第13話 どこへ行く……

「すっかり暗くなっちまったな」


 階段を上りきったカインが、腰に手を当てながら周囲を見回す。

 わずかに届いていた夕陽は消え失せ、代わりにステンドグラスからは月明かりが差し込んでいた。

 地下祭壇にいたお陰で暗さに目は慣れていたが、それでも月明かりとライトが無ければ、光源のない教会内は歩き回るのに不便なほど暗くなっていただろう。


「ゴーストが出そうな雰囲気ですわねぇ」


 リーシャが意味ありげに、ニヤリと口を笑みの形に変えながら、兄の顔を見つめる。


「さ、さっさと帰って宿で美味しく腕輪をいただくわよっ!」

「腕輪を食おうとするんじゃねーよ」


 宿で待っているディナーと腕輪がごっちゃになるバルムの脊中を、カインがバシッと叩く。

 人は恐怖に陥ると混乱するというが、ここまで言動がおかしくなると、わざとなのではないかとすら思えてくる。


「あら? なんだか女神像の瞳が動いたような」

「ちょ、ちょ、ちょ、やめてよ!」


 女神像を指差しながらリーシャが楽しそうにからかうと、バルムはズザザァッと教会の扉まで床を削る勢いで遠ざかる。

 普段は何も恐れない、むしろ魔霊種レイスからも恐れられる存在の兄。そんな最強のオネエがビビり倒している姿がよほど面白いのか、リーシャは両手を上げて人型ゴーストの真似をしながらバルムに近づいていく。


「おほほっ。今夜、あなたの枕元に立ちますわよー」

「リーシャやめて! 私が黄色い声援送るわよ!」


 〝それは応援しちゃってるだろ〟と、カインは内心ツッコミつつ、二人のじゃれ合いを眺めているより、早く宿に行きたいという気持ちで助け船を出した。


「墓からゾンビが出てくるかもな」


 姉の背中に小悪魔的な笑みを浮かべボソッと呟くと、リーシャはピタッと動きを止め、ズザザッと祭壇の前まで後ずさった。


「おっほっほおおほっ。き、今日は教会に泊まりますわよ! 女神像の子守りをしなければいけませんし!」


 兄を脅かしていた最中に不意打ちをされ、兄姉揃って意味不明な理由で、宿に帰る派と教会に泊まる派に分かれる。

 カインとしてはディナーとベッドが待っている宿に行かず、ここに泊まるという選択肢は皆無。リーシャをビビらせて楽しんだものの、教会の出口は一つだけなので墓地を通るしかない。


 反応は楽しんだものの、余計に事態が面倒なことになってしまった。どうやって外に姉を連れ出そうかと、カインが顎に手を当て思案していると。


「ふあっ!?」


 祭壇の上にある女神像の頭が下を向いて、リーシャの首筋を見つめたことに、カインは素っ頓狂な声を上げた。


「リーシャ、そこから離れろ!」

「な、なんですの!? ゾンビですの!?」


 すぐに我に返ったカインが警告を発した瞬間、文字通り目にも止まらぬ速さで弟の横まで移動したリーシャに、空気が遅れて流れ長椅子が引きずる音を立てて動く。

 その風圧を受けカインの髪がブワッと逆立つが、そんなことを気にする余裕もなく、警戒色を濃くして女神像を睨む。

 すると女神像は血の涙を流しポタポタと床に赤いシミを生み出すと、バッと顔を上げて不気味に微笑んだ。


 もちろんただの石像が動くわけがない。過去に出会った覚星者かくせいしゃに聞いた話によると、ゴースト系の魔霊種レイスが物に入ると、それを動かして人間を襲うことがあるらしい。

 ゴースト系の魔霊種レイスと戦ったことはあるものの、カイン自身は初めて見る現象だ。


 まだ攻撃して来てはいないが、いつでも戦えるようカインは腰を落とし身構える。

 相手は単体なのか、それともまだ他にゴーストが潜んでいるのか。


 カインは女神像から目を離さず、周囲の気配を探るように意識の範囲を広げ──


「いやあああああああああああああああああああああああああ!!」


 ──真後ろで響いた、ステンドグラスを震わせる程の悲鳴に、ゴーストそっちのけで振り向いた。


 その視線の先ではバルムが顔を真っ青に変え、教会の扉を壁ごと大きくぶち抜いて走り出す姿が映った。


「ちょ、おい! バルム止まれ!」


 心力マナすら纏って逃げる兄を止めようとカインが叫ぶが、まったく聞こえていないのか、バルムはがむしゃらに走り回り。

 体当たりで墓標をバッコンバッコンと盛大な音を立てながら次々に破壊していく。

 罰当たりどころの話ではないが、理性が残っているなら、そもそも暴走なんかしない。


「くっそ、魔霊種レイスをどうにかしないと落ち着かねーか」


 結果を変えるには原因を断つ。その気概でカインは女神像を見据える。

 すると像から立ち昇るように大量の白いモヤが溢れ出て。

 ボロい黒マントを羽織った、顔と足のない人型の姿になり、床近くまで下りてきた。


「ゴーストいるじゃないですの。ジニアたち、嘘つきましたわね。後でおしおきですわ」


 腰に手を当てフンと鼻を鳴らし、リーシャは姿を現した魔霊種レイスを睨む。

 女神像から出てきたゴーストは一体。

 誰もがイメージするゴーストの見かけそのままだが、ゴースト系の魔霊種レイスは変わった動きをしてくることが多い。注意しながら臨むことが肝要だ。


「確実に撃破するぞ。油断だけはするなよ」

「おほほっ。まっかせなさいですわ」


 敵を見定め指示する弟に、ゾンビへの恐怖を忘れ去ったリーシャがいつもの調子で応える。

 ゴーストは目の前の人間から闘意を感じたのか、右腕を巨大化させて歪な形態をとる。

 敵意剥き出しの姿に臆することなく、カインは姉と視線を交わし。

 リーシャが鞭を操り左側から攻める姿勢を見せると、カインも追随するように剣を手に走り、挟む込む形で敵へと迫る。


 この状況に対し、ゴーストは迫ってくる人間を襲うべきと判断したのか、鞭の軌道をギリギリの所で躱すと、カインに向かって長細い指をした巨大な右腕を振り下ろした。


「んな大振りな攻撃、当たるかよっ」


 カインは余裕の笑みを湛えながら横に跳ね、空振りに終わったゴーストの横顔に闘気を吐く。

 しかし心力マナの籠ったリーシャの鞭ならまだしも、魔霊種レイス相手に素手や手持ちの剣ではダメージが見込めない。

 それを承知しているのかゴーストも鞭だけを避けつつ、カインを仕留めようと肉薄し追撃をかけてきた。


 目の前に迫る白いゴーストに成す術もない──と思いきや。


「見込みどおり動いてくれて感謝するぜ」


 カインは不敵な笑みを浮かべて剣を鞘にしまう。

 その奇妙な行動にゴーストはわずかにスピードを緩めるが、ハッタリと断じたのか構わず飛び込み。


 カインの真下から伸び出た黒い刃に、左腕を斬り飛ばされた。

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