第39話 弱者
「なるほど。本調子ではないのか」
力は拮抗していたものの、脇腹から流れる血に気づくと、イメアは残念そうに口角を下げる。
今の一連の流れで、二人が怪我していることがイメアにバレた。
しかし強き者と戦いたいイメアにとっては、弱っている相手など蹂躙するだけの余興物にすぎない。
急激に興味を失っていく魔王に対し、リーシャはピクンッと片眉を跳ねさせた。
「お気遣いはいりませんわ!」
追随を防ごうと、リーシャが鞭をしならせると、イメアは大きく後ろに跳んで躱す。
「なら、これを防げるかな?」
鼻で笑ってしまうほど明らかに強がっている二人を試すように、イメアは右手に闇を収束させると一気に力を解放した。
「ヴォイド・ハウリング」
広範囲に侵食する闇が、バルムとリーシャを飲み込もうと迫る。
巨大な力の波は自然の脅威に等しく、至近距離から覆い被さるように広がったものを避けられる余地はない。
絶望的な展開。普通の人間なら諦めてしまう状況に、唯一抗える手を行使しようと、バルムとリーシャは
一点突破しようと、全力で拳と鞭を闇に叩きつけた。
「「はあぁぁぁぁぁッ!!」」
分厚い壁のように立ちはだかる闇に、二つの白い輝きが突き刺さる。
筋力や体力は兄姉に敵わないが、
まるで金属が互いを削り合うように、黒と白が散っていく様は、熟練の鍛冶師が剣を研磨するかのごとき光景に見えた。
「前回戦ったときほどの覇気を感じられないな。力は増したようだが、面白味に欠ける」
バルムとリーシャの力が闇の一部を消滅させるものの、相手の現在の力量と状態を正確に把握したイメアが放出を止め、落胆とともに大きな溜め息を吐いた。
真の強者が陥る、強者ゆえの憂鬱。
自分より強い者と戦いたい。その上で相手を制したい。
カインにとっては規格外であるはずの兄姉だが、怪我をしているとはいえ、イメアにとっては欲求を満たせない程度の力量と判断された。
「あなたを楽しませるために私たちがいるんじゃありませんわ」
「だが、俺様をどうにかしない限り、カインは一生戻ってこないぞ?」
フンと鼻を鳴らすリーシャに、イメアはニヤニヤと悪魔の笑みをたたえる。
イメアをカインに戻す方法はあるが、カインと記憶を共有しないイメアはその手順を知らない。
しかし実際の現場を目撃し、カインと情報精査をして、やり方を突き止めている二人は顔を見合わせた。
「リーシャ、やるわよ」
「やっぱりやるんですのね」
意味深な言葉を交わした二人は、拳を下ろし鞭を納める。
戦意喪失し降伏するかのような振る舞い。
カインが見たら驚きのあまり兄姉を偽者かと疑うところだが、イメアは不服そうに目を歪めた。
「能力は上がっても、精神力は落ちたか」
どんなに実力があろうと、それを使う意思がなければ宝の持ち腐れ。
無味乾燥な者には興味がないと言いたげなイメアは、目ざわりなものを排除しようと片手を二人に向け。
突如、背を向けて出口に向かって走り出したオネエと女王様に、残念なものを見るように目を細めた。
「どんなに弱き者でも、俺様が逃がすと思うなよ?」
小動物を狙う肉食動物のごとき獰猛な笑みを浮かべ、イメアは遠く離れた影を操り、出口を完全に塞ぐように影壁を形成して、何者も通さぬ強い意思を示す。
陽光は閉ざされ外界への道は闇の先へ消えた。開いた出口はすぐ外に繋がっているわけではなく、分厚い岩壁の通路の先に外界の景色がわずかに見えていた。
通常時のバルムとリーシャなら二、三撃で大きな穴を開けて脱出できるだろうが、大怪我をしている現状ではもっと時間がかかってしまう。
その隙を見逃してくれるほど、イメアは寛大でも間抜けでもないことは、漂う雰囲気から容易に察せられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます