第30話 自白

「に、逃げるぞッ!」


 目前まで迫った大質量のマグマを止める手立てはない。吹き飛ばしてもまた瞬時に復活してしまう。

 そんな奴には構っていられないと、カインは兄姉を引き連れて出口の通路へ駆け込んでいく。

 しかし逃す気はないのか、三人の駆けていく通路にマグマ竜も侵入してきた。


「ちくしょう、ヤバイぞ!」


 通路は一本道で逃げ場はなく、進路が狭くなったことでスピードを上げて流れ込んでくるマグマに、カインは間に合わないと声を荒らげる。


 リーシャの鞭では対処できず、バルムの衝撃波を狭い通路で使えば、自分たちも生き埋めの巻き添えを喰らってしまう。

 何も対応できない状況で距離を詰めてくる相手に、カインの冷や汗も蒸発し息も上がり始める。


 このままでは三人ともマグマに飲み込まれて死ぬのは確実だ。

 大質量を相手に耐え切れるか賭けにはなるが、影で通路に壁を作って進行を止め、その隙にできるだけ先へ進み、マグマの届く範囲を脱するしかない。


 カインは意を決すると急制動をかけて振り返り、床に両手を着き自身の影に最大限の心力マナを注ぎ込んだ。


「グランド・ウォール!!」


 さきほど床として使用した技を、壁として本来の形で出現させ、通路の一部をすべて塞ぐ。

 迫っていたマグマが黒の向こう側に隠され見えなくなり、直後。

 ドォォォォンッという激しい衝突音が空気を震わせ、影に重く圧しかかってきた。


「ぐっ……きっつ……」


 勢いのついた大質量のマグマを塞き止めるのは荷が重く、カインは必死に心力マナを注ぎ込んで影壁の維持を試みる。

 しかし人間一人のちっぽけな力を嘲笑うかのように、圧倒的な重量で押してくるマグマに耐え切れず、ガラスにヒビが入るように影に大きな亀裂がいくつも走った。


「バルム、リーシャ、逃げろ!」


 塞き止め続けるのは不可能だと悟ったカインは、せめて二人だけでも生き延びさせようと、大声を上げて影の維持に全力を傾ける。


 人間離れした身体能力を持つ兄姉なら、時間さえ稼げばマグマの届く範囲から逃げおおせる可能性はある。

 兄姉のほうを振り向く余裕すらない状態で、亀裂が入った影を修復して維持するが、即座に新たな亀裂が入りどんどん数を増していく。


 ああ……せっかく助かったのに短い人生だったな……


 自分の力では御せないという事実に、死を受け入れたカインは、バルムとリーシャが遠くまで逃げてくれたことを祈りながら床に膝をつき。


「バーデン・クラッシュ!」


 影壁がバリンッと音を立てて壊れた瞬間、背後から響いたリーシャの声と共に、光る鞭がカインの横を伸びていき。

 鞭の先端が通路の天井を削るように波打つと、派手な粉砕音を轟かせ、溢れ出したマグマとカインの間に大量の瓦礫を降り注がせた。


 次々と通路上に落下していく岩石に、マグマ竜の体は押し潰され、形を保てず崩れていく。

 大きく顎を開けて喰らいつこうとしていた獣を、制圧していく軍隊のごとき暴力に、マグマ竜はなす術なく蹂躙され。

 天井崩壊が収まると、通路を塞ぐように瓦礫の山が形成され、マグマの進行を完全に停止させた。


 そのまるで雪崩に飲み込まれるような光景に、カインは呆気にとられ、言葉を失っていた。


「おほほっ。私にかかればザッとこんなものですわ」

「さすがリーシャ。惚れぼれする威力ね」


 鞭を華麗に腰に納め、自慢げに瓦礫を見つめるリーシャに、バルムも称賛を送る。

 瓦礫は隙間なく通路を塞ぎ、小動物一匹も通れないほどになっている。

 通路も一カ所ではなく、直線上に瓦礫が落下し塞いでいた。これならマグマが流れ込んでくることもないだろう。


「なんで……逃げてないんだよ」


 家族を生き延びさせるため、その場に留まったにもかかわらず、一歩も動いていなかった兄姉に、カインは信じられないものを見たように目を見開いた。


「あら。可愛い弟を置いて、私たちが逃げるとでも?」


 これは自然の摂理だとでも言うように、リーシャは逆にカインの問いに不思議そうな顔をして応じた。


「だてに弟のストーカーしてないわ。私たちの弟愛を舐めて貰っちゃ困るわね」

「ストーカーって認めたッ!?」


 バルムからの突然の本音暴露に、カインの声は思わず裏返る。

 シリアスな雰囲気をぶち壊されることは多々あったが、まさか命の瀬戸際を乗り越えた直後に、兄から爆弾を投げられると思っていなかった。


「いや、まぁ……結果的にはバルムとリーシャがいたお陰で命拾いしてるけどよ……」


 兄姉がいなければ試験場が見つけられたかどうか怪しいし、試練のような過酷なエリアも生きて突破できなかったが。


「ますます、どうやって帰るんだよ状態になったな、これ」


 同時に帰り道も完全に失ってしまった状況に、カインは片眉を上げて難色を示した。

 マグマ竜が通路を埋め尽くした時点で、そもそも通れなくなっていたので大差ないと言えば大差ない。しかしこれで進む先に外への出口が無かった場合、試験場内で餓死する。


「いざとなったら、試験場の壁を拳で掘り進んで行けば平気よ」


 バルムの言うとおり、最悪取れる手段はそれしかない。だが下手に脆い岩盤をぶち抜けば、脱出するどころか試験場が自分たちの墓場になる。


「加減間違えて生き埋めにならなきゃいいけどな……」


 最奥までに別の出口があることを願いつつ、カインは塞がった通路を背にすると、三人で奥へと歩を進めた。

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