第24話 水責め(2)
「ふんっ!」
バルムが気合いを入れて目の前の石柱に拳を叩きつける。
水しぶきと共に石柱にヒビが入り、二撃三撃と加えると、大小さまざまな石片となって砕け散った。
「次、つぎぃ!」
水が大きく流れ、体を引っ張る勢いをものともせず、バルムはザブザブと水をかき分けながら、さらに先にある石柱へと迫り拳を振り上げる。そして一個、二個と石柱を破壊し、三個目に拳を突き立てるとその動きが止まった。
「想像以上に硬いし、水で勢いが殺されて間に合いそうにないわ」
とうとうカインの首まで達した水に、バルムは口惜しそうに唇を噛む。
水は人間が思う以上に衝撃を吸収する力を持っている。水中で拳を振るっているせいで、思ったような威力が出ないようだ。
「俺もやる」
カインはリーシャを抱きかかえながら、移動できなくなった石柱に意識を向ける。
水に威力を減衰させられるなら、水の影響を受けにくい攻撃をすればいい。
天井の鏡には、三つ石柱を挟んだ先に出口となる扉が見えていた。そこまで道を開ければ、この状況から脱出できる。
「影よ」
カインが
バルムの言っていた通り、見た目以上に石柱は硬い。しかしどんな物体でも、わずかな綻びから決壊するもの。
カインはイメージを現実に転写し、猛獣が牙を突き立てるように、影を石柱の真ん中に深く食い込ませていき。
一つ目が貫通すると、目視はできないがそのまま二つ目の石柱に穴を穿っていく。
本当なら一つずつ確実に破壊していきたいが、時間に猶予はない。
自身の顎まで達した水かさに、溺れる恐怖を噛み殺し、カインは影を二つ目の石柱に貫通させ。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」
渾身の力を込めて三つ目の石柱を削っていき、影の先端の手応えがフッと抜けた感覚を感じると、操っていた影を消した。
「バルム!」
「どっせええええええい!!」
カインの呼びかけ応え、バルムは水を豪快に引き連れ、穴の開いた石柱を思いっきり蹴る。
すると蟻の一穴を体現するように、ダメージを刻まれた三つの石柱は中央から一気にヒビを広げ砕けると、水を巻き込みながら出口の扉まで吹っ飛び。
道が開通すると一気に水が溢れ出し、三人は吸い出されるように飲み込まれると、水流で開いた扉から空間の外へと押し流された。
「…………うっ……ゴホッゴホッ……きっつ……」
水流に抗うこともできず出口から離れた所まで流され、カインは盛大に咳き込む。
溺れて人生終了することだけはなんとか回避できた。
カインたちにとって試験場は未知の領域。とはいえ、まさかパズルだけでなく、命のタイムリミット付きの罠まで仕掛けられているとは想像していなかった。
生きていたことに安堵しつつ兄姉の様子をうかがうと、バルムが濡れた服から水を零しながら立ち上がるのが見えた。
「ふっ……熱くなった筋肉を冷ますのにちょうど良かったわ」
本当に熱を帯びていたのか、バルムは体から蒸気を昇らせながらポーズを取る。
「水も滴るイイ女、罪な言葉ですわね」
「リーシャは自分の罪を悔い改めてくれねーかな」
何もせず、むしろ状況を悪化させた張本人のくせに、濡れた髪をかき上げ調子に乗る姉を、カインは恨めしそうに見つめる。
下手すれば死んでいたかもしれない。それにもかかわらず、生命の無事を確信した途端、余裕の笑みを浮かべる兄姉。メンタルがタフなのか無神経なのかわからない態度に、カインは溜め息を吐きつつ立ち上がった。
「こんだけ服が濡れてると、激しい動きが必要になったらマズいな」
カインは服の裾を絞って滴る水を止めようとするが、全身くまなく濡れているせいで、後からあとから垂れてくる。
まとわりつく服は体の動きを妨げる。ただ歩くだけならまだしも、戦闘や激しい動きが必要な事態が起きれば不利は避けられない。
「とにかく、警戒レベルを上げて前進していくしかねーな」
「いざとなったら、リーシャを犠牲にして逃げればいいわ」
「私の命、軽すぎませんのっ!?」
「ハハッ。何があってもへこたれないリーシャの強い精神があれば、大丈夫ダイジョウブ」
「なんで最後カタコトですのよ!?」
「肉壁にするならバルムだろうけど、囮として犠牲にするならリーシャのほうが適任だろ?」
「確かにそれは言えますわね──って、納得するわけないですわッ!」
リーシャは家族を使い捨てにするかのごときバルムの発言に声を上擦らせ、乾いた笑いと死んだような目を向けるカインに、足をダンッと踏み鳴らす。
本当に犠牲にすることはないが、リーシャならなんか大丈夫な気がする。そんな予感に、カインはフッと笑みをこぼした。
「もう! 先へ進みますわよ!」
「冗談だよ。そんなに怒るなってー」
頭から湯気を出しているかのように、リーシャはプンプンと怒りながら先行する。その背中を見てカインとバルムは顔を見合わせると、そんな事態にしないよう〝頑張ろうぜ〟と互いに拳をぶつけ、リーシャの後に続いた。
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