第9話 ジニアとミレア
「まぁいいや……とりあえず聞き込みできそうな所に行ってみようぜ。教会がどこにあるかも、どんな状態かもわからねーからな」
入り口から見える村はレンガ造りの家と木の家が離れて混在しており、それぞれが大きな畑を持っていた。
おそらく街に卸す農作物を作って生計を立てている村なのだろう。
「どうやらあそこ、宿屋みたいね」
「え? どこにあるんだ? 全然わからねーんだが?」
すぐそこにあるかのようにバルムが指を差すが、カインがいくら目を凝らしても民家しか見えない。
「何言ってるのよ。あんなにわかりやすく〝宿〟って書いてあるじゃない」
「いや、俺にはまったく見えねーぞ?」
「宿屋なら情報が集まってるはずですわ。参りますわよ」
訝しげなカインに対し、バルムの言うことを疑いもせず、リーシャは先陣を切り進んでいく。
そこらへんにいる村人に話を聞いて回ってもいいが、宿屋なら村の内外からの情報が集まる。他にも酒場の店主や村長なら色々と知っているだろうが、昼の時間帯にいるとは限らない。それならば昼間にも客商売をしている場に行くのがベターだ。
農村に宿があるのは一般的ではないが、遠方から来た行商人や
バルムが見つけたと豪語するのもそういったものだろうと、しゃなりしゃなりと先頭を進むリーシャに続き、兄の指した方向にカインも向かうと。
「すげーな。本当に宿屋があった」
農村には似つかわしくない、二階建ての一軒家を改装したような建物が、扉の上部に〝宿〟の文字を掲げていた。
「ほら言ったとおりでしょ?」
「目の筋肉まで鍛えて、遠くまで見えるようになった化け物かよ」
村の入り口から見えなかった文字を当たり前のように読んだバルムに、カインは苦笑しつつ宿の扉をくぐった。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
室内に入った途端、カウンターから聞こえてきた女性の声に視線が向かう。
長い深紅の髪に大きな黒い瞳。ふわりと浮くように跳ねる紺色スカートのワンピース。それらにベールを被せるような柔らかい声音。
メイド人形のような整った顔の女性に、カインは吸い込まれるような錯覚を感じた。
「なに顔赤くしてんのよ」
ジト目で見つめてくるバルムに、カインはハッと息を吸う。
まさか農村の宿屋で、こんな綺麗な女性に出会うと思っていなかった。
穀物の中に密やかに咲いた一輪の花