑ったりなんてしてない。私と、虎南と、暁東で態度を変えたことなんて一度もないから。元気に育ててくれた、自慢のお母さん」
繕っているようには感じられない、同じ温度を持つ言葉だった。
少なくとも憂にはそう伝わった。
「虎南は、お母さんの連れ子でね。暁東はいまのお父さんとの子供だよ。そういうわけで、私と虎南は血が繋がってないの。顔が似てないのは、そういうこと」
夜々は困ったように笑って憂を見る。
虎南と初めて会った時、顔が似ていないという印象を抱いたのは事実だ。
しかしそれは顔のみに限った話で、纏う雰囲気や見せる仕草は、夜々の妹に違いないと思えるものだった。
妹そのものだった。
そんな風に考えつつ、まずは夜々の話を全て聞くため、憂は優しく笑んで先を促す。
「前に私は自分を姉だと思えてないって言ったけど、それは本当は他人だって知ったから……じゃなくて。このことを、虎南が知らないから。私が全部知ってるってこと、家族の誰も知らないからなんだよ」
という夜々の言を受け、正面にいる葉火の眉が跳ねた。
「それなら夜々は、どうやって知ったのよ」
「日記を見つけたの。いまから大体三年前くらいかな。中学生になって、少し経った頃。お父さんもお母さんもいない時、こっそり家の中を探索するのが好きでさ。その日はお父さんの書斎で、読めもしない本を開いてみたり、引き出しから書類を出して広げてみたり、そんな風に遊んでた。そしたらたまたま、見つけちゃって。産んでくれたお母さんが書いてた日記を」
夜々は照れくさそうに、自慢話をするように言う。
「お母さんね、私が生まれるって分かってから、毎日、一日も欠かさず日記をつけてた。凄いんだよ。ほんとにね、凄いんだよ。たったの一度も、後ろ向きなことは書いてなかった。辛いことだって、たくさんあったはずなのに。同じような日々を、同じくらい楽しそうに、違う言葉で思い出にしてた。2月13日――最後の日、最後の一行まで、お父さんと私を、想ってた」
そこで夜々は言葉を切り、大切な物を抱えるように、自分の身体を抱きしめる。
すると三耶子が立ち上がり、夜々の真横へ移動して腰を下ろした。
肩と肩が触れ合う距離。
夜々の左肩に、三耶子の右肩が触れる。
「夜々ちゃん。無理に明るく振舞わなくてもいいのよ」
「……ありがとね。でも、大丈夫だよ。これは嬉しいことだから。笑って話せることが、誇らしいことだからさ」
笑って、夜々は話を再開する。
「日記には続きがあってね。次のページに、お父さんの字で書いてあったの。お母さんへの感謝と、新しく家族ができるって報告が。いまのお母さんとその子供、虎南と一緒になるって。日付は、最後の日から三年くらい後」
そうして私は知ったんだよ。
夜々の視線は、三耶子を向く。
「……最初はショックで、結構落ち込んじゃってた。そんな私を虎南が優しく慰めてくれてさ。その時思った。どんな事情があっても、私達が家族であることに変わりはないって。思ったんだけど……同時に虎南が本当のことを知った時どうなるか、怖くなった。虎南は私をお姉ちゃんだと思ってくれなかったら、どうしようって」
ある日突然、真実を知って。
たった一人で真実を知って。
見方が一変した。
怖くないはずがない。
怖くならないはずがない。
「そしたら一気に全部が怖くなって。ごめん、さっき嘘をついた。いまのお母さんを疑ったことなんてないって言ったけど――もし、本当のことを知った虎南が、私を受け入れられなかったとしたら。お母さんは虎南の味方するかもって考えちゃった。お腹にいる子供を想う母親の気持ちが、どれだけ大きいものなのかを知ったから、なおさらね」
自分の命より大切なんだって、知ったから。
夜々は言って。
「だからお母さんにとって虎南と暁東は大切で――じゃあ、私は? 血の繋がりを持たない私は、どうなんだろうって不安になった。私にはお父さんがいるけど、味方してくれるって、思えなくて。だってお父さんは、家族みんなを大切にしてるから。平等だから」
