やきもちだったら嬉しいのにね

「ジミヘンさん、合コンをしましょう」


 家を出てしばらく歩いた頃、どこからともなく現れたマチルダに絡まれ、一緒に通学する流れとなった。


 ――奇遇ですねジミヘンさん。一緒に学校へ行きましょう。おはようございます。


 と、彼女は挨拶を済ませるや否や、前触れもなく合コン話を切り出したのである。

 出会ってからここまで、約十秒。


「……おはようマチルダさん。どうしたの、こんな所で。珍しい」


「おや、時間が巻き戻っている? ではもう一度。合コンをしましょう。女の子を紹介してあげます」


 何を企んでやがる。きっと余計なお世話ですらない。僕を利用して何かを得るつもりだ。

 表情から分かるほど憂はマチルダを訝んでいるが、彼女は全く気にせず話を続ける。


「実は明後日の土曜日に、高校生の男女が出会いを求めて一堂に会するという、Z級映画にも及ばない、全く以って興味を惹かれないやべー催しがありまして」


「プレゼンが下手すぎる」


「めっちゃ行きたくないです。ああいうのって、ありとあらゆる悪事を働いた者が死後に行き着く最果てでしょう」


「だったら行かないといいじゃん――ってわけにはいかないんだろうね。弱みでも握られてる?」


 はい、とマチルダは歯切れよく言った。


「その辺りは関係ないので省きますが、私もそのデスゲームに参加することになりまして。男女を集めて交流するのが目的のようです。運営側の小娘曰く、女子校だから出会いが少ないとかなんとか。知るかって感じですね。私の他にも共学へ進んだ子羊が、同じように狼を集めさせられているようです」


「へえ。面識のない男女が集まってなにすんの? マジでデスゲームじゃん。カップル作るのが目的かと思ったけど、生き残るのは一人だろきっと」


「同感です。まあ、何をするのかは関係ないので省きます」


「そこを省いてどう説得するつもりか見物だ」


 マチルダは無表情のまま左手の小指を立て、憂に見せつけるようにする。


 指切りしましょう、とマチルダは言った。

 しない、と憂は答えた。


「マチルダさんと虹村には借りがある。結構大きめの。映画のチケットだけで返せただなんて思ってないよ」


「映画めっちゃ楽しかったです。ありがとうございました。それで、ということはつまり?」


「それを踏まえた上で、絶対嫌だ」


 嫌がるマチルダを利用できる知り合いというだけで不安なのに、何をやるのか分からないが、見知らぬ男女と短くない時間を共にするなんてハードルが高すぎる。

 それも恋愛への発展を見越した場である。温度差が生まれるのは避けられないだろうし、そうなると場を盛り下げてしまう可能性が高い。


 マチルダの顔に泥を塗りつける羽目にもなるだろうから、憂が参加したところで生まれるのはマイナスばかりだ。

 

「大体、なんで僕? 虹村を連れて行けばいいだろ」


「だってあれには、好きな相手がいるじゃないですか」


 そう言ってマチルダは、憂の顔を覗き込む。


「最初に聞いておくべきでしたね。ジミヘンさんにも好きな人がいるんですか? でしたら、他をあたりますが」


「じゃあ、他をあたってくれ」


 憂が答えると、マチルダは眼光に鋭さを伴わせ、ポケットから取り出した棒状の駄菓子をマイクのようにして憂の口元へ近付ける。


「誰ですか? といってもほぼ三択なので、どれですか、が正しいですね」


「指示代名詞を使うな。一人はともかく、みんなれっきとした人なんだから。それにマチルダさんが考えてる好きとは違うと思うよ」


「その手の言い逃れは聞き飽きました。が、まあ、分からないわけではありません」


「そもそもマチルダさんと虹村にだけは、そういう話をしたくない」


「びょーん。ショックです」


 わざとらしく口元を抑えて眉を落とすマチルダ。が、すぐさま無表情になり、会話へ戻ってくる。


「まあ、真実ではないけど嘘でもない、といったところでしょうか。私はジミヘンさんにシンパシーを感じています。恐らく、恋愛という点においては似たようなタイプといいますか――まあ、この話は長くなるのでまたの機会にするとしましょう。学校に着く前に、というかできる限り迅速に、本題の結論を出しておきたいですから」


