第14話 仲間割れ

「不意打ちを避けるなんて、割とやるな」


 ダメージを受けたにもかかわらず、ヒラヒラと布のように宙を舞い続ける魔霊種レイス。そんな姿を視界に捉えつつ、カインは影から生えた刃を手に掴むと。


 刃は細長く収束していき、さながら影で編んだ剣のような形になった。


覚星者かくせいしゃ心力マナを使いこなせないわけないだろ」


 ライトに照らされた影から生み出した長剣を構え、カインは得意げに口端を上げる。


 影に心力マナを込めて自在に操る。それがカインの能力だ。


 幼い頃から人間離れしていた兄姉についていくことができず、カインは一人で遊ぶことも多かった。

 そんな彼にとって、影はいつでも側にいて自分に寄り添ってくれる存在。まるで家族や親友のようにも感じていた。

 だからこそ影に強い愛着を抱き、いつしか影に心力マナを込めて操ることができるようになった。


「何かしようとしてますわよ」


 鞭を振るう手を止め、離れた位置から様子を見ていたリーシャが、ゆらゆらと揺れるゴーストの残っている右手を指差す。


「鬼の面?」


 見た目は魔霊種レイスとしても実在する鬼の形相をかたどった赤い面。それをゴーストがマントの隙間から取り出し、顔に装着する姿がカインの目に映った。


「鬼面ゴーストか。何かの変化をしたのかもな」


 目も鼻も口もないゴーストだが、戦闘中にもかかわらず面を着ける必要性はどこにもない。つまり何かしらのパワーアップを図った可能性を考慮したほうが賢明だ。


「リーシャ、注意しつつ攻撃してみてくれ。俺が相手の変化を見極める」

「おほほっ。何がどう変わろうと、倒してしまえばいいのでしょう?」


 カインの言葉にリーシャは高笑いを響かせると、鞭を大きくしならせ鬼面ゴーストへと向かわせる。

 逃げる素振りすら見せない鬼面ゴースト。その体に鞭が当たる寸前。


「なっ……う、動かないですわ」


 まるで空中に固定されたかのように、鞭の動きがピタリと止まった。

 いくら引いても動かせない鞭を取り戻そうと、リーシャは足を思いきり踏ん張る。


「――リーシャ、離れろ!」


 そんな姉の真後ろに〝狐面〟を被ったゴーストが突如現れ、長い腕を振り上げ襲いかかってきた。


「甘いですわっ」


 リーシャは相手を視認しつつ鞭から手を放し、ステップを踏むように身を捻りギリギリのところで攻撃を躱すと、大きく跳んでカインのもとへ。

 直後、宙に浮いていた鞭は力を失ったようにドサッと床に落ちた。


「新手まで出てくるなんて、どうなってるんだよっ!?」


 鬼面だけでなく狐面のゴーストまで出現するという事態に、カインは話が違うと頭の中でジニアに中指を立てる。

 ゴーストは出たことがないと断言していたのに、墓地が間近にあるとはいえ二体も襲ってきた。ただの腕輪捜しが魔霊種レイス退治に発展し、カインはイラ立ちを隠せなかった。


「あの鬼面ゴースト、時間停止能力とかふざけた力を持ってるんですの?」


 鞭に起きた現象を見て、リーシャは驚きを吐露する。もしそんなことが可能ならば、自分たちの勝てる見込みは極端に薄くなるが。


「いや、あの感じは念動力だろうな」


 カインは相手の能力の正体をそう推測した。

 実体と霧の中間のような存在のゴーストは、変則的な動きをする個体は多いが、特殊な能力を駆使する個体は珍しい。

 かくいうカインたちも、ゴーストを前にすると逃げてしまうバルムを除き、リーシャと二人で何度か退治したことはあるが、至って普通のゴーストとしか戦ったことはない。


 しかし時間を止めるほどの能力。神にも等しい御業を一介の魔霊種レイスが行えるとは到底考えられない。ゆえに、カインは物体を意のままに操れる念動力だと考えた。


「なるほど。どちらにせよ、なかなかに厄介な能力ですわね」

「狐面のほうは瞬間移動だな。鬼面は使わないのに、あいつは急にリーシャの後ろに現れたからな」


 おそらく面を着けることが能力発動のキッカケなのだろう。かつて二人が対峙したゴーストたちは、能力の行使だけでなく面も着けてはいなかった。


「こちらの動きを封じられている間に、あらぬ方向から攻撃されたら面倒ですわね」

「それなら、二人でどっちか一方を集中攻撃するしかないな」

「どちらを先にやりますの?」

「鬼面を先に倒そう。どちらも手強い能力だが、致命的になり得るのは念動力のほうだ」

「わかりましたわ。この私に挑んだこと、後悔させてやりますわっ」


 リーシャの同意を得ると、離れてフワフワと漂い様子を窺っていた二体も、こちらに動きが出たのを察してか、ゆっくりと近づいてきた。


「リトライだ」


 カインは静かに告げると、影剣を片手に駆け〝狐面〟に向かっていく。

 鬼面を先に倒すと打ち合わせしておきながら狐面を攻める。

 ゴーストたちがこちらの会話を聞いている前提での不意打ちにも見えるが、瞬間移動されてしまえば簡単に避けられてしまうだけだ。しかし、


「やっぱりそう来るよなぁ」


 〝思いどおり〟とほくそ笑むカインの目の前に、鬼面が立ち塞がるように飛び寄り、今度はカインの足の動きを念動力を使って封じた。

 あと一歩で狐面に剣が届くという所で、一切移動が出来なくなるカイン。その背後に狐面が瞬間移動し、さきほどの状況をトレースするように大きく振り被った腕をカインに──

 ──叩きつけようとして、床から伸びた黒い影壁に弾かれた。


「リーシャ、やれ!」


 攻撃を防がれ怯んだ狐面の隙を縫い、鞭を拾ったリーシャがすかさず鬼面の背を貫く。


「……ッ……ゥ……」


 念動力の使用でカインに集中していた鬼面は、苦しそうに胸に刺さる鞭を引き抜こうとする。と、集中が途切れたのかカインの足に自由が戻り。

 予定調和だったかのように、カインはタタッと軽快に足を運ぶと、鬼面に影剣を一閃した。


 作戦を立てなくても互いがしたいことを察し、最善の動きをとれる三兄弟……現在は姉弟の二人ではあるが、息の合った連携は経歴の短い覚星者かくせいしゃを熟練のパーティーへと昇華させていた。


「チッ、両断できなかったか」


 相手のフイを突いたつもりだったが、不規則な動きをするゴーストの特性か、芯を捉えきれず、残っていた腕を大きく切り飛ばすに留まった。

 しかし鬼面は体のど真ん中を貫かれ、両腕も失っている。機動力は落ち、念動力の強度も落ちているはずだ。

 カインが勝気の視線を送ると、満身創痍な鬼面が恐怖で震えているような気さえした。


「よし。ここから一気に畳みかけて……」


 相手に逃げられたり不測の事態になったりする前に、次でトドメを刺そうとカインは影剣を目元で構え。

 鬼面の真後ろに瞬間移動した狐面の姿を見て、訝しげに眉をひそめた。


 行動意図を鬼面も汲めないのか、急に現れた仲間に驚いたようにバッと振り返り、面と面を互いに向き合わせ。


 狐面が鬼面の頭を仮面ごと細長い指で鷲掴みにし、なんの躊躇もなく粉々に砕いた。

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