第37話 テスト

「まずは、どこまで速く動けるかスピードテストだな」


 さきほど致命傷を避けた速さは本気ではないはずだと、イメアは楽しげに白い歯を覗かせる。

 そして影をいくつもの長大な帯状に伸ばすと、周囲にある岩場を一瞬で切り刻み。地面に落ちる前にしっかりと影の帯で掴むと、人間サイズの岩石を瘴機種カースに向かって投げ始めた。


 目にも止まらぬ速さで、スライドするように回避行動をとる巨体に、イメアは次々と岩場を切り裂いては剛速球を披露していく。

 瘴機種カースのスピードもさることながら、イメアも相手の移動場所を予測し投げ続ける様は、悪魔同士の死闘にも見えた。


「はっはっはっ。ほらほら、ちゃんと避けないと直撃してしまうぞ?」


 まるで未来視しているかのように的確に飛んでくる無数の岩石を、次第に避け切れなくなってきた瘴機種カースは、腕や足を掠めた岩に表装を削られ、内部の構造を露出させていく。

 バルムやリーシャの攻撃すら凌いだ外装にダメージを与えるほどの速さ。人間に当たれば粉々になる威力。


 間違いなく覚星者かくせいしゃのトップランカーに引けを取らない攻撃能力に、瘴機種カースは翻弄されるしかなかった。


「次は耐久テストだ」


 機動力の落ち始めた相手に飽きたのか、イメアは岩石を投げるのを止め。テストを実行するため、何かを引き上げるように右手をスッと上げた。

 すると立ち止まって様子を窺っていた瘴機種カースの周囲の地面から闇が立ち昇り。


 巨体の四方と上部を囲むと、絶対に逃さないと決意を示すように、檻状の影で瘴機種カースを包囲した。


「ディバイン・ブレス」


 イメアが自らの編み出した技名を口にすると、檻の上空に影が集まり、急激に黒い雲が立ち込めた。

 嵐の前の静けさが辺りを覆い、瘴機種カースも自身の頭上をバッと見上げ。


 その瞬間、影の雲から極大の黒い雷が地面に向かって降り注ぎ、空間の一部を塗り潰したように檻を飲み込んだ。


 荒れ狂う漆黒の豪雷。影で編まれた暴力がカインの放った最大級の技──カオス・ロアを凌駕する破壊力が瘴機種カースの全身を軋ませる。


『機体維持……支障……防衛機構……全開……』


 微かに何か言っている音声がイメアの耳に届くが、影が地面を削っていく音に掻き消される。

 力場を拡散しがちなバルムやリーシャと違い、パワーを一点に集中したイメアの一撃は、周囲を破壊することなく瘴機種カースだけを削っていった。


「耐久テスト、終了だ」


 力の放出を止めたイメアが右手を下ろすと、サッと雨が上がるように影は消え、瘴機種カースを捕らえていた檻も消失した。


『……計測継続困難と……判断……機体全損……回避のため……実験を……中止……します』


 逃げることもできず、まともにイメアの技を喰らった瘴機種カースが、ノイズ混じりの声を発する。


 壊れていない所を探すほうが難しいほど、瘴機種カースの全身はボロボロになっていた。

 両腕は肘から先が無くなり、足は繋がってはいるものの、内部から無数のゴムで作られた綱や光を反射する小さな板が顔を覗かせていた。


「ははっ、脅威と恐れられる瘴機種カースが形無しだな」


 覚星者かくせいしゃの実力をテストする側の瘴機種カースが、逆にテストと称して破壊された姿は、イメアにとっては滑稽そのものに映る。

 人間が体に鞭打って這うように、ズルズルと機械の足を引きずりながら移動する様子をイメアは悠々と眺め。


 突如、空間内の明かりがすべて消え去り、真っ暗闇の中に瘴機種カースの瞳の赤しか見えなくなった状況に、つまらなそうに溜め息を吐いた。


「ふん。目くらましのつもりか?」


 カインであれば影に心力マナを込めて操るが、イメアは影だけでなく〝闇〟を操る術すら行使できる。

 お陰で暗闇でも瘴機種カースの位置も動きも手に取るようにわかった。


「お前のテスト結果を教えてやろう」


 目には見えずとも、満身創痍であると闇から伝わる、相手のぎこちない動き。それを嘲笑い、唯一見える赤い光の軌跡をイメアは眺め、右手を水平に上げると拳をグッと握った。


 空間を支配していた闇が凝縮するように、周囲の黒が濃度を増し巨体に絡みつく。

 暗闇の中、何が起きたか判別できない瘴機種カースは、動けなくなった全身を力の限り動かそうと試みるが、分厚い氷の中に閉ざされたように一歩も前へ進めず。


「落第点だ」


 無慈悲な一言が発せられると、ヒビの入った卵の殻を握り潰すかのように軽々と、瘴機種カースの全身は闇に砕かれ。


 首を握り潰され、胴体と離れた頭部が轟音を立てて地面に落下した。


『カ……活動ヲ……停止……シ……シ……マ……ス……』


 ボディはスクラップになり、首だけになった瘴機種カースがたどたどしく自身の最期を告げ。


 瞳が急激に光を失っていくと、ロウソクの火のようにフッと赤色が闇色と同化し消えた……


瘴機種カースの停止を確認。被験者の測定完了。検証実験を終了します』


 瘴機種カースとは別の流暢な女の声が響き渡り、消えていた明かりがパッと点くと、空間の奥の壁に外への出口らしき陽光が差し込む扉が開いた。

 覚星者かくせいしゃの能力を測るのが試験場の目的。瘴機種カースが破壊されたことで実験の継続が不可能になったが、実力者の力量が測定でき目的を達成した。


 実験が終了すれば被検体を処分するという流れも予想されたが、今まで瘴機種カースと遭遇した覚星者かくせいしゃたちが帰還していることから、実験が終了すれば無事に脱出できるとカインは予測していた。

 イメアに至っては〝強い者がいれば倒す〟という単純な動機で戦っていただけではあるが。


「チッ……」


 いきなり暗闇から光のもとへ晒されて、イメアは眩しそうに──ではなく、毛嫌いするように舌を打った。


「明るいと心がザワザワしてムカつくな」


 言い知れぬ本能的な気持ち悪さに、イメアは毒づきながら周囲を見回す。

 破壊し尽くされ原型を留めない瘴機種カース。斬られ投げつけられ散乱した瓦礫。

 まさに魔王が暴れた後のような惨状に、イメアは満足げに頬を緩め、瘴機種カースの後方にある岩場を見つめた。

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