第28話 マグマ竜(2)

「おほほっ。リーシャ様とお呼び!」


 意思があるのかさえ不明な相手に向かって、リーシャは心力マナを込めた鞭を振るい。

 伸長した鞭がしなりながらマグマ竜に迫ると、巨体に斜めがけに食い込んだ。


「この威力、惚れぼれしますわ」


 まるで巨大な剣で断ち斬ったように胴体が二つに分かれ、ズレて離れていく様子にリーシャはご満悦だ。


 心力マナは物質そのものの性能も上げるので、鞭でもマグマの熱に耐える代物になる。


 リーシャの実力ならば、並みの魔霊種レイスを二桁単位でまとめて消滅させられる威力。まともに当たったなら、通常は勝利を確信するだろう。

 しかし慢心する暇もなく、無傷の部分から流れたマグマがたちまち断裂を塞ぎ、ズレた体を持ち上げ元通りになってしまった。


「一点突破じゃ効果ないわね。でも、これならどうかしらっ」


 再び進行を始めた相手を見て、バルムが腰を落とす。

 例えマグマに飲み込まれても、不動を貫くと宣言するような構え。

 竜と人間。マグマと筋肉が互いを圧しようと相対する。


 両腕を腰に据え気合いを入れるバルム。その体からオーラのような光る煙が立ち昇っていき、筋肉で占められた全身が光に包まれた。


「エア・インパクト!!」


 バルムが力強く両拳を前に突き出すと、光が周囲の空気を押し出し、風の激震を引き起こす。


 大気そのものが震え、波となって突き進み、衝撃に巻き込まれた岩場は崩れ、たゆたう灼熱は盛大に跳ね上がる。

 吸い込むような空気と落ちてくる天井の岩盤に巻き込まれないよう、カインは足を踏ん張り、自身に当たりそうな物を影で弾いた。


「おほほっ。私たちにかかればこんなものですわ」


 渦巻く大気が収束していく中、今度こそなんの遠慮もいらないと、リーシャは口元に手を当て自慢げに胸を反らす。


 バルムが心力マナを込めて放った拳は、空気そのものを震わし、衝撃波を生み出して敵を粉砕するオリジナル技だ。

 本気で打ち込んでいたらマグマ池の空間すべてが消し飛ぶ威力があるが、さすがに生き埋めになる事態を避けるために自重したらしい。


 それでも、静かに揺らいでいたマグマは海の荒波のように暴れ回り、岩場に打ちつける熱が空気と混ざって空間の温度を上げた。


「とりあえず、これでひと安心ね」

「岩場が無くなって、来た道を帰れなくなったけどな」


 マグマ竜の全身が消し飛んだお陰で襲われる心配もなくなり、バルムは心地よさそうに汗を拭うが、カインは額に手のひらを当てる。

 先へ進む方向の岩場はあるが、試験場を攻略した後に帰る為の足場が見事に無くなった。

 生き埋めやマグマに落下という最悪な事態にならなかったものの、入り口まで崩壊して引き返すことができなくなった。


「うふふっ。男は細かいこと考えちゃ、ダ・メ・よ」

「帰り道を確保する。覚星者かくせいしゃでなくとも、人間なら誰でも考えておく当たり前の思考なんだがな。化け物は思考回路が違うのか?」


 指を振ってウインクしてきたバルムに、カインが皮肉口調で返した。


「どちらにせよ、落ち着ける状況でもないし、進めば別の出入り口があるかもしんねーから先へ進むぞ」


 マグマ竜は粉砕したし服は完全に乾いたものの、ついさっきまで灼熱の池だったところが、今はマグマがたゆたう灼熱の海へと変貌を遂げている。

 衝撃波の余韻でタップンタップンと揺れて、波打っているマグマが足元まで跳ねて大火傷をしそうだ。そんな環境でゆっくりはしていられないと、カインは先へ進むことを促した。


「誰が化け物よ。それにマグマにビビるような甘ったれた根性なら、今ここで筋トレさせるわよ」

「甘ったれたって……マグマが跳ねて飛んでくるような場所で落ち着いてる人間のほうが変だろ」

「カインは心の鍛えが足りないですわ。岩場の上で瞑想して修行するといいですわ」

「そんなこと言うならお手本を見せ──いや、やっぱいいや……」


 〝二人なら本気でやりかねない〟と感じたカインは、慌てて岩場を跳んで出口へと向かっていく。

 兄姉に従って心身を鍛えたら、心も体もボロボロにされる。マグマ竜よりも恐ろしい存在は常にすぐ近くにいた。


「まったく。今回の星託せいたくが終わったら、腹筋一万回やらせないと」

「カインの恥ずかしがり屋さんは昔から変わりませんわね」


 恐ろしい未来と的外れな過去を言い合うバルムとリーシャの声は、幸か不幸か弟には届かなかった。


 弟を鍛えて一人前の覚星者かくせいしゃにしてあげたい。


 兄と姉の純粋な想いは確かに存在しているのだが、いかんせん手段や強度の桁が違いすぎて、カインの肉体と精神が疲弊して倒れることもしばしばあった。


 そんな恐怖の対象である二人から逃れるため、カインはリーシャの二の舞にならないよう慎重に岩場を跳んでいき。

 ようやく残り三分の一ほどの位置まで到達したとき、巨大な瓦礫がマグマの中へ崩れるような音にカインは振り向いた。

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