第23話 水責め(1)
「……な、なんの音かなぁ?」
顔を強張らせ答えを求める弟に、兄姉は首を傾げる。しかし襲ってくる途轍もなく嫌な予感に、カインの心臓は拍動を速めた。
「……水が出てきたわよ」
沈んだ石柱の上部。そこから、石の色を灰色から黒に変えながら溢れ出してきた水に、バルムはすごく嫌そうに妹を睨んだ。
「リーシャ……誰も罠を発動させろなんて言ってねーんだけど」
「おほほっ。何が起きるかわからない。だからこそ人生は楽しいのですわっ」
最悪の展開にカインが首をギギギと向けると、姉からは謝罪も反省もない言葉が返ってきた。
水はチョロチョロとではなく、小さな噴水のようにプシャーと湧き出て、あっという間に床に溜まり始める。
このまま眺めていれば、水の中に全身が閉じ込められるのも時間の問題だ。
「うっそ、石柱が勝手に動いてるわよ」
自身のいる狭い空間が広がっていく光景に、バルムが驚きの声を上げる。
溢れ出る水に押されているのか、周囲にあった石柱がゆっくりと移動を始めていた。放っておけば石柱を押して動かすことができなくなり、満たされた水で溺れる未来が確実にやってくる。
「ちょっと! どうするのよカイン!」
「うるせーな! 急ぐっきゃねーだろ!」
石柱が勝手に動いてしまったせいで、頭の中で描いていた移動手順はもう使えない。
カインは脳をフル回転させ、ギリギリでも出口にたどり着ける道順を選び、前方にある石を押して動かす。しかしすでに水はふくらはぎまで溜まっており、足に絡みつく水が作業の邪魔をしてきた。
「バルムに石柱をすべて破壊して貰いながら進めばいいじゃないですの」
「確かにそうね。私に任せなさいっ」
リーシャの提案にバルムは意気揚々と乗ると、拳に力を込めて目の前の石柱を殴りつける。
すると石柱は上半分ほどが吹っ飛び、その先に隣の石柱が姿を現した。
「なにこれ。ものすごく硬いわ」
普通の石ではないとカインも察していた。しかし、三人の中で一番腕力のある兄が渋い顔をするほど、頑強な硬度を誇る石柱と水責めに、【観測者】の悪意を肌で感じた。
「こうなったら
「やめろ。お前が本気で殴ったら、この空間そのものが崩れて生き埋めになっちまう」
拳を淡く光らせるバルムを、カインが慌てて止める。
さきほどは単純な筋力で石柱を殴ったが、
「私の身を案じてくれるなんて。カインはやっぱりいい男だわぁ」
「んなこと言ってねーだろ! 抱きついてるんじゃねぇよ、状況考えろ!」
何を勘違いしたのか、嬉しそうに抱きついてくるバルムをカインは振り解く。
水は太腿まで達しようとしているが、それでも石柱は押せば動くのが不幸中の幸いだ。
「チッ、どんどん流れちまう」
必死になって出口を目指し進むが、水も一緒に流れ、先にある石柱まで動いてしまう。そのせいで、通ろうと頭で描いていた道筋がどんどん辿れなくなっていく。
「そろそろマズいわよ」
「あと少し、もう少しなんだ!」
リーシャの胸の高さまで増した水にバルムが眉をしかめ、カインが唇を噛み締める。
次々と行き止まりが増える中でも、即座にルートを割り出し進んだお陰で、頭上の鏡にはすぐそこまで近づいた出口が見えていた。
ここで焦って間違った石柱を押せば、そのせいで完全に詰むこともあり得る。心臓は早鐘を打ちつつも、カインは慎重にルートを見極めながら目の前の石を押し──
「アハン」
──流れる水の勢いにリーシャが足を取られ、変な声を上げながら水中に沈んだ。
「リーシャ!」
突発的な事態にカインが慌てて水中に潜り、流されそうになっていたリーシャの手を掴み。
「ごほっごほっ」
抱き上げるように引き揚げると、水を飲んだのかリーシャは俯きながら咳き込んだ。
「おい、大丈夫かよ!?」
髪から滴る大量の水を気にもせず、カインは心配そうに姉を支える。
「水風呂にしては風情がありませんわね──いたっ」
「大丈夫そうだな……」
溺れかけたくせに余裕を気取るリーシャに、カインはデコピンをして黙らせた。
水はすでにカインの胸まで達しようとしている。しかも天井を見上げると、水に流れなくなった石柱が四方で詰まっており、これ以上動かせない様子が鏡に映っていた。
「バルムわりぃ、
「わかったわ。流されて溺れないように注意して」
このまま立ち往生していれば、すぐに全員の頭まで水没してしまう。出口まで繋がっている残りの石柱を破壊して進むほかない。
バルムの警告にカインはリーシャを抱えた状態で足を踏ん張ると、水流に耐えられるよう備えた。
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