第16話 言い訳

 翌朝。


「……これはどういうことですか?」


 ジニアたちが惨状に気づいていなかったのをいいことに、腕輪を見つけたお礼として、美味しいディナーを振る舞われ、なおかつ無料で宿に泊めてもらい。

 宿泊部屋の扉をトントンと叩く音で目が覚め、扉を開けた先にいたジニアにニコニコ笑顔で連れ出され。


 たどり着いた〝元〟墓地の前で、一言目に問われたのがそれだった。


「いやその……教会にゴーストが出たから退治して……」


 表情は笑みを保っているものの、明らかに冷たいオーラを放っているジニアに、カインは背中に冷や汗をかきながら言葉少なに答えた。


「教会を壊して欲しいとは言っていないはずですが?」

「いやほらでも、ゴーストが出ないって言ってたのに出たし、あんなに暴れられたらこんな状態になるのも仕方ないって言うか……それにほらっ、退治したからゴーストも出なくなったしっ」


 暴れたのがバルムだということは伏せつつ、不可抗力だと主張するカインをよそに、ジニアはバルムとリーシャの顔色をうかがう。

 しかし二人はまったく悪気がない様子で、むしろ感謝しなさいと告げるように、腰に手を当てて口角を上げていた。


「確かにゴーストはもう出ないでしょうね。出る場所自体が無くなってしまいましたから」


 教会の壁に開いている〝まるでマッチョな人間が通り抜けたような人型の穴〟に、ジニアはすべてを見透かす瞳でバルムを見つめた。


 これ、何があったか絶対バレてるよなぁ……


「教会や墓地が壊れた程度で文句をつけるなんて、村長なのに器が小さいですわね」

「大切な教会が破壊されても激怒しない点に、器の大きさを感じていただきたいですね」


 まるで煽るようなリーシャの言葉に、ジニアは笑顔を崩さずに対応する。


「男がいちいち細かいことを気にしたらダ・メ・よっ」

「村人の為に細かいことまで気配りするのが、村長の役目ですので」


 顔を近づけつつ人差し指を振るバルムの指を優しく、だが決して曲げない意思を伝えるように掴んで下げさせた。


「それで、一番まともな話ができそうなカインさんは、どう思われますか?」


 バルムやリーシャでは話にならないと、常識人と目されるカインにわざとらしく話を振るジニア。

 彼の笑っているようで笑っていない、カエルを丸飲みしようと凄むヘビのごとき瞳の圧力に。


「……べ……弁償します……」


 どう足掻いても耐え切れず、カインは根負けして涙を飲みながら肩を落としたのだった。



「まったく、見た目は良いのに性格はケチ臭かったわね」

「原因を作ったお前が言うんじゃねーよ!」


 憤慨するバルムの尻に、カインが思いっきり蹴りを入れる。

 宿に置いておいた荷物を回収し、朝食を携帯食料で済ませ、やっぱり止めなかったバルムの朝トレーニングを眺めた後。

 太陽も高く上り始めた頃に、三人は散歩するように村の中を歩いていた。


「あれくらいの破壊、壊れた内に入りませんわ」

「じゃああの状態の教会が自宅なら、リーシャは住めるんだな?」

「おほほっ。私の住む家としては小さ過ぎますわ」

「実家は教会より小さかったくせに何言ってんだか」


 カインは姉の妄言には付き合ってられないと、今後の星託せいたくの進行に思いを馳せる。


「せっかく手に入れた腕輪も含め、持ち金は全部没収されちまったな」


 腕輪は見つけたら渡す約束をしていたからまだしも、修繕費として手持ちの金や金目の物をすべて取られたのは痛すぎる。なんとしてでも星託せいたくを達成し、価値の高い輝石を手に入れ売り捌かないと宿にすら泊まれない。


「仕方ない。腕輪にあった数字について調べてみるか」


 昨日は腕輪を渡すついでに、宿でジニアたちに数字について聞いてみたが、なんの数字か判然としなかった。地図もなかったので数字と場所を照らし合わせることもできずじまい。


「腕輪も渡しちゃって数字もわからないのに、どうやって調べるのよ?」


 唇を尖らせるバルムに、カインは自身のこめかみをトントンと人差し指でつついた。


「数字は頭の中にちゃんと入ってるよ」

「さすが私の弟! 顔だけじゃなく頭もいいわっ!」

「いや、覚星者かくせいしゃなら必須スキル……ってか、あの程度誰でも覚えておけるだろ」


 数字はたった四桁だけ。にもかかわらず、脳まで筋肉で占められているバルムには、記憶が入る余地がなかったようだ。


「村で聞き込みするのがいいですわね」

「教会と墓地をぶっ壊した話はもう広がってるだろうからなぁ……口利いてくれるかなぁ……」


 人口の少ない村の中は、噂が広まるのも早い。村の財産を破壊した者に、快く協力したいと思う人物がいるかどうか。


「まっ、ダメ元でやるだけやってみるか」


 数字のヒントでも掴めれば御の字だ。村人から情報が集められなければ、近くの街まで移動してそこで聞き込みをすればいい。

 カインはそう思い村を三人で回るが、教会を壊したことがすでに村中に伝わっているのか、村人からの視線が鋭く痛い。

 バルムとリーシャは何一つ気にする様子もなく、カインだけが居たたまれない気持ちになりながら村の入り口付近まで来る。と、村に荷物を運んできたのか、外から荷馬車がゴロゴロと車輪を鳴らしながら入ってきた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」


 積んでいる物は生活必需品ばかり。おそらく村に品卸をしている業者だろう。

 数字はどこかの座標を示している可能性が高く、商人なら地図を持っていることも多い。

 もしかしたらという思いでカインが声をかけると、ラフな布地の服を着た中年の商人の男は、荷馬車を停めて御者台から不思議そうな顔を向けた。


「この数字に聞き覚えってあるか?」


 腕輪に掘られていた数字をカインが告げる。

 すると、商人の男はアゴに手を当て、うーんと短く唸ってから口を開いた。


「どっかの座標かい?」

「やっぱそう思うよな。どこの座標かわかるか?」


 予想どおり、カインと同じことを思った商人は、持っていた地図をバッと広げ膝の上に置き、言われた数字を両手の人差し指でなぞる。


「その数字の位置だと、この村から南に行った谷の入り口だね」

「谷って言うと〝無謀の谷〟のことか?」

「そうだね。あの谷は資源もないし、魔霊種レイスがうろついてるから誰も近づかないけどね」


 生活に役立つような資源もなく、魔霊種レイスによって命を失う可能性が高いことから、谷へ入るのは無謀という意味で〝無謀の谷〟と呼ばれていた。


「ありがとな。悪いな、仕事中に声かけちまって」

「気になさんな。ただ何するつもりか知らないが、行くつもりなら気を付けて行きなよ」


 手綱を握り村の中へ入っていく商人に、カインは手を向け礼を述べた。


「これで次の目的地が決まったな」

「おほほっ。鬼が出るか蛇が出るか。私はドMな殿方を希望しますわ」

「どうせならイケメンがわんさか出てきて欲しいわね」

「そんな場所には、リーシャとバルムだけで行ってくれ」


 カインは趣味と願望まっしぐらな兄姉に半目を向け、昼飯すら食べさせてくれなさそうな村を背に、無謀に挑戦するため歩き出した。

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