第7話 奇妙なトライアングル
学園にあるテラスには、学生同士の交流のためのテーブルセットが据え置かれてる場所が多い。
良く晴れた日の午後、エリスはフィーネとアルウィンと共に、三人でひとつの白いテーブルを囲んでいた。他の学生に遠巻きで見守られながら。
(どうしてこんなことに?)
見守っている生徒たちも訳が分からなさそうだったが、一番困惑しているのはエリスだった。
いや、なんということはない。フィーネが男子生徒と話がしたいから同席してほしいと言い出して、来てみればその相手がアルウィンだったというだけのことだ。だけのこと、なのだが。
(この状況、わたくしお邪魔虫では?)
外から見ればフィーネがお邪魔虫だろうが、ふたり的にはエリスがそれのはずだ。
前回の人生ではふたりが接近することはなかったが、前々回は結ばれたのだから相性はよいはずだから。
そう思いながらも、アルウィンの婚約者であるエリスが同席しているのならフィーネも堂々とできるだろうと思い直して席を外さずにいる。
アルウィンとフィーネの仲が良いのはいいことだ。
それに自分の言ったのだ。男子生徒と話したいときは同席すると。いまのエリスのミッションはふたりの仲が深まるように、気配を消して景色になることだった。
「エリスさんはとっても優しいんですよ。私に勉強を教えてくれて、しかもとてもわかりやすいんです」
(わたくしのアピールはしなくてよろしい)
いやこれは他人を褒めることで自分をアピールをする高度なテクニックかもしれない。
さすがフィーネ・アマービレ。なかなかの手腕だ。
「そうなんだ。エリスは優しいんだね」
ふたりの存在が、視線が、笑顔が、きらきらと眩しい。太陽よりも若葉よりも、咲いたばかりの花よりも。
「いいえ、フィーネさんがとても努力家ですのよ。明るくて前向きで、愛らしくて、本当に素晴らしい女性ですわ」
「私なんてそんな」
(なんなの、この空間)
これが社交辞令ならよくある会話の光景ではあるが、このふたりは本気で言っている。身にまとう素直な善人オーラがそう言っている。
悪女として邁進しているエリスにとっては、とても居心地が悪い。早く景色になりたい。
「それにしてもおふたりとも、とても仲がよろしいのね」
「うん、時々話すよ。エリスの話とか」
「わ、わたくしの?」
自分の話をしているのは予想外だったため動揺するが、共通の知り合いではあるし、話題としてはおかしいことではない。
それでふたりの距離が縮まるのならいくらでも話してくれればいい。昔話でもなんでも。なにせ幼いころからの婚約者だ。話の種はいくらでもあるだろう。
――そう。幼いころからの婚約者だ。
昔からずっと好きだった。
(アルウィン様のことは、いまも、大好き……でも……)
前回のアルウィンの最期の姿が頭から離れない。
仲良くなろうとしたらアルウィンが殺されてしまうのなら、アルウィンの廃嫡で済む婚約破棄の方がまだマシだろう。きっと。
「アルウィン様、創立祭にフィーネさんをエスコートして差し上げたらいかがですか」
学園創立記念祭。
夏に行われる学園で最も大きな行事である。クラス単位や、部活動、個人でも出店や展示が許される祭りである。
「僕がエスコートするのはエリスだけだよ」
(――嘘つき)
どうしても忘れることができない過去が頭をもたげる。
エリスの一回目の人生で、アルウィンは卒業パーティでエリスではなくフィーネをエスコートした。
その時に魔法で無理やり聞き出した本音がいまの頭から離れない。
だが違う。いまはそんなことよりも、胸の痛みよりも、アルウィンとフィーネを近づけさせることが重要で――
「私は用事がありますから、だいじょうぶですよ。お気遣いなく」
「あら……そうなのですね」
心の底から残念に思う。仲の良い友人や気になる男子と一緒に回ったりするのだろうか。
「エリスは他に約束している人がいたりするのかい?」
「いえ。そういうわけでは」
「よかった」
アルウィンはほっとしたように、はにかみながら言う。
少し耳を赤くしたその笑顔がエリスの胸をきゅっと締め付けた。
どうしてそんな笑顔を見せてくれるのか、エリスにはわからなかった。
帰宅したエリスは、自室に戻ってからずっとぼんやりと窓から空を眺めていた。
(アルウィン様はいまのわたくしのことをどう思っているのかしら……)
目を閉じても開いても考えるのはアルウィンのことばかり。
エリスははっと息を呑み、両手でぱちぱちと頬を叩く。
色恋に浮かれている場合ではない。
エリスの敵について、その正体と目的についてもっと考えなければならないのに。
(難しいことを考えるから考えがまとまらないのです。もっとシンプルに考えてみましょう)
敵が一番得をするのは、誰を潰した場合か、と。
まずはエリス。エリスが消えれば、アルウィンの婚約者の席が空く。ただそれだけだ。アルウィンに恋する乙女の仕業かもしれないが、二回目の人生では先にアルウィンを毒殺している。この線は薄い。
続いて公爵家。公爵家が消えれば、敵対勢力が勢いをつけるだろう。これはかなりのメリットがあるような気がする。
最後にアルウィン王子。アルウィンが廃嫡もしくは死亡して王位継承権争いから降りれば、第二王子が王太子となり次期国王となる。
(一番利が大きいのは、第二王子……いえむしろその周辺の人たち……それはきっと公爵家の敵対勢力とも一致する……)
カルマート公爵家は当然第一王子派だ。だからこそエリスとアルウィンの婚約が成立した。
第一王子アルウィンが廃嫡されたり死んで得をするのは第二王子派だ。
どうせ手詰まりの状況ならば、第二王子のヘドリーと関わってみるのも一手かもしれない。第二王子はアルウィンの一つ年下。まだまだ子どもだ。エリスも子ども。子ども同士なら周囲の警戒も緩いだろう。
(それに、いまのうちにわたくしが第二王子側につけば、カルマート家は没落しないのでは……? わたくしだけでもあちら側にいれば、もし没落の危機に瀕しても助命嘆願できるのではないかしら……)
好都合なことに第二王子には婚約者がいない。問題は、エリスのこれまでの人生の中でも一度もいい噂は聞かなかったことだが。
それでも、避けてばかりもいられない。
その日の夕食は、久々に家族全員が揃った。
公爵である父は仕事で忙しく、公爵夫人である母は社交で忙しいため、家族全員が揃うことは滅多にない。久しぶりの家族団欒だ。
ちょうどよい機会なので、エリスは父に聞いてみた。
「お父様、第二王子を推しているのはどんな方たちなのでしょう」
「エリスが気にすることではないよ」
父は優しいが厳格な人物でもある。
きっちりと線引きをされてしまい、取り付く島もない。
「そんなことよりエリス、創立祭は誰と回るんだい」
「アルウィン様ですわ」
答えると、兄フレデリックが残念そうに肩を落とすのが見えた。
「うむ、仲が良くて結構。その調子で交友を深めていきなさい」
「はい、お父様」
はぐらかされてしまった。まだまだ子どもだと思われているのか、相手にされていない。
魔法を使おうかとも思ったが、その前にちゃんと自分で見てみることにした。
あまり魔法に頼ってしまうと代償が怖い。
(よし、ヘドリー様とお会いしてみましょう)
ちょうど明日は学園は休み。王城へ行こう。
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