第5話 まずは情報収集ですわ
エリスの私室の天井を、銀色の光を降らせる妖精がひらひらと飛び回る。
エリスは嬉しそうにその姿を見上げた。
やっぱり妖精はすぐ近くにいた。
「あなたのお名前を教えていただけないかしら。わたくしはエリス・カルマート」
「テオ……」
テオと名乗った銀色羽の妖精は、少しエリスと距離を取ったまま緊張した様子で答える。こちらをまだ警戒しているようだ。
「テオ、すてきなお名前ね。すばらしい魔法をありがとうございます。相手の本当の心がわかるなんて、なんてすばらしいのでしょう」
エリスは警戒心を解くように心からの微笑みを浮かべ、賛辞を述べる。
「……だろ? そうだろ?」
「ぜひお礼をさせてくださいな。テオの好きなものを教えてくださらないかしら」
「砂糖菓子! 宝石みたいなやつ!」
「ええ、すぐ用意しますわ」
エリスはテオに微笑みかけ、呼び鈴を鳴らした。専属メイドを呼び、朝食と大量のお菓子を用意させる。赤い宝石のようなチョコレートや星のような飴も。甘いミルクも。
テーブルいっぱいにそれらを並べてメイドが出ていくと、テオは大喜びで砂糖菓子にかぶりついた。
「秘められた心が聞こえるなんてすばらしい魔法なのですから、きっと代償もあるのでしょうね。ねえテオ、代償はいったいなんなのですか?」
口の周りにチョコレートをつけて、嬉しそうにお菓子を食べるテオに問う。
「幸運だよ」
「幸運?」
エリスは目を瞬かせた。
「そう。魔法を使うと、エリスの幸運が逃げる。下手すると死ぬかもね」
なんとも曖昧で、恐ろしい代償だ。
気軽には使えないけれど使うのを禁止するほどではない制約だとエリスは思った。でもできるだけ控えておこう、とも。不運で死んでしまっては死んでも死にきれない。
それで本当に死ねたらまだいいが、四度目の人生を歩むのはさすがに気が重い。
そしてこの制約は最初からあったのだろう。最初の時は、いつもイライラしていた。何もかもうまくいかなくて。それはほとんどが自業自得だっただろうが、幸運を失った影響もあったかもしれない。
「……ねえ、テオ。あなたはどうしてわたくしに魔法をくださったの?」
「昨日言ったばかりじゃないか。未来の王妃様へのプレゼントだよ」
――王妃様にはなれなかったわ、という言葉を飲み込む。
いまするべきは恨み言を言うことではなく、テオからよりたくさんの情報を引き出すことだ。
「わたくしの他にも魔法を受け取っている人はいるのかしら」
「他の妖精から受け取っているやつはいると思うよ。おんなじ魔法じゃないけどね」
「それは誰?」
「知らない」
テオは心底興味なさそうに言って星のかたちの飴に齧り付く。
魔法の持ち主を特定できないのは残念だったが、それは有用な情報だった。
もしかしたら敵もなんらかの魔法を使えるのかもしれない。その魔法で、アルウィンに毒を盛り、エリスの部屋に毒薬を仕込んだのかもしれない。
「テオの姿は他の人にも見えるの?」
「妖精の瞳を持っている人間以外には見えないよ」
確かに、メイドのミレイナには見えていないようだった。しかしエリスも一度目の人生では最後まで、二度目の人生でも文句を言いに来られるまでテオの姿は見えなかったから、姿隠しの魔法か何かを使っていたのだろう。
「だからいたずらし放題なのさ」
無邪気に笑う顔を見て、エリスはアルウィンの言葉を思い出した。
――銀色羽の妖精は、いたずら好きで時々やりすぎる。
(妖精の瞳はよくわからないけれど、アルウィン様には見えたのね。王家ゆかりの人には見えやすいのかしら)
「……本当、きれいな羽ね。お月さまの色だわ」
「だろ? 金色羽の連中より、俺の方がよっぽどイイよな! エリスは見る目あるよ!」
「ふふ、ありがとうございます。毛並みもふわふわで、触り心地が良さそう」
「エリスなら少しだけ触ってもいいぜ」
「ありがとうございます。きゃあ、本当にふわふわ!」
◆
テオから聞き出した情報はどれも有益なものだった。エリスは忘れないうちにそれらを秘密のノートに記すことにした。
部屋にこもり、誰も入れないように扉に閂をかけて。