「ごめん、マジで勘弁してくれ。僕には無理だ」


「その言葉が聞きたかった」


 自由過ぎて意味が分からない。断ることが正解だったらしく――いよいよ怖くなってきた憂は、これから訪れる展開に振り回されないよう身構える。

 彼女は食い下がることもせず、満足気に深く頷いている。


「無理ならそれで良いのです。そこでひとつお願いが。実際に来る必要はありませんが、参加するフリをして貰えませんか」


「……どういうこと?」


「土曜日は予定があるというテイでいてもらえれば。他にお誘いがあった場合、当然そちらを選んでもらって構いません。ただ、ギリギリまで私に付き合ってもらえると助かります。すぐに種明かしするのは――まあジミヘンさんならきっと察してくれるでしょう」


「助かるって言われても……また、なにか隠してるだろ」


「そんな、人を黒幕みたいに。むしろ私は、隠れている物を掘り出すトレジャーハンター。いずれジミヘンさんも理解するでしょう。私はいつでも、納得たっぷりナルホ丼のお店の看板娘なのだと」


 と、素材のまま口から出たような発言をしたのち、マチルダは「お願いします」と礼儀正しく憂に求めた。


 意図が分からないのは不安だったが、これ以上聞いても分かりやすい答えは返ってこないだろうと憂は判断し、頷いた。


「約束ですよ。破っていいタイプの」


 と、マチルダは言って。

 もう一言。


「復讐は甘いがふとらない。私の好きな言葉です」



 自称・風のマチルダと別れてから。

 昇降口で上履きに履き替え、七組の教室へ向かう。すると、背後から溌溂とした挨拶を投げつけられた。


「へーい憂くん! おっはよーう!」


 確認するまでもなく名瀬の夜々ちゃんに違いないが、似た個体も存在するので、念のため振り返って姿を見る。


 たったか小走りで駆け寄ってくるのは、やはり夜々だった。

 既に学校に来ていたらしく荷物を持っていない。暇だから地下ハウスを出て徘徊しているのだろう。


 憂の隣に夜々が並ぶ。


「おはよーでる夜々さん。元気だね」


「昨日たっくさん寝たからね。そだ、聞いたよ。虎南と遊んでくれたんでしょ。ありがと! 憂くんはちゃんと寝れた?」


「ばっちり。夢も見なかった」


 小さく息を吐き、夜々が微笑む。


「葉火ちゃんにもお礼言わなくっちゃ。今日は来るよね」


「あれ、まだ来てないんだ。起きた時間が早かったから、もう来てると思った」


「え? どゆこと!?」


 夜々が大袈裟なくらい驚きながら憂の鞄を引っ張り、二人揃って足を止めた。


「なんで憂くんが葉火ちゃんの起きた時間知ってるの? 何事?」


「あれ、虎南ちゃんから聞いてない? 葉火ちゃん、昨日ついにスマホを手に入れたんだよ」


「聞いたけど……それがどう繋がるのだね」


 夜々はジト目で憂を睨むようにする。

 憂はスマホを取り出し、葉火とメッセージをやり取りする画面を開き、夜々に見せた。


「昨日の夜と今日の朝。自撮りを送ってきやがった」


「なんぞこれは!」

 

