第15話 おかえり

「なっ……」


 あまりに衝撃的な光景に、カインは言葉を失う。

 人間なら戦闘中に傷ついた仲間が出たら、互いに助け合って乗り越えようとするのが普通だ。

 カインは魔霊種レイスの精神構造を理解しているわけではないが、予想外すぎる非道な行いに、バルムとは別の意味で恐怖に震えた。


 姉も不快感を示しているだろうと、カインがチラリと視線を送ると。


「あら。倒すべき邪魔者を排除してくれて助かりますわ」


 リーシャは手間が省けてラッキーとでも言うように、腰に手を当ててゴーストたちの行動を歓迎の笑みで眺めていた。


 魔霊種レイスの精神構造もわからんが、姉の精神構造も未だにわからん……


 カインは苦い物を食べたような表情を浮かべつつ、狐面がなぜこんな異常行動に出たのかを注意深く観察する。


 仲間に頭を砕かれ致命傷を負い、存在を維持できなくなった鬼面が霧状になっていく。

 魔霊種レイスが消滅するときに起きる、覚星者かくせいしゃなら日常的に見る現象。放っておけば、自然に還るように消えゆくだけの霧。


 それをあろうことか、狐面は深呼吸するように面の口部分から吸い込んだ。


「仲間を食った……だと……」


 魔霊種レイス魔霊種レイスを捕食するという残酷かつ初めて見る光景に、カインは思わず身震いする。

 まるで死神が命を奪うように、自身と同等の質量があった霧を狐面はすべて喰らい尽くした。


 直後、狐の面が向かって左側に移動すると、右側がボコボコと盛り上がり鬼の面が現れ。

 物をひっくり返すように両手を上げたかと思うと、動きに合わせてすべての長椅子が宙に浮かんだ。


「仲間を喰らい念動力を得てパワーアップ、というところか……」


 顔の左右に無理矢理お面をくっ付けた風貌のゴーストと、フワフワと漂う長椅子を交互に見て、カインは警戒の色を濃くする。

 瞬間移動だけでなく念動力も使う敵となると、二体に分かれていたときとは違い、意思疎通の必要がないので、戦うにはより慎重な対応が肝心となる。


「下手に踏み込みすぎんなよ? いつ動きを止められて、背後から襲ってくるかわかんねーからな」

「おほほっ。私たちも肩車で合体して戦えばいいですわ。私が上、カインが下で」

「戦闘力落としてどうすんだよ。二手に分かれて攻めるぞ」


 リーシャに警告をし、カインは周囲に浮いている長椅子に意識を向ける。

 長椅子が飛んでくるのも面倒だ。避けるだけなら問題なくできるが、足を止められたり意識が逸れたところに飛来してきたら避けようがない。さらに瞬間移動で死角から襲われたら、冗談抜きで命も危うい。


 カインは相手の意識を分散させて隙を作ろうと、先手をとる形で魔霊種レイスへと突っ込む。

 合体して一体になったということは、裏を返せばもう連携してこないということだ。二手に分かれ時間差で別方向から攻めれば、念動力を使われても威力を削げる可能性が高い。


 しかしその意図を感じとったのか、ゴーストは甘く見るなと言うように、瞬間移動で教会の扉があった場所に姿を移し。


「いやああああああぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げながら走り込んできたバルムに轢かれて、目にも止まらぬ速さで盛大に吹っ飛んだ。


「……………………え?」


 体当たりを受け祭壇に激突し、フラフラと覚束ない体勢で起き上がるゴースト。


 そこに追撃をかけるようにバルムが突っ込み、相手の頭にぶっとい腕をめり込ませると、祭壇と後方の壁をぶち抜いて走り去っていった。


「……ゔぅ……ぅ」


 暴走する人外マッチョの心力マナを纏った手加減なしの二撃。


 不意打ちだったせいでゴーストは受け身もとれず、面のほとんどを破損し、怨嗟のような低い声を漏らし。念動力で浮いていた長椅子が、ガゴガゴンッとけたたましい音を立ててすべて落ち。


 助けを求めるように天に手を伸ばしながら、ゴーストは空気に吸い込まれるように霧となって消えた。


「………………えっと……これは…………」


 あまりにも滑稽な光景を見て、カインは状況を理解するまでに長い間を要する。

 これから互いに熱い死闘を繰り広げると思っていたのに、外部から唐突に強制終了させられた。

 カインは目の前で起きたことが信じられず、リーシャに視線で説明を求めるが。


「バルムがゴーストに体当たりして、見事に倒しましたわ」

「やっぱそうだよなぁ……」


 見たままの展開を述べる姉にカインは引きつった笑みを浮かべ、再び教会内に戻ってきた功労者に声をかけた。


「おーいバルム。もうゴーストはいねーぞ」

魔霊種レイスは倒しましたわよ」

「いやぁぁああぁぁぁ!!」


 未だ走り続けるバルムに、リーシャと二人で呼びかけるが、自身の悲鳴にかき消されて聞こえないのか、まったく止まる気配がない。


「いい加減落ち着きなさい」

「へぶぅ!」


 不甲斐ない姿に呆れたのか、リーシャは鞭で走る兄の足を掴んで引きずり倒す。

 するとバルムは盛大に床にヒビを入れながら、うつ伏せになってようやく止まった。


「もうゴーストはいねーっての」


 カインが近づいて兄の背中を見下ろしながら溜め息をつくと、バルムはピョコっと起き上がり周囲をキョロキョロと見回した。


「ふっ、ゴーストも大したことなかったわねっ」

「めっちゃビビッてた奴がなに言ってんだよ……」


 ゴーストがいなくなったことを確認し、バルムは超強気に戻る。

 自分に都合のいいことだが、あれだけの醜態を晒した後では、弟としては呆れてジト目を向けるしかなかった。


「おほほっ。どんな強敵だろうと、私たち姉弟にかかればこんなもんですわ」

「最後、俺たちなんもしてねーだろ。ってか、墓も教会もこんなに荒らされたんじゃ、もしゴーストが残ってても怖くて出てこれねーよ……」


 リーシャの言葉にカインは周囲を見渡す。

 教会の入り口や壁、祭壇には大きな穴が開いており、広い墓標群だった場所は、バラバラに破壊された石片が敷き詰められた更地になっていた。


「ちゃんと腕輪は手に入れたから何も問題ないわっ」

「問題しかねーだろ。どうすんだよこれ」

「おほほっ。細かいことをいちいち気にしてるようでは、立派な淑女にはなれませんわ」

「俺は男だっつーの……はぁ……すべて魔霊種レイスのせいにできるかなぁ……」

「とにかく、美味しいディナーとイケメンが待ってる宿ヘ向かうわよっ」


 カインは大きく溜め息をつくと、誰もバルムの破壊行動を見ていないことを祈りつつ、意気揚々と教会を出ていく兄に続いた。

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