第8話 二人の王子と金色羽①
王都の中心にある王城には基本的に誰でも入れる。外壁部分には門番が立っているが、不審者以外は呼び止められることはない。城の中は広く、店も多く、散歩で訪れる大人やデートで訪れる若者も多い。
ただし王族が普段生活しているような場所や、行政区画には関係者しか入ることができず、警備もだんだん厳しくなる。
王族の生活区画である王宮を眺めながら、エリスは共に来たテオに提案した。
「テオ、わたくしといたずらをして遊びましょう」
「うん、何して遊ぶんだ?」
「警備の兵をからかいながら、王城深くまで侵入するいたずらよ!」
この作戦は意外なほどにうまくいった。
テオに警備兵の武器を奪ってもらったり、周囲で物音を立ててもらってそのスキに奥へ侵入していく。見つかりそうになったら大きな壷や衝立に隠れたり、テオに誘導された物陰に身を隠す。
城の中には子どもしか通らないような狭い隠し通路もある。幼い頃にアルウィンに教えてもらった抜け道だ。その知識も駆使してエリスたちはどんどん潜入していった。
「わたくしたち最高のコンビですわね。あら? テオ、どうしたの?」
「んー……なんかあそこ、嫌な感じ」
王族の生活空間に入ってしばらくしたところで、テオがいきなり移動を止めて、庭に面した廊下で足を止める。その先にあるのは、隔絶された中庭だ。柱や植え込みの木々が邪魔になって内側は見えない。
「俺、帰る」
「あ――」
いきなりテオの姿が消える。
エリスは王城の奥深くでいきなりひとりきりにされてしまった。
(どういたしましょう……いえ、ここまで来て帰る選択肢はないわ)
もし見つかっても高位貴族のワガママ令嬢が迷い込んだだけにされるだろうという安心感が、エリスをより大胆にさせた。
足を踏み出し影と光の間を歩み、前に進む。
息吹の季節を迎えた中庭は、きらきらと光り輝いていた。大きく育ったエルダーの木はいままさに花の季節を迎えようとしている。
野趣が溢れているのに整然としていて、無駄なものは何ひとつない洗練された空間。
そこにいたのは色の薄い金髪に青い目を持つ高貴な少年だった。
(ヘドリー様)
何度か会っているのですぐにわかる。それにヘドリーはアルウィンによく似ていた。年の近い兄弟だ。
中庭にはヘドリーの他にも三人の貴族の子息がいた。そしてエリスはどこか歪さを感じた。ヘドリーと令息たちは友人同士というよりは、王様と家臣のような雰囲気がある。
王族と臣下である貴族の子ども同士ではあるが、それでもあまりにも健全さがない。ヘドリーは偉ぶっていて、他の子どもは目に生気がない。どこかぼんやりとした眼差しでエリスを見ていた。
幼い歪な王様が、自我のない家臣を引き連れているような光景だった。
「お前は?」
「お久しぶりです、ヘドリー様。カルマート家のエリスです」
失礼のないように淑女の所作で頭を下げる。
「ふーん」
ヘドリーはまったく興味なさそうにしていた。その頭の上に、きらきらとした金色の光が降る。
太陽の光よりも強く輝くそれは、金色の羽を持つ、赤毛の猫のような妖精の羽から落ちているものだった。
(金色羽の妖精……)
テオで慣れていなければ驚いて慌てていただろう。テオのおかげでエリスは何も見えていないような平静さを装うことができた。が。
「ふーん……お前、これが見えるのか?」
ヘドリーは遊びがいのあるおもちゃを見つけたような、とても意地の悪い顔をした。
妖精が見えていることがバレている。視線の動きが動揺か、それとも妖精がヘドリーに囁いたのか。しかしここで慌てるのは淑女失格だ。エリスはなんのことかと首を傾げる。嘘もつき通せば真実になる。
視線はヘドリーに集中させ、何も見えていないように努めたが、ヘドリーの近くにいた金色羽の妖精がいきなりエリスの顔に飛びかかってきた。
「きゃあっ」
思わず腰が引け、身体が後ずさる。
ヘドリーの目に冷酷さが増した。ゆっくりとエリスの方へ近づいてくる。令息たちは誰も止めようとはしなかった。
「へえ、見えるんだな」
「なんのことでしょうか。わたくしは慣れない靴でよろめいてしまっただけですわ。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「よしお前、俺の子分になれ!」
「無理です」
居丈高に言われ思わず拒否してしまった。
(子分? いきなりなんなのこの方は)
「
命令と言われても、無理なものは無理だ。
そもそもいきなり子分とは何事か。冷静に考えてもおかしい。
どう穏便に断ろうか、いっそもっとはっきり拒否してしまおうかと考えていると、ヘドリーの顔が怒りで真っ赤になった。
「なんで俺の命令を聞かないんだよ!」
「そのように言われましても……」
たとえエリスが庶民の娘だったとしても、聞くことはなかっただろう。
(こんな相手にひれ伏すのは絶対に嫌!)
心から認めた相手にしか臣下の礼を尽くすことはできない。運命を変えるために第二王子派になることも考えていたがこれでは話にならない。
感情が表情に出てしまったのか、ヘドリーはますます顔を赤くする。
「こいつ――!」
癇癪を起して手を振りかざす。年下といえどひとつしか違わず、自分より小柄と言えど相手は男子。しかも王子。暴力を振るわれては勝てない。
恐怖で目を強く閉じた刹那――
「ヘドリー!」
激しい叱責の声に名を呼ばれ、ヘドリーの動きが止まる。
「友人に手を上げてはいけないよ」
厳しくも、やさしい声。
エリスが目を開けると、ヘドリーとの間に立つ背中が見えた。
「アルウィン様……」
アルウィンはエリスを守るようにして立つ。
見据えられたヘドリーは気に入らないとばかりに、憮然と頬を膨らませた。
「友だちなもんか。こいつは俺の子分にするんだ。邪魔しないでよ」
「エリスは僕の許嫁だ。君の子分にはならない」
アルウィンがはっきりと告げると、気圧されたヘドリーがわずかに後ずさる。そして面白くなさそうに地面を蹴った。
「なんだよ、できそこないのくせに偉そうに」
「な……っ」
実兄に対するあまりの暴言に、エリスは驚くより先に腹が立って呻き声を漏らした。アルウィンが間に立っていなければエリスの方からつかみかかっていたかもしれない。
「母上が言っていたぞ。兄上はできそこないだって。俺の方が王太子にふさわしいって」
むかむかと腹の底から怒りが湧くと共に、頭の奥は冷静になっていく。
怒りと冷静さを身体の内に留めながら、エリスはアルウィンの手を取った。
「行きましょう、アルウィン様」
アルウィンの手を引いて、中庭の出口に向けてすたすたと歩き出す。
「おい待てよ! お前は残れ、
エリスが足を止めくるりと振り返ると、ヘドリーは一瞬驚いたような顔をして、だがすぐ薄ら笑いを浮かべた。
エリスはヘドリーに向けて、舌を思いっ切り突き出す。
子どもじみた行為に呆気にとられるヘドリーに背を向けて、エリスはアルウィンの手を引いて中庭から出ていった。
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