 葉火から送られてきた二枚の写真。


 一枚目は、ヘアバンドをつけた葉火がお団子を食べている写真。

 その下には憂が送った『はひちゃん串に気を付けてね』の文字。


 二枚目は、寝癖のついた葉火が眠そうな顔で歯磨きをする写真。

 その下には憂が送った『はひちゃんの歯ブラシ長いね』の文字。


 葉火が自分の可愛さに自覚的なのはよく知っているが、自撮りを送りつける程だとは思わなかった。


 しかし見た目は本当に綺麗だ。写真は喋らないため素直に可愛いと思えたので、憂は画像を保存していた。


「新しい玩具を手に入れてはしゃぐ気持ちは分かるけど、だからって自分の写真を送りつけるのは、ほんと葉火ちゃんって感じだよ」


「わ、私もやった方がいい?」


「なぜ。夜々ちゃん」


 どこに張り合う要素があったのか、夜々は両手で前髪をかき上げ、写真の葉火のようにおでこを露出させる。


 それを見て憂は言った。


「まあ、チャレンジ精神は大事だから止めはしない。試しにやってみるのも悪くないかもね。僕でよければ付き合おう」


「……ふーん、じゃ、やってみよっかな。ちなみに憂くん、葉火ちゃんが写真送って来た時どう思った?」


「マジでアホだと思ったよ」


「絶対やらないって決めた!」


「そんな葉火ちゃんが僕は好きだ」


「やっぱり撤回! てっかまる!」


 ノリノリの夜々は上がったテンションのまま、どこか調子外れの声で、憂に訊いた。


「そういえば、ねえ憂くん。土曜日ってなにか予定ある? ひま? 私となんかしない!?」


「なんかって……?」


「それはね! えーっと、なんだろね……ここでは言いづらいっていうかぁー」


 途端に夜々から落ち着きがなくなる。

 有り体に言えば挙動不審。


 目を泳ぎに泳がせる姿を見て、言い辛いことなんて実は無いんだろうな、とそんな気がした。喋りながら考えているというか、苦し紛れの時間稼ぎだと、そう思った。

 なんとなくだけども。


 憂は言う。


「いいよ。なんかしよう」


「えっ、いいの!?」


「なんで夜々さんが驚くの?」


「ほんとにいいの? 予定とかない? よーく思い出してみて。昨日の晩御飯は? そのままどんどん遡ってみよう!」


「予定……まあ」


 言われて憂はマチルダとの約束を思い出す。

 土曜日に合コンに参加するフリをしてくれ――しかし厳守する必要は無く、別の予定が入りそうならそちらを優先して構わないとのことだった。

 だから夜々に誘われた時点で偽装契約は終了で問題ないと判断したのだが――いや。


 土曜日。

 もしかして。


 憂は夜々の目をじっと見つめる。

 夜々は「なにさいな」と謎の言葉を発して一歩後退。


「夜々さん、昨日マチルダさんと話した?」


「えっ! えーっと、どうだったかしら」


 したらしい。白々しい。


 ほぼ決まりだ。

 復讐だなんだとマチルダは言っていたが、対象は恐らく夜々であり、つまるところ二人のじゃれ合いに巻き込まれたのだと憂は直感した。


 じゃれ合い。

 いたずら。

 マチルダから、夜々への。


 憂の推測はこうだ。


 昨晩、夜々とマチルダは電話をした。

 会話の中でマチルダは、夜々が土曜に予定があること――それに憂を誘おうとしていることを知った。その時に思いついたのが、先に憂のスケジュールを埋めたふりして困らせてやろうとか、そんな感じ。