大きく息を吸って、深く吐きながら。
「私は――お父さんに、一度だけでいいから特別扱いして欲しかった。私しか知らないなにかが、欲しかった」
夜々は――いつかの虎南のように。
妹のように。
特別であることを願った。
平等は嫌だと口にした。
「たった一度のズルがあれば、私はそれで良かったの。一人にはならないんだって思えたら、それだけで、怖くなかった。でもそんなことは言えなくって、だから聞けなくて。頭では分かってるつもりなんだけどね。お父さんはなにより私のことを考えてくれてる。だからお母さんと、虎南と、暁東がいてくれてる。私が寂しくないように、色々考えてくれたんだって、分かるよ」
三耶子が夜々の手を握り、夜々も握り返す。
「頭では分かってても、どうしても悪い方にばっかり考えちゃって、私のことなんてどうでもいいのかな、なんて……そんなわけないのに。そんなわけない、ばっかりなんだよ。だって私は、誰の口からも聞いてない。なのに勝手に寂しさを感じてるんだ。自分のことばっかり、考えて」
なにやってるんだろうね、と、夜々は自嘲する。
「……色々悩んだけど、お母さん達が私の家族だって気持ちは変わらない。だから気にしないようにして、お父さんみたいに振舞ってみたんだけど……上手くできなくてさ。家に、居づらくなっちゃった」
参ったねー、なんて空いている右手で頬を掻きながら、
「不甲斐ないよ」
言い終えて、ピリオドを打つように吐息を漏らした。
「……話したかった内容は、こんなところ。ずっと誰かに聞いて欲しかった。ごめんね、ごちゃごちゃのぐちゃぐちゃで。楽しいとこに水差しちゃった」
「そんなことないよ。僕はずっと、夜々さんの話を聞きたかった」
「話したらスッキリした! 要は私が、色々こじらせちゃってるって話だね。まあ、こういうのはさ、私がもう少し大人になれば解決すると思うんだ。私がもっと大きくなったら、お父さん達も本当のことを話してくれるだろうから。その時は私も折り合いをつけられるようになってる気がする。昔から手のかかる子供だったから、いまはまだ心配なんだろうね」
「これで、おしまいってこと?」
「うん、おしまい! 聞いてくれてありがと!」
嘘だ、と憂が言おうとして――それよりも早く。
「嘘ね。全然そんなこと思ってないでしょうに」
と、葉火が鋭く切り込んだ。
「すぐにでもなんとかしたいって顔に書いてあるわよ。あたし達に背中押して欲しいって――あたし達が一緒なら頑張れる気がするって、そう言えばいいじゃない」
葉火は夜々の隣に移動して、肩と肩を触れ合わせる。
葉火と三耶子で夜々を挟み込む形。
「甘えたい気分なんでしょ。もっとワガママ言いなさいよ。あんた一番年下なんだから」
「……葉火ちゃんの誕生日、いつ?」
「3月17日よ。言ってなかったかしら」
「私の方が年上じゃん! 葉火ちゃんより年下の同学年の方が少ないと思うよ!?」
「調子出てきたじゃない。そっちの方が言いたいことも言いやすいでしょ」
夜々の頭を乱暴に撫でながら葉火は不敵に笑み、憂へ手招きをする。
あんたもこっちに寄りなさい、と葉火が言う頃には、憂はとっくに動き出していた。
憂は夜々の正面に腰を下ろし、背筋を伸ばす。
「夜々の両親がなにを思っているのかは、あたし達には分からないわ。だから、分かってることを言うわね。分かり切ったことを、言わせてもらうわ」
葉火は憂へ「あんたが言いなさい」と目線で促す。
憂もまた「任せとけ」なんて目線で返し、言った。
「僕達にとって夜々さんは特別だ」
だから言いたいことを言わせてもらう。
「僕も先延ばしには反対だよ。前に夜々さんは、頑張ってるって言った。現に行動してるって話してくれた。やりたいことが、あるんだよね?」
「それは――」
「教えてよ」
言い淀み目線を逸らそうとする夜々の頭を、両側の葉火と三耶子が掴み、無理やり正面を向かせる。
