第11話 学園創立記念祭②
占いの後も学校内を色々回った後、校舎の外の木陰のベンチに座って少し休憩を取る。
午後からは保護者や関係者も立ち入りできるため、生徒達だけの時間はあと少しだ。兄のフレデリックももちろん来る予定で、アルウィンにも生徒会役員としての仕事があるため一緒にいられるのもあと少しだ。
(明日の後夜祭はいっしょにいられるのかしら)
始まったばかりなのに終わりのことが気にかかる。いっそ直接聞いてしまおうかと思ったとき、アルウィンがエリスの方を向いた。
「エリス、ずっと聞きたいことがあったんだけれど、いまいいかな」
「はい、何でしょうかアルウィン様」
「ひと月も前のことになるけど、どうして城にいたんだ? 誰かに呼ばれた?」
エリスの表情は笑顔のまま硬直し、背中に汗が伝っていく。どうしてそんな前のことを持ち出してくるのか。
「い、いえその……少しだけお城を冒険したくなってしまって、つい……」
「案外子どもっぽいところもあるんだね」
目線をそらし震える声でなんとか答えると、アルウィンは楽しそうに笑う。口調は柔らかいが、碧い瞳は真剣だ。
「本当は?」
「――――!」
エリスは息を詰まらせた。
本音を聞き出せる魔法は使われていないはずなのに、まるで使われているかのような圧力が重くのしかかる。アルウィンは穏やかに笑っているだけなのに。
――ああ、間違えた。
エリスは後悔した。笑って覚えていないと答えていればよかった。ひと月も前のことなのに。そしてひと月も前のことをアルウィンが気にしているのが意外だった。これは、言い逃れできない。
しかしここでヘドリーに会いに行ったと正直に言うと、その理由を聞かれるだろう。聞かれたらなんと答えればいいのか。エリスやアルウィン、家族を不幸に陥れる敵を探すため、なんて――どうして信じてもらえるだろう。
「アルウィン様にお会いしたくて……」
エリスは顔を赤くして、苦しい言い訳をした。ヘドリーの名前を出すのが怖くて、ついアルウィンの名前を言う。婚約者なのだから、会いたい気持ちが募ってつい、という理由も許されるかもしれないと思って。
そして言ったからにはもうこれで押し通す覚悟を決める。
「…………」
「…………」
決めたのだが、無性に恥ずかしくなる。あの時に言った「好きです」という言葉を思い出して。アルウィンが忘れてくれていればいいのだが、その心は読めない。顔も見れない。視線を上げられない。アルウィンは、何も言わない。
「わ、わたくし、喉が渇きましたので何か飲み物を買ってまいります」
エリスは勢い良く立ち上がり、飲食店の出店コーナーがある広場に向かって歩き出す。
(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい??!)
熱くなった頬を冷ますため手を頬に当てる。だがその手も熱くて効果があるのかないのか。
エリスは混乱していた。なぜあんなことを言ってしまったのかと。理由は明白だ。事実でもあったからだ。心のどこかで一目会いたいと思っていたからに他ならない。
(これではまるでわたくしがアルウィン様を好きみたいに聞こえてしまうではないですか……!)
そのとおりなのだがそれがアルウィンにばれてしまうのは非常に恥ずかしい。
その時、不吉な羽音がすぐ後ろで響いた。
エリスは足を止めて振り返る。そこにいたのはやけに大きな一匹のハチだった。
黒い瞳と目が合う。
(いやああああああ!)
悲鳴が声にならない。
エリスはそのまま前へ思いっきり走り出した。
しかし何故か羽音は真後ろから離れない。低いブーンとした音が耳にまとわりつく。
(これはフィーネさんに魔法を使った代償?)
ハチに追いかけられながら自分の行いを反省する。やはり魔法なんて使うものではない。
しかしこのまま他の生徒がいるところに行くと、その生徒が刺されるかもかもしれない。エリスはハチに追い立てられるようにして人気のない方向へと走っていった。
そのとき不意に羽音が消える。
どこか別のところへ行ったのだろうか。速度を落としながら振り返り、警戒して背後を見回しながら歩いていた、刹那――
足に何かが引っかかり、足元をすくわれる形になってそのまま倒れる。そして倒れた先は噴水の中だった。
「きゃあああ!」
冷たい水と、激しい水しぶき。
顔と上半身が水に沈み、エリスはパニックに陥った。服が重い。水が絡みつく。息ができない。
「エリス!」
もがいている最中に、アルウィンの声が遠くで聞こえた気がした。
腕が力強く引っ張られる。頭が水面から出て、息が吸い込むことができた。だが身体がうまく動けなくて立てない。腰が滑り、また水面に沈み込んだとき、ぐっと身体を持ち上げられて水から救出された。
誰かが噴水の中に入ってきて、エリスを抱え上げてくれたのだと理解するのにはかなりの時間を要した。
噴水の外に出て地面に下ろしてもらい、飲み込んだ水を吐き出すエリスの背中をさすってくれているのが、ずぶ濡れのアルウィンだと理解するまでには。
エリスはそのまま保健室送りになり、着替えを借りて、やってきた兄に連れられて家に帰ることになった。アルウィンや助けてくれた生徒や教員たちにお礼を言えないまま。
◆
「う、ううう……情けない……」
噴水に落ちたその夜から熱を出し、完全に風邪を引いたエリスは二日目の創立記念祭に出ることはできなかった。
何人もエリスを助けようとしてくれた。アルウィンは噴水に入ってずぶ濡れになりながらエリスを抱え上げてくれた。たくさんの人に迷惑をかけてしまった。情けなくて消えたいが、消えるより先に、全員にお礼を言いに行かなくては。
(アルウィン様は風邪を引いていないかしら……)
気になる。だがいまのエリスにそれを確かめるすべはない。
(今日はグラウンドで火を囲んでのダンスパーティなのに……)
創立祭の二日目の夕方は後夜祭があり、グラウンドで大きな火を囲んでのダンスパーティが開催される。天まで登っていく火に照らされながらの、学園に通う生徒だけの特権であるロマンティックなダンスパーティが。
(あたま……いたい……)
熱が上がってきたのだろうか。思考がおぼつかなくなり、エリスは気を失うように眠りに落ちた。
暗闇。
ほんのわずかな光の漏れで時間がようやく知れるような暗闇。話し相手も、触れあう相手もいない、孤独な暗闇。
泣いても誰も来ることはない。声は暗闇に溶け込んで、自分の輪郭さえも消えていく。やがて涙も心も枯れていき、自分も暗闇の一部になる。
そこに、一条の光が差す。
「お嬢様、アルウィン王子殿下からのお見舞いです」
専属メイドであるミレイナの声で目を覚ます。
「……アルウィン様から?」
視線を向けると、クリーム色の花束を抱えたミレイナの姿が見えた。甘く爽やかな香りがした。
「はい、エルダーフラワーです。これは風邪の薬にもなる花なんですよ。飾っておきますので、ゆっくりとお休みくださいませ」
「ありがとう……」
ミレイナは花瓶にエルダーフラワーを挿し、エリスの世話を手早く済ませると、すぐに部屋から出ていく。
静かになった部屋の中に、銀色の光が降ってくる。銀色羽の妖精テオが「エルダーフラワーだ!」と喜びながら花の周りを弾むように飛び回る。
「エルダーフラワーが好きなの?」
「うん、エルダーは妖精の住む木なんだぜ!」
「まあ、とってもすてきね」
エリスは花の香りに包まれながらも、安心して眠りについた。ベッドに潜り込んできたテオといっしょに。
もう悪夢は見なかった。
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