第20話 運命のお茶会
秋晴れの空の下、王城の庭では王妃主催のガーデンパーティが開かれていた。よく手入れされた秋バラと若い令嬢たちの色とりどりのドレスが、鮮やかに咲き誇っている。
薄紫のドレスを着たエリスは、煌びやかな光景を見つめ、友人と談笑しながらこっそりと深呼吸をした。
王妃主催のお茶会に勇ましく参加表明したものの、当日欠席を何度も考えていた。だが来ても来なくても嫌な予感がしたため、結局はこうして参加している。
絶好のお茶会日和とばかりに晴れ渡った空が少しだけ憎い。雨ならば中止あるいは延期になっただろうに。
参加しているのはエリスと同じような年頃の少女ばかりで、ほとんどが学園で会う顔ぶれだ。フィーネも招かれていた。明るい黄色のドレスがよく似合っていたが、友人と話すでもなく、人の輪に加わることもなく、自信なさげに隅で立っていた。エリスは友人から離れてフィーネに近づき、声をかける。
「ごきげんよう、フィーネさん」
「エリスさん、いえエリス様、ごきげんようっ」
(……様でなくてもいいのですけれど、学園の外ですし、余計なことを言わない方がいいかしら)
フィーネはがちがちに緊張している。王妃はまだ登場しない。いまのうちに緊張をほぐしておいた方がいいだろう。
「フィーネさん、落ち着いて。怖いことは何もないわ」
「あの、でも――いえ――あ、あの……エリス様」
「ふたりきりの時は様でなくていいわよ。どうしたのかしら?」
「あのメイド、なんだかおかしいです」
フィーネの視線の先には、王城で働くメイドがティーポットを持ってお茶会の準備を進めていた。その格好にも振舞いにも不審な点は見られない。忙しさからか表情が少し虚ろなこと以外は。
「どこがおかしいのかしら?」
声の大きさを潜めて、こっそりと問いかける。
「その、オーラが黒いんです」
「オーラ……」
――オーラ占いの、あのオーラだろうか。とんだ言いがかりにも聞こえるが、フィーネの表情は真剣そのものでふざけているようには見えない。
「……わかりました。教えてくれてありがとう」
普通なら信じない。フィーネ・アマービレには不思議な迫力がある。それは一回目の人生から感じていたことだった。だからエリスはフィーネを信じるという己の直感を信じた。
メイドの方に行き、声をかける。
「そちらのお茶は?」
「こちらは異国から入ってきたばかりの珍しい紅茶です」
「まあ、
『はい。異国から入ってきたばかりの珍しい紅茶です』
魔法で引き出した回答にエリスは強い違和感を覚えた。裏も表もなさすぎる。
こういうときは本音では緊張していたり、仕事の邪魔をされることに腹を立てていたりするものだ。一回目の人生でそれらをよく耳にした。
それなのにこのメイドはまるで感情がないかのようだ。エリスの頭の中に、『隷従の魔法』という言葉がよぎる。
フィーネはこのメイドから黒いオーラが出ていると言っていた。オーラについてはいまだによくわからないが、『隷従の魔法』をかけられている相手にはそれが出ているのだとしたら。
会場が一段とざわつき、静まっていく。
王妃クラウディアの登場だ。エリスは他の令嬢たちと同じように席に着いた。席順の取り決めもない、堅苦しいことは何もない気軽なガーデンパーティだ。エリスはフィーネの隣に座った。
先ほどの声をかけたメイドから注がれた紅茶の入ったティーカップが、エリスの前に置かれた。
(まさかお茶会に毒を……? そんな、まさか――)
もしこの懸念が当たっていたとしたら、正気の沙汰ではない。お茶会に毒を混入させるなど。だがエリスの敵は公爵家の室内で第一王子を毒殺することもできる相手だ。どんな大胆なこともするだろう。
(でもまさか、こんなに早く仕掛けてくるなんて)
前回は、エリスとアルウィンが十五歳のとき。いまはまだ十三歳。だがそんなこと、敵にとっては関係ないのかもしれない。
(毒が仕込まれているのはどこ? お茶? カップ? お菓子?……見ただけでは何もわからない)
エリスはもちろん死にたくはない。もし毒がどこかに仕込まれているとしても、手を付けなければきっと安全だ。紅茶を飲まずに手を滑らせて、ドレスに染み込ませれば退席の理由にもなる。
だがもし毒がどこかに仕込まれていれば、誰かが死ぬところをみすみすと見過ごすことになるかもしれない。そんなことは許されない。
しかし、だからといってなんの確証もなしに叫んでお茶会を台無しにしたら、王妃の顔に泥を塗ることになる。エリスの評判も地に落ちるだろう。一族の恥とされれば、幽閉されることになるかもしれない。
(あの暗闇には戻りたくない……!)
エリスは混乱した。
とにかく時間がない。
最初の一杯は全員が準備を終えてから、主催である王妃の挨拶のあとに口をつける作法になっている。
(もし誰かが死んでしまったりすれば――)
大騒ぎになるだろう。そして犯人探しが始まる。
エリスはアルウィンが毒殺された前回の人生のあの日のことを思い出す。毒の瓶はエリスの部屋から見つかった。同じように、毒の瓶がエリスから見つかったとされれば、公爵家は大変なことになる。
動機なんていくらでも捏造できる。
敵は、冤罪なんてかんたんに被せられる。
一家の処刑――それこそはエリスが最も避けたいものだった。
(もし毒があるとしたら、先ほどの魔法の代償でわたくしに当たるはず)
「あっ……」
フィーネの驚いた声が静かに響く。フィーネは困った顔で前に置かれたミルクポットを見つめている。
エリスはテーブルに置かれた、湯気の立つ熱そうな紅茶を眺める。
そしてフィーネの前のミルクポットを手に取り、中身をすべてカップの中に注ぎ入れた。エリスのマナー違反にフィーネ以外は気づかない。全員、王妃の方を見ている。
――王妃が、席につく。
時間がない。
「あっ! エリスさんそれは――!」
止めようとするフィーネの手を払いのけ、エリスはミルクで冷めた紅茶を一気に飲んだ。ぐいっとティーカップを持ち上げて、すべて。
ぐらり、と身体が揺れる。
(ああ、やっぱり大当たり……)
フィーネの悲鳴が遠くに聞こえる。
「毒、ですわ……!」
精いっぱいの声で叫ぶ。王妃の着席の直後にエリスが倒れたことに、周囲は騒然となった。
(死ぬのがわたくしだけなら、家は没落しないはず……)
エリスは意識が混濁する中、ドレスの胸元を押さえる。そこには一通の手紙が隠されている。アルウィンに宛てての手紙が。
『――親愛なるアルウィン様。もしわたくしの身に何かあったら、身辺にお気をつけください。もし可能なら王位継承権を捨ててください。わたくしはあなたに生きてほしい。幸せになってほしいのです』
最後に、ミルクで『王妃殿下にお気をつけください』と、炙り出しで浮かび上がる文字で書いた手紙が。ミルクの炙り出しの手紙は、幼いころに何度か交わしたことがある。アルウィンならきっと気づいてくれるだろう。そう信じて、エリスは深い眠りの中に落ちた。
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