強制的に。
憂と夜々の視線が絡み合う。
目と目を合わせる。
夜々は、なにも言わない。
「僕達は夜々さんに、憂いなく笑って過ごしてほしい。それに――」
――押すべきタイミングが来たら強引にでも押すべきです。
虎南の言葉を思い出して。
夜々の妹を思い出して。
「虎南ちゃんが待ってる。あの子にも望んでいることがある。それは夜々さんにしか叶えられないものだ。家族の問題は、家族でなんとかするしかないんだから」
突き放すようなことを、寄り添うような口調で憂は言った。
家族の問題をなんとかできるのは、家族だけ。現状を変えたいと願うのなら、他ならぬ夜々が踏み出さなければ、解決には繋がらない。
「傷付くことになるかもしれないけど――その時は、僕達がいる。恨み言でもなんでも、遠慮なくぶつけてよ」
だから、秘めている思いを、言葉にして欲しい。
話せば分かる。
話さなければ、分からない。
いまや憂の指針ともなる信念を教えてくれたのは、夜々だ。
「思ってることを、口にする。言葉にする。僕に教えてくれたろ」
「私は……自分にできないことを、やりたくてもできないことを、憂くん達に求めたんだよ」
憂は真っすぐに夜々を見続ける。
葉火と三耶子が手を離し、自由になった夜々は、もう目を背けない。
「かっこよかった。私も、あんな風にできたらなって、思った」
夜々の弱々しい笑みを受けて、憂は思う。
彼女がそうしてくれたように。
自分も、迷う彼女の道標となれたなら――それはどれだけ、誇らしいことだろう。
「出来るよ。今度は僕らが夜々さんを支えるから」
憂は夜々の両親を片側からしか知らない。
それなのに夜々を導こうとするのは、無責任かもしれない。
間違っているのかもしれない。
けれど夜々の望みを応援すべきだと、そうしたいと憂は思った。
恨まれる挙句になったとしても。
それを受け止め、癒し、共に立ち上がれる存在が、友人なのだと、目指すべき友人関係なのだと――そう思った。
憂が強気な表情で口角を上げる。
対照的な顔をしていた夜々だったが、やがて意を決したように、
「私は――」
と、前置いて。
「私は――いまのままじゃ、いたくない。ちゃんと、話したい。本当のこと話して、私がみんなを家族だと思ってるって、言葉にして伝えたい。帰るのがいつも遅いこと、心配かけてごめんなさいって謝りたい。ダメなお姉ちゃんでごめんって、謝りたい」
息継ぎをして、続ける。
「まずはお父さんとお母さんと話をして。それから――虎南と。全部知った虎南と、向き合って話をしたい。虎南は私の妹なんだよって、伝わるように、伝えたいから。暁東にも、話せる限りを話したい。そして――叶うなら。私のこと、娘だって、お姉ちゃんだって、言ってもらいたい。それが無理でも、例え元通りにはなれなかったとしても。いまのままじゃ、いたくない」
そう。
夜々だって分かっているのだ。
自分の抱える疎外感を、自分だけが知っているという孤独を、解消するための方法が。
包み隠さず腹を割って話すこと。
とても難しくて簡単なやり方。
それしかないと、分かっているのだ。
たとえ自分勝手でも、いまのままじゃいたくない。
一緒に居たいと思うから。
一緒に痛いと思いたい。
過去に夜々が、弦羽に言ったことだ。
葉火と三耶子の手を握り、憂を見据え、拳を握り――夜々は続く思いを言葉にする。
「だから、頑張れって背中を押してくれないかな。そしたら最初の一歩を踏み出せる。私、頑張るから。当たり前みたいに失敗するかもしれないけど、その時は無理やり立たせて蹴っ飛ばしてよ。何回だって頑張るから、私と、一緒にいて」
夜々がなにより恐れているのは、孤独。
ひとりぼっち。
夜々の願いに対する三人の答えは、同時で、同一だった。
――そう言ってくれると思ってた。
微笑みながら、異口同音。
寸分違わず、同じ音。
示し合わせたような連携に夜々は驚いたような顔をして、ふにゃりと笑う。
「ありがと、みんな」
