第40話 頭脳プレー
「さあ、狩りの時間だ」
まるで亡者を引き連れるように影の群衆を帯びながら、イメアが一足飛びに二人に迫る。
外にも出られず、実力的にも精神的にも倒すことのできない弟という存在に、兄姉は……
「うふふっ。
「おほほっ。捕まえられるものなら、捕まえてみるといいですわっ」
地面から岩場へ、岩場から岩場へ。
出口が封鎖され逃げ場がどこにもない空間内を、大怪我をしているのが嘘のように、バルムとリーシャは自由自在に跳び回る。
「鬱陶しい。羽虫か? こいつらは」
従わせた影を伸ばし、致命傷を負うレベルの槍が二人の背中を貫こうと、無数の投槍となって降り注ぐ。
しかしまるでペアダンスを踊っているように、バルムとリーシャは息ピッタリに華麗に躱していく。その姿は、観衆がいれば拍手喝采を受ける演目となっただろう。
自分の攻撃をフザケた動きで避けるのを見せつけられたイメアは、イラつきながら影を飛ばすのを止めた。
「あらぁ? 狩りも上手くできない猛獣は、飢えて死んでしまうわよぉ?」
バルムは出口を背にし、いつもはしないような煽る口調で、わかりやすい挑発を送り。
「どんな攻撃も、当たらなければ無意味。ただのお遊びですわ」
リーシャもアゴに軽く指を当て、無駄に悩ましげに上目遣いでイメアを見つめた。
カインにとっては生まれた頃から一緒に過ごし慣れている兄姉だが、イメアにとってはオネエと女王様という異質な組み合わせにバカにされている状況。
自分に絶対的な自信がありプライドの高いイメアには、到底許容できる範囲を超えていた。
「俺様を侮った代償、高くつくと思え!」
怒り心頭に発したイメアは、さきほどとは比べものにならない重圧を両手に集め始める。
はたから見れば力を溜めている隙。バルムとリーシャであれば、余裕で攻撃を通せる油断と言っても過言ではない。
しかしイメアは、二人がカインの体を傷つけられないことを重々承知している。
だからこそ、怒りに任せた隙を作ってしまっても、一瞬たりとも気にせず全力を
「まともに喰らったら、きっと体が無くなるわね」
「最期の遺言でも残しますの?」
「冗談。私たちも生き残らないと、カインが戻ってきた時に悲しむわ」
「ストーキングしてくる兄姉から逃れられて、清々するかもしれませんわよ?」
「うふふっ。そうなったら嫌いなゴーストになってでも見守ってあげるわっ」
「そうですわね。私もゾンビにでもなって、カインを溺愛し続けますわ」
バルムとリーシャの弟愛溢れる恐怖の決意も、怒りで忘我状態のイメアの耳に届くことはない。
聞こえたところでカインに戻るわけではないし、カインが聞いたら新たなトラウマが生まれそうではある。
およそ生死を問う場面に似つかわしくないバルムとリーシャの言葉。
だがそれは、冗談に聞こえるような会話をして心を落ち着かせないといけないくらい、重々しい攻撃が放たれることを二人が理解していたからだった。
「塵も残さず消え去れ!」
イメアの両手に極限まで高まった
直撃すれば言葉どおり塵と消え、避けても天井や壁が崩れ、技を放ったイメア自身も生き埋めになるだろう。
しかし頭に血が上っている魔王はそんなことおかまいなく、目障りなバルムとリーシャを葬るためだけに、溜めに溜めた
「グランレイ・アウト」
二つあった闇の球体が一つとなり、巨体だった
黒い太陽とも言うべき闇球の天体が、地面を派手に削りながら走った。
触れた岩場の縁を粉々にし、四方八方に大小様々な石の雨を降らせる。
それに対しバルムとリーシャは、全身に闘気を滾らせ、正面から受けて立つと告げるように、逃げずに両足を踏ん張る。
「そのまま身を砕かれて死ね!」
怒気を孕んだ声が響くと、闇球が濃さを増した。
すべてを塵と化す破壊の権化。山すら原型を留めずに消し去ることができる、無慈悲な闇の洗礼。
バルムとリーシャも肌だけでなく、本能が死を連想させてくるほどの一撃。
それと真正面から激突するかのごとく、不動の構えを見せていた二人の、目と鼻の先に渦が触れようとした刹那。
闇球の〝真反対〟に一瞬で移動した二人は、足と鞭に膨大な
光の軌跡を描きながら、渾身の蹴りと打撃を闇に叩き込んだ。
「──なにっ!?」
敵にぶつけて相手を消滅させる、または空間内を破壊し生き埋めにする。
二つに一つの使命を持っていたはずの闇球が下後方から押し出され、圧倒的な加速度を得て。
避けられても岩壁に当たり、内包した力を爆発させるはずだった闇球は、速度を貫通力に転換し、本来の破壊力と相まって分厚い岩壁を一瞬で円筒状に削り切り。
出口の上部を掠め外へ飛び出ると空へ飛んでいき、雲を吹き散らしながら彼方へ消えていった。
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