第10話 学園創立記念祭①



 王城無断潜入の後、父である公爵の監視の目が厳しくなったため、エリスは学園に行く以外あまり勝手な行動ができなくなった。

 しばらくは真面目に大人しくしようとエリスは決め、穏やかに時間は流れる。


 そしてひと月後。

 学園の創立記念日に合わせた厳格な式典と、生徒の自主性を重んじた催し物が行なわれる、学園創立記念祭の日がやってくる。


 構内は十日ほど前からすでに祭りの気配で、今日から二日間が本番だった。

 部活動やグループ、もしくは個人でも許可を得られれば店を出したり催し物が開催できる。校舎内は飾り付けが行われ、いつもと違う雰囲気だ。浮かれた祭りの雰囲気。


 エリスもまた浮ついていた。アルウィンと創立祭を共に過ごすのは初めてだった。

 一回目の人生では避けられていた。

 二回目の人生では自分から避けていた。

 式典が終わってアルウィンと合流してからは、弾む心が収まらなかった。空は快晴で絶好の祭り日和。


「それじゃあ行こうか」

「は、はい」


 頷いたエリスの前に、当然のように手が差し伸べられる。


「アルウィン様、わたくしはもう子どもでは……」

「はぐれたら大変だから、ね」


 太陽のような笑顔を向けられると、エリスは何も言えなくなる。学園内で手を繋ぐなんて浮つきすぎではないだろうか。でも今日はみんな浮ついている。だからきっといいのだろう。

 エリスはアルウィンの手を取った。あたたかく、力強い手。すべての不安を吹き飛ばしてくれるような手。


(こんなに幸せでいいのかしら……)





 その教室の隅には、祭りという非日常空間の中でも一際異質な場所があった。黒い布でつくられた小部屋が異様な雰囲気を放っている。一体そこは何なのかと、遠巻きに様子見をしている生徒もいた。

 前に置かれた立て看板には『フィーネの占いの館』と書いてある。


 そのとき黒い布の一部が開き、中から黒いローブをかぶった、ピンク色の髪の女子生徒が出てくる。それに続くように黒いクマのぬいぐるみような人形を着た黒髪黒目の無表情な男子生徒も外に出てきた。腕にクマの頭部を抱えて。


「リュカ、フィーネ、何をしているんだい」


 アルウィンが声をかけると、ふたりがこちらを見る。

 リュカ・バルドレーはエリスの前回の人生でもフィーネと仲を深めていた男子生徒だ。今回も共にいるということは相性が良いのだろう。


「あ、おふたりさま、占っていきませんか。私のオーラ占いはとてもよく当たるんですよ」

「オーラ占い?」

「その人の周囲に広がる色を見て、いろんなことを占うんです」


 説明を聞いてもさっぱりわからない。

 エリスがわかるのは、創立祭で用事があると言っていたのはこのことだったのか、ということだけだ。


「へえ、おもしろそうだね」


(アルウィン様が乗り気?……よし、ここはフィーネさんの良いところを見せてあげないと)


「では、お願いしようかしら」

「はい、マルカ銀貨一枚です」


 しっかり者である。エリスは今日のために用意していた財布から銀貨を一枚取り出し、クマの頭をかぶって全身クマになったリュカが持っている『お代はこちら』と書いてある箱に入れた。


「はい、ありがとうございます。それでは中にどうぞ」


 黒い布で仕切られた小部屋に案内される。

 中には水晶の玉が置かれた机と、手前に椅子が二脚。奥にフィーネが座るらしきやや装飾過多な椅子が一脚。

 布で光が遮られていて、薄暗い。エリスは少しだけ怖いと思ったが、勇気を奮い立たせて椅子に座った。


 エリスは、フィーネにはぜひともアルウィンにいいところを見せてほしいと思っていた。

 エリスはいまだにアルウィンとフィーネが恋仲になるのを諦めてはいない。それでアルウィンの命が助かるなら、と。もし廃嫡になっても、アルウィンならきっと立派に生きていける、と。


 アルウィンのことは好きだが、自分の恋心などよりもアルウィンの命を優先する。当然のことだ。ならば自分から離れていけばいいだけなのにそれもできないという、恋心によるジレンマをエリスは抱えていた。


「それではまず、エリスさんから見ますね」


 フィーネの緑の瞳がエリスの目を見つめる。

 不思議な感覚だった。まるで心の中を見透かされているかのような。

 一呼吸後、形の良い唇が開く。


「エリスさんは高貴な紫。勇気と情熱の赤と、不安と冷静さの青が混ざった色です」


(当たっている……!)


 震えた。

 高貴さはもちろんそのとおりだが、何より不安を言い当てられて震えた。公爵令嬢たるものそんな素振り出さないようにしていたのに。もしかして本当に見えているのだろうか。


「アルウィン様はオレンジ色。エリスさんと同じ勇気と情熱の赤と、きらきら光る信念の黄色が混ざった、お日様の色です!」


(当たっている……! そう、アルウィン様は太陽なの! ああ、もっと語り合いたい!)


「おふたりはまるで昼と夜のように対極のようでいて、強い調和があります。つまりはお似合いということです」

「えっ、本当に・・・?」



『うんうん、すっごくお似合い! やっぱりアル様とエリちゃんカップル最高!』



 エリスはうっかり魔法を使ってしまった己の迂闊さに戦慄したが、聞こえてきたフィーネの本音にすべて意識を持っていかれてしまった。


(あ、アル様? どうしてわたくしでも呼んでいない愛称で? エリちゃんって――わたくし?)


 混乱するエリスの前で、フィーネは満面の笑みを浮かべた。


「はい、これにて終わりです。ありがとうございましたー! お次の方どうぞー!」

「ありがとうフィーネ、おもしろかったよ」

「あ、ありがとうございました……がんばってくださいね」


 椅子から立ち上がって振り返ると、いつの間にか外には行列ができていた。どうやらエリスたちが客寄せになっていたらしい。


(お、思わず興奮してしまいました……わたくしとしたことが……)


 まだどきどきしている胸を押さえる。

 フィーネがあまりにもそれらしいことを言うものだから、テンションが上がってしまった。

 廊下を歩いて移動しながら、ちらりとアルウィンの様子を覗き見る。


(アルウィン様はどうだったのかしら)


 おもしろかったとは言っていたが、もしアルウィンがフィーネに気持ちがあるのなら、エリスと相性がいいと言われたらショックを受けたかもしれない。

 だがそれがきっかけで気持ちをもっと募らせるかもしれない。いっしょにいたリュカに嫉妬しているかもしれない。

 なにもかもが憶測で、しかし実際に聞く勇気はなかった。この恋はジレンマだらけだ。


 もやもやとしながら隣を歩いていると、不意に手の甲がぶつかる。まったくの偶然だったが、次の瞬間ごく自然にその手をアルウィンに握られていた。


(し――心臓が壊れそうですわ!)



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