やっぱり夜々には笑顔が一番だ、と憂はしみじみ感じつつ、次は僕達の番だと言わんばかりに、意気揚々語り始めた。
「押すだけ押してあとは静観、なんてつもりはないよ。僕達も、僕達にできることをやらせてもらう。まずは夜々さんの支えとなれるような、居心地の良い場所を作る剣ヶ峰式。これはクリアできたと思っていいかな」
夜々が数度、小さく頷く。
「次に、虎南ちゃん。あの子を一人にしちゃダメだ。念の為、家族以外に感情をぶつけられる相手が――」
恨める相手が。
「――居た方がいい。学校の友人を頼る可能性も大いにあるけど、年上も選べるようにしておこう。だから、虎南ちゃんの信頼を勝ち取っておかないと」
憂の視線を受けた葉火が、自信の色濃い顔で同意する。
「そしてもう一つ。これは提案というか、余計なお節介。要らなかったら断って欲しいんだけど、夜々さんの両親に僕達を知ってもらおう」
夜々がわずかに首を傾げる。
「家族が相手だからこそ言えない弱音が存在することを、夜々さんの両親も分かってるはずだ。だから、自分の娘に、それを聞いてあげられるだけの素敵な友人がいるってことを、知ってもらう。心配されてるっていうのなら、心配いらないって見せつけてやるんだ」
自分で言っておきながら恥ずかしくて堪らないが、いまはそんなちんけな羞恥心に構っている暇はない。燃え上がろうとも、貫き通す場面なのだ。
「そうすれば、お父さんとお母さんも話しやすくなるんじゃないかな。結局のところ、最終的には夜々さん任せにはなるけれど。夜々さんが自分の意思で踏み込まないと、自分の足で踏み出さないと意味がない。だから僕達は、そうするための環境が少しでも良くなるよう整えるんだ」
夜々の安心できる居場所から背中を押し。
もしもの際に虎南が一人で抱え込まないようにして。
夜々の両親に、娘を支えられる友人がいると示す。
欲望の詰め合わせ。
――我ながらスマートじゃないな、なんて呆れた風に笑いながら、憂は続ける。
「来週末には誂えたように打ってつけな催しがある。ねえ、三耶子さん」
「文化祭ね。夜々ちゃんのご家族を、招待しましょう」
「夜々さんの楽しむ姿を見せるにはこの上ない舞台、ってことで」
憂が笑って。
三耶子も笑う。
葉火は、言わずもがな。
憂の提案は本人も自覚する通り、自己満足の混じった余計なお節介。
理想めいた、おとぎ話のような計画だが――友人と理想を語り合えるのは、喜ばしいことだ。
彼女を一人にしないと決めたのだから、少しでも力になりたい。
口だけでなく、行動を伴わせたい。
呆然とする夜々に、憂は笑いかける。
まるで自分達が世界の中心にいるような、若さゆえの全能感のままに根拠もなく――くっきりとした確信を込め、宣言する。
「必ず上手くいく。上手くいくまで諦めない。つまり成功率は百パーセントだ。最後までしぶとく欲張りに、それが僕らの得意技なんだから」
「ビシッと一言で決めなさいよ。締まらないわね」
「ふふふ。それだけ張り切っているのよね」
葉火と三耶子に茶々を入れられるも聞こえなかったふりをする。
そんな憂をじっと見つめ、夜々が訊いた。
「どうして……どうしてみんな、そんなに優しくしてくれるの?」
と、嬉しそうに。
言われて嬉しかった言葉を、もう一度引き出そうとするような、期待の籠った問い。
最初に答えたのは葉火だった。
「言ってやりなさいよ憂。考えてることは一緒なんだから」
「そうね、言ってあげて。言葉にすべき大切なことを」
二人からのパスを受け取り、憂は澄ました顔で口角を上げる。
考えていることは、みんな同じ。
それを言葉にする。
伝わるように、伝える。
夜々に優しくする理由。
それは。
僕も――。
――僕達も。
「キミのことが好きだから」
夜々が言ってくれたように、憂も、三耶子も、葉火も。
同じように、同じくらい、夜々のことが好きなのだ。
伝えないのは、フェアじゃない。
