第44話 双子の悪意

『許せない? 自分たちが利用されていることにですか? それとも私たちが他人を傷つけていることにですか?』


 説教や文句は聞きたくないと言うように、ミレアの声は呆れの波長を含んでいた。

 自分たちが非情なことをしている自覚はあるのだろう。しかしそれについて論争するつもりは毛頭なく、むしろ不愉快とすら感じているような声音だ。


 そんなミレアに対し、バルムはフンッと鼻を鳴らすと、腰に両手を当てながら不満をぶつけるように答えた。


「違うわ。私が許せないのは、あなたたちがカインを弄んでいることよっ。それは私たちの役目なのにっ」

「…………………………は?」


 予想外の一言に空気が凍り、カインも脳が意味を理解するのに長い時間を要した。


「可愛い弟に試練を課したり、敵と戦わせて鍛えさせる役は私たちだけでいいのよっ」


 真面目な雰囲気を一気にぶち壊し、実験動物として扱う【観測者】と、弟を鍛えることを同列に並べるバルム。

 話自体はバルムも理解しているようだが扱い方がまったく違う内容に、ジニアとミレアも戸惑っているのか、二導影リシャドウの動きも止まっていた。

 頭の中身を疑う兄のノリ。そこにリーシャは乗ってくれるなよと、儚い期待を込めてカインは振り向くが。


「そうですわ。部外者がカインを観察し、研究するなんてもってのほか。カインを監視するのは私たちの役目ですわ」

「…………オイ…………」


 予想を裏切ってはくれなかった姉に、カインは兄姉のほうに抗議の呟きを漏らした。

 ふざけているのか真面目なのか。弟は私たちのモノなのだから、他人には絶対に渡さないと啖呵を切るバルムとリーシャ。

 まさに弟バカをゴリ押しする二人に、二導影リシャドウは威圧するように両腕を広げた。


『『ならば、どうしますか?』』


 二導影リシャドウからジニアとミレア、双子の試すような声が同時に聞こえた。

 【観測者】として、実力の高いカインの監視を今後も続けるという意思。

 〝自分たちの利のために、あなたの家族を利用する〟という宣告に、バルムとリーシャはビシッと人差し指を二導影リシャドウへ向け。


「「カインへの愛ゆえに、あなたたちの全てをブッ壊す!!」」


 声をハモらせながら、誰がなんと言おうとお構いなしと、世界を敵に回す覚悟で堂々と宣言をぶちかました。


 まるで竜巻でも起こしたように突風が咲き乱れる。

 それほどの覇気と想いの込められた兄姉の言葉に、カインはポリポリと頭を掻いた。


「まー、愛とかそういう怖いものは魔霊種レイスにでも食わせてやって」


 軽口を叩くものの、カインの顔がどことなくニヤけているのは、照れ隠しか気恥ずかしさか。

 さきほどまでの重い空気が嘘のように軽くなったように感じたカインは、気負っていた自分をバカバカしく思いながら告げた。


「誰が何と言おうと、俺の人生を邪魔する奴らは排除する。輝石の恩恵から逃れられないってんなら、その技術も手に入れてやる。それなら誰も文句言わねーはずだ」


 輝石をエサにアネスタの住人がいいようにされているなら、自分たちで輝石を生み出せるようになればいい。

 魔霊種レイス瘴機種カースを、そして【観測者】を返り討ちにして、恩恵だけを奪い取る。


「そっちが侵略してきたんだから、逆に侵略される覚悟もあるんだよな? 震えて待ってろよてめーら!」


 これは決定事項だと勝ち誇るような物言い。自らも認めたカインという才能に、【観測者】の答えは。


『……ははっ……あははははははっ』


 わずかな沈黙を経て、二導影リシャドウから笑い声が。ジニアの笑い声が溢れ出す。

 信じられない言葉を聞き、耐え切れず吹き出すような高笑が、周囲に広がっていく。


『圧倒的な科学力の差があるのに、すべて潰す? 技術を手に入れる? 笑わせますね』


 地面を這いつくばるのが精一杯の猿が、何をほざいているのかと問うような、明らかなる侮蔑の念が三人に届く。


『ふふっ。やれるものならやってみてください。あなたたちの運命、【観測者】としてしっかりと見ておいてあげますよ』


 ミレアも嘲笑を含ませながら、観測者の部分を強調しつつ、高みの見物を決め込むと口にし。


『『あなたたちの活躍、楽しみにしていますね』』


 ジニアとミレアが声を重ね、双子の悪意を共鳴させると、残響が消え去るように二導影リシャドウの姿も空気に溶けた。

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