第12話 調査(2)
「──ちょっと! なんなのよ!」
ゴチンッとかなり痛烈な音がしたが、バルムは痛そうにする素振りもなく、ガバッと起き上がって文句を垂れる。
「これは……隠し階段?」
祭壇のあった位置の床。そこに姿を現した暗闇へ続く木の階段に、カインは訝しげに眉をひそめた。
「教会にこんなものがあるなんて、怪しすぎるな」
隠し階段や扉などは、要人がいるような建物にしか存在しない。それが農村の教会にあること自体、異例中の異例だ。
「波乱の予感ですわね。ワクワクしますわ」
階段の先で待つ暗闇が、先の見えない未来のようにたたずむ。
祭壇は大人が数人がかりで動かせるかどうかというほど重厚な造りだ。隠し階段の特異性も鑑みると、誰も祭壇を動かして調べようとはしなかったので、今まで誰にも発見されなかったのだろう。
桁違いのマッチョであるバルムが追い詰められ祭壇を押したからこそ開けた光明。その奇妙な巡り合わせに、三人は顔を見合わせ楽しそうに口角を上げた。
「うふふっ。ゴーストのいない、人間くさい場所へならどこまでも行くわよっ」
「さっきまでの弱気はどこ行ったんだよ……」
扉の外にある墓場のそばから離れられるならと、一気にテンションを高めたバルムに、カインはジト目を送る。
思わず〝地下墓地の可能性もある〟と口にしそうになったが、そのせいで兄が再びごねるのが嫌で、カインは何も言わずに目の前の階段に意識を向けた。
「先がどうなってるかわからないから、慎重に進むぞ」
カインはそう言いながら、腰に着けていた輝石を基幹にしたライトを点灯する。
バルムとリーシャも同様にライトで自身の周囲を照らすと、三人揃って階段を下りていき。
建物の一階分ほど潜った先、大人二人が並んで通れるぐらいの幅がある石の通路に足が着いた。
「ちょっとカビ臭いですし、服も汚れそうで嫌ですわ」
しばらく空気が通っていなかったのだろう。湿った空気と、光の届く範囲をキラキラと舞う埃に、リーシャが不機嫌に顔を歪める。
掃除が行き届いていないのは、誰もこの場所を知らず、人の行き来がなかったからだろう。
「神父のエロ部屋にでも繋がってるのかしら♪」
「神のお膝元で淫らな行いって、やんちゃすぎる神父だな。ってか、そもそもここに神父いないらしいけどな」
妙な期待に胸を膨らませるバルムに、カインは先頭を進みながら通路に声を響かせる。
そもそもマイン村の教会は豊穣を祈る場所として利用されているので、布教のための神父は存在しないとジニアから聞いている。ゆえに、神父のエロ部屋なぞ存在し得ないのだが、妄想膨らむバルムからは興奮の熱がヒシヒシと伝わってきた。
「扉がありますわね」
明かりが無ければ何も見えない、暗い通路を歩くこと一分。
カインのライトに照らし出された前方。待ち構えていた暗殺者のように、古びた木の扉が暗闇の中からヌッと姿を現した。
「この先に何があるか……気を抜くんじゃねーぞ」
「エロ本が山積みになってたら何冊か貰っていくわよ」
緊張感を伝える弟の気を削ぐバルムの言葉を無視し、カインが扉に手をかけ奥側へと押す。
建て付けが悪くなっているかとも思われたが、扉は軽く軋む音だけを奏でると、何かに引っかかることもなく素直に開いた。
「ここは……地下祭壇か?」
三人分のライトで隅々まで明るく照らされた、石壁に囲まれた空間。そこは正面に腰高の石の祭壇がポツンと置かれ、申し訳程度のロウソクと小さな装飾がなされているだけの、こじんまりとした祈りの間のように見えた。
「縄も三角木馬もありませんわね」
「SM部屋じゃねーよ!?」
〝お前もかリーシャよ〟と、口にしてなかっただけで妖しい部屋に期待していたらしい姉に、カインは条件反射的にツッコむ。
教会という神聖な場所を、どうあっても穢れた場所にしたい二人に頭を抱えつつ、カインは祭壇の前に歩を進めた。
「古びた木箱ね」
弟の背中越しにバルムが眺める先、貴金属を保管するのに使われるような装飾の施された箱が、祭壇の上に置いてあった。
木箱は丁寧に扱われていたのか、埃は被っているが、それ以外の汚れは付いていない。
わざわざ隠された地下にある祭壇に置かれていた箱に、否応にも期待は高まり。
「やっぱり、腕輪が入ってたな」
鍵のかかっていない箱の蓋をカインが開くと、ライトの光をキラリと反射する、磨き上げられた腕輪が入っていた。
申し訳程度の装飾は施されているものの、全体としては飾り気の少ないシンプルなシルバーの腕輪。
見た目から判断はつかないが、置いてあった場所と保存状態から、これが村に伝わる腕輪であることは容易に想像できた。
「この数字はなんだ?」
〝腕輪に連なる謎を解け〟という
「エロ本の隠し場所」
「SM道具の隠し場所」
「神聖な腕輪にンなもんの場所なんて彫らねーよ」
自分の願望を垂れ流す兄姉に、カインはシッシッと手のひらを振る。
数字の並び自体は商人や旅人が使う、場所を示す数字の並びと酷似している。だが地図を持ち歩いていない三人では、実際にある場所の数字なのかどうか調べようがなかった。
「ちょっとよくわからんが……
カインはそう言って腕輪を懐に仕舞い込むと、兄姉を連れて来た通路を戻り、下ってきた階段を上っていった。
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