第36話 魔王降臨(2)

「カインの奴、やっと俺様と替わる気になったか」


 黒い煙を吐くように重く尊大な口調で、カインは言葉を吐き出す。


 顔も肉体も声音すらも同じままだが、放つオーラが明らかに変化した。

 兄姉へ対する劣等感を起因とした自信のなさは微塵もなく、心力マナの注がれた影で変貌した装備と角が異彩を放ち、自身のことをまるで他人であるかのような口ぶりで話す。


 バルムとリーシャはトラウマに相対すると我を忘れて暴走しだすが、カインは我を忘れるを通り越して〝別人格のイメア〟が発現するようになった。


 子供がトラウマになるほどのストレスを避けるため、別人格を自ら作り出し、心が壊れるのを防ぐ作用が働くことがある。

 カインはまさにそれで、暗闇の恐怖から逃れるため、絶対的な力を持つ者としてのイメージが強かった『魔王』というもう一人の自分を誕生させた。


「壊しがいのある、面白そうな奴がいるじゃないか」


 自分の背丈の何倍もある瘴機種カースを見上げ、イメアは愉しそうに口端を吊り上げる。

 その姿は余裕に満ち、全ての魔を統べる魔王としての威厳を放っているようにも感じられた。


 もちろん人格が変わったからと言って力が増したわけでも、肉体が強化されたわけでもない。

 ただ体を心力マナを込めた影で覆い、見た目と性格がカインのイメージする──特に思春期の子供が空想する〝俺TUEEEッ!!〟と、自分に酔いしれた魔王を模した状態へと変化しただけだ。


『最大の脅威と判断。対象へのテストを最優先にします』


 しかし瘴機種カースは様相の変わったカインを『脅威』と断定し、バルムとリーシャを放置して。

 兄姉に大怪我を負わせた光線の雨を、イメア目がけて集中砲火させた。


「この程度の攻撃で、俺様をどうにかできるとでも?」


 自分に当たりそうな光線を全て影で弾き飛ばし、イメアは嘲笑しながら相手を見つめる。

 カインなら防ぐことも避け切ることもできない猛攻。しかし、性格の違うイメアになっただけで、余裕の態度と動きで光線を軽々とあしらった。


「こちらからも行くぞ。頑張って耐えろよ?」


 攻められ続けるのにも飽きたと、イメアは飛んでくる光線を巨大な影で一気に払う。

 そして生まれた僅かなタイムラグに跳躍すると、まるで瞬間移動と見間違う速度で瘴機種カースに肉薄した。


「リード・ファング」


 獣が牙を剥いて噛み付くように、無数の影が左右から瘴機種カースのボディに突き刺さる。

 バルムの拳やリーシャの鞭でも傷つけるのに苦労していた相手。にもかかわらず、イメアの影は一つひとつが強固な機体に食い込み、着実にダメージを与えた。


「弱い奴ほど逃げ足も速いと言うが、本当のようだな」


 面白いものを見たように、口の端を上げながら後ろを振り返るイメア。

 その視線の先には、体の至る所に穴を開けられ、内部から放電をする瘴機種カースの姿があった。


 カインであれば、ここまで深手を負わせることはできなかっただろう。

 心力マナも無尽蔵にあるわけではない。個人ごとに異なるが、精神的負担が溜まれば体は元気でも心が疲労するのと同じく、心力マナも使う頻度と量によって枯渇していく。


 カインのときには今後の展開や戦略によってバランスを考えて使用するため、ここぞという場面でしか心力マナを大量消費しない。

 しかし精神的ブレーキが外れた状態のイメアは、後先考えずに好き勝手に力を行使するため、パワーは絶大だが消耗が激しい。


 自分の限界を無意識に定めてしまっているカイン。

 しかし実は、抑制を外せばバルムやリーシャが足元にも及ばぬほどの心力マナを内包していた。


「ここでお前が人間の実力テストしてたのだろう? だったら今度は俺様がお前の実力をテストしてやろう」


 イメアには、カインのときの知識はあるが記憶は朧気にしかない。逆もまた然り。

 例えるなら、見た夢も起きてしばらく経てば、夢を見たことは覚えていても、どんな夢だったか忘れてしまうのと似た感覚だ。

 周囲の環境と目の前にいる魔霊種レイスとは異なる体を持つ瘴機種カースの存在から、ここが異文明の試験場だということを把握したようだった。

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