テーブルの上ではお腹いっぱいになったテオがすうすうと寝ている。
――妖精は名前はテオ。甘いお菓子が好き。いたずらが好き。
妖精は他にもいっぱいいるらしい。妖精の瞳?がないと見えないが、持っていてもいつも見えるわけではない。
魔法を人間に与えることができる。エリスの魔法の代償は幸運。
テオは銀色の羽。金色の羽の妖精もいるらしい――
(覚えているうちに、最初と二度目の人生もメモしておきましょう……)
最初の人生。
魔法をいっぱい使った。人を信じられたくなった。嫉妬からフィーネをいじめてアルウィン王子に卒業パーティで婚約破棄された。
その後エリスは幽閉、アルウィンは廃嫡、第一王子派のカルマート公爵家は力が弱まった。
二回目の人生。
魔法を使わず穏便に過ごすがテオに怒られる。魔法も目も耳も奪われそうになったところを、アルウィンに助けてもらう。
公爵家のお茶会でアルウィンが毒殺される。
心臓が止まる毒薬はアルウィンの紅茶だけに入っていた。薬瓶はエリスの部屋から見つかる。
カルマート公爵家は――……
エリスの手が止まる。これ以上は書けない。
誰か見られると大変なことになりそうなので、ノートは机の引き出しを二重底にして、その下に隠した。
完璧にノートを隠したエリスは、重いため息をつく。
一回目も二回目も、最後は辛いことばかりだった。自分だけならまだいい。だが家族とアルウィンを不幸にしていることが苦しい。
(わたくしの唯一の武器は、情報……)
二回分の人生で得たほんのわずかな情報。
そして、敵の存在を知ったこと。その敵と戦う決意を持てたこと。
今度こそ負けない。負けてはならない。
そのためにならどんな悪女にもなってみせる。
(わたくしには、本音を聞き出せる魔法があるのですから……!)
◆
若葉がきらきらと光る春の日が、王立貴族学園への初登校日だ。
(三回目の学園生活ね……)
制服の青いリボンを見つめながら、もう何回これを着たのだろうと思う。
エリスは学園生活も勉強はもう充分だが、あまりいままでとかけ離れた行動を取るのも良くない。
それに、学園には学園のメリットもある。
運命の訪れを告げる風が吹き、花の色の髪がすぐまえで揺れた。
この世のすべての祝福をあますことなく受けたように光り輝く少女――フィーネ・アマービレ。
ピンク色の髪に緑の瞳の少女と目が合ったエリスは、にっこりと微笑みかけた。
「ごきげんよう」
もちろんフィーネと仲良くするつもりはない。
ないが、知り合いのポジションくらいは確保しておきたい。
良好な人脈を広く持つ、というのが今回のエリスの目標だ。もちろん情報収集のために。顔は広いほうが良く、印象も良いほうがいい。
(アルウィン様ともちゃんと距離を取らないと)
近くなりすぎて、公爵家に招いてしまったら、また同じことになってしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。
そう思って学園内を歩いていたら、本当に偶然にアルウィンと出会ってしまった。
「やあエリス、久しぶりだね。これからは学友としてもよろしく」
「アルウィン様……」
握手を求めて差し出された手を、エリスは握ることができなかった。
視界が滲み、身体が震えて、動けない。
「エリス? どうして泣いて――」
「え? あっ……なんでも、なんでもありません」
口を開いた瞬間、涙がぽろぽろと零れ落ちる。一度決壊した堰はすべて溢れ出すまで止まらなかった。
再び元気な姿を見られた喜びと、最期の時の悲しさと、悔しさや愛しさや、様々な感情が渦を巻いて、止まらなかった。
アルウィンはエリスが落ちつくまでそばにいてくれた。ハンカチーフを貸してくれた。
純粋な優しさに触れて、また好きになってしまった。
涙でぐしゃぐしゃになったハンカチーフの代わりにエリスは自分のハンカチーフをアルウィンに渡した。
アルウィンのそれはエリスの宝物となった。
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