 なにも知らない夜々を騙して遊びたいのだマチルダは。

 であれば、わざわざ朝っぱらから接触してきたのも頷ける。

 意味の分からない口約束にも、意味付けができる。


 予定が埋まっているふりをして。

 種明かしまで少し粘る。


 かねてより愚痴っていた寝不足あたりが動機だろうか、もしくは会話の中に復讐へ至る何かがあったのかもしれない。


 しかしそうなると夜々は実際にここでは言い辛い話を抱えていることになるのだが、苦し紛れの時間稼ぎではないらしいのだが――勘が外れるのなんて珍しくもないことだ。


 さて。

 仮にそうだったとして。


 巻き込むなよ。実行役を押し付けやがって。

 夜々に嘘をつく罪悪感とマチルダへの恩義が絶妙なバランスでせめぎ合う。


 やがて憂は苦った顔で言った。


「……ごめん、土曜日は先約があって」


「…………そっかぁ、そうだよね。ごめんね急に……」


 夜々は見るからにしゅんとして、肩を落とし地面を見つめながら、トボトボと歩き出す。

 誰か僕を殺してくれ、と憂は思った。

 後を追い、すぐさま種明かしからの謝罪コンボを炸裂させようとすると、


「女の子と遊んでくるがいいのさ」


 ぼそりと夜々が呟いた。

 それを聞いた憂の脳裏に、最初に沈めたある可能性が浮上する。

 気付かなかったわけではない。ただ、当たり前に選択肢から消していた。


「……知ってたの?」憂は言った。


 ――ほんとにいいの? 予定とかない? よーく思い出してみて。

 夜々が放った、憂の記憶を刺激するような発言。


 夜々は最初から憂の予定を知っているような物言いだった。

 案の定知っていた。その、中身まで。


 つまりマチルダが夜々に「ジミヘンさんと合コンに行きます」と伝えていたということで、そうなると何も知らない夜々を騙すという憂の仮説は崩れ去る。


 夜々は知っていた。 

 知った上で誘ってきた――それは、つまり。


 めちゃくちゃ恥ずかしい、思い上がり。

 だけどもしかすると、なんて思えるくらいには、無くはない可能性。

 高くはないが低くもない、積み重ね。


 実は本当に、夜々には予定もなにもなく。

 ただ、感情的に。

 やきもち。


「夜々さんさ、僕が変な合コンもどきに参加するの、嫌?」


「…………」


 マジで調子に乗った。沈黙ということは呆れ果てている、もしくは慎重に言葉を選んでいる可能性が高い。そも、自分の用事にどうしても憂が必要だからダメ元で聞いてみた可能性だってあり得るのだ。高いのだ。


 飛び出した言葉如何では速やかに命を失ってしまうので、憂は全力で間を潰しにかかった。


「なぁーんて冗談だよ。実は全てまるっと嘘なんだ。マチルダさんに参加するフリをしてくれってさっき頼まれてね。付き合おうと思ったけど、やっぱりヤメだ。僕の土曜日はガラガラヘビさ。知ってる? ガラガラヘビって漢字だと響尾蛇きょうびだって書くらしいよ。響くに尾っぽと蛇。虎南ちゃんが教えてくれた。虎南ちゃん、意気揚々と蛇知識を語り出したけどすぐに尽きちゃってさ。虎頭蛇尾だねって笑ったよ」


 そうだ、三耶子に教えてもらった忘れろビームなる必殺技がある。使い方は知らない。名前しか知らない。憂が動揺のままとりあえずビームを出してみようと決意したその時、夜々が立ち止まる。


 夜々は同じく足を止めた憂に、


「どっちだと思う?」


 と、大人びた微笑みで。

 包み込むように。

 優しく。

 それでいてどこか挑発的に問いかけた。


 初めて見る夜々の微笑に、目を奪われてしまい、憂はすぐには何も答えられなかった。


 そんな風に訊かれても、分かるはずがない。

 どれだけ目に見える情報を拾い集め考え尽くしたところで、この場合、考えるだけで答えは出ない。


 自分一人で辿り着けるのは、どこまでいっても、可能性。

 あるいは希望。

 希望というのなら。


「……嫌がってくれたら嬉しいな」


 憂がおずおずと答えると、夜々はいつものように明るく笑んで。


「さー、どうだろうね。嘘つきには教えてあげないよ! 残念だったね!」


 と、弾むような声でそう言うと、とっとこ走り出し七組の教室へ入っていった。

 その背中を見送って、憂は長く息を吐く。


 残念な気持ちもあるが、安堵の方が明らかに大きい。朝から味わうにはあまりに緩急の激しい展開だった。


 それをもたらしたのは、マチルダ。

 彼女は一体は何がやりたかったのか。


 いまの時点で確かなことは、彼女はなんだかんだで夜々が好きだということ。

 だから目的は少なくとも――復讐ではないということくらいだ。


 一度彼女達の電話の内容を聞いてみたいものである。

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