憂の言葉を受けた夜々は目を見開き、聞き取れない言語で変な音を出すと、勢いよく身体を後ろへ倒し仰向けの体勢となった。顔を両手で覆っている。
「……私もうダメかもしんない」
と、両足をばたつかせたのち、うつ伏せとなり、丸まったかと思うとでんぐり返りをして――立ち上がると元の位置へ戻ってくる。
それからものすごく嬉しそうな顔で、両サイドの三耶子と葉火の頭をぱしぱしと叩き始めた。
「みんな、ほんとに、あほだねえ! なんにも出ないよ! まったくもー。ありがと! ありがとー!」
「夜々ちゃんの役に立てる時がきて嬉しいわ」
「可愛いねえ三耶子ちゃん! 可愛いねえ葉火ちゃん!」
あまりにも夜々が頭を叩くものだから、いい加減見過ごせなくなったのだろう、三耶子と葉火はパーカーの裾を掴み地面側へ引っ張った。
尻餅をついた夜々が二人に押し倒される。
「次はあたしの番ね」
「ふふふ。みんなで夜々ちゃんをドロドロに可愛がってあげましょう」
「ひゃー!」
和やかな空気が降りてきたため一段落、ということで。
三人がいちゃつく華やかな光景を眺めながら、憂はおもむろに立ち上がり、靴を履く。
「あれ? 憂くんどこ行くの? こっちおいでよ」
「……ちょっとそこの池で泳いでくる。葉火ちゃんも付き合えよ。水温上げてくれ」
普段あざとい挙動で惑わせてくる夜々に、あざとい発言をお見舞いしてやったわけだが――素面に戻るとこれが大変むず痒い。
可及的速やかに頭どころか身体全体を冷やさなくては。普段から平気な顔で繰り出してくる夜々には感服しきりである。
憂が歩き出そうとしたところに、
「私もーっ!」
いつの間に拘束から逃れたのか、叫ぶような声をあげながら夜々が背中に飛び乗ってきた。
反射的に両足を抱えてみたものの、あまりにも突飛な行動に、憂はしばし硬直する。
背中から伝わる夜々の感触。
やわらかい。やわわわい。
支えるとは言ったけど。
物理的にも?
「一緒に池に浮かぼう! ぷかぷか! おんぶらこー!」
「なにやってんだよ夜々さん! 降りてくれ! 膝がもたぬ!」
振り落としそうになるのを堪えるだけの理性は残っていたので、憂は説得を試みる。はしたなぶる耐性がついていなければ、危うく怪我をさせてしまっていたかもしれない。
――マジで膝が砕けそう。
それくらい刺激的な感覚が、背中をはじめ色んな部位に点在している。
夜々はハムスターではあるけれど、同時に人間の女の子でもあるのだ。
可愛い女の子なのだ。
状況が違えば好きの意味を履き違えてしまったことだろう。
彼女は友人として好きだと言ったのだ――そう自分に言い聞かせながら、憂は葉火達を見る。
「助けて三耶子ちゃん。葉火ちゃん」
「あたしにもやりなさいよ」
「私にもやって」
そうして結局――みんなで池の周りを歩きながら、代わる代わる全員をおんぶさせられたのだった。
これまで氷佳しか背負ったことがなかったため、相対的にやや重く感じたが口に出さなかったのは褒めてもらいたいものだ。
体感的には三耶子が一番重かった。これは三耶子が着ている服の性質上、おんぶと呼べるか怪しい形になったためだろう。
憂も葉火におんぶされそうになったが、それだけは断固として辞退した。代わりに夜々が飛び乗った。
それから。
並んで歩く憂達の一歩前に出た夜々が、
「ねーねーみんな。もっかい言って。私のこと、なんだっけ?」
なんて調子で、自分を指しながら上機嫌に笑う。
見ているだけでこちらも楽しくなるような笑顔。
――きっとみんな、考えていることは同じだ。
「す」
「す」
「き」
憂、三耶子、葉火の順に言って。
夜々が底抜けに明るい笑い声をあげる。
「秋の七草! なくて七癖! あはははは!」
愉快な彼女がどこにいても笑っていられるように、出来る限りのことをやろうと改めて思った。
誓った。
――僕達は、彼女のことが好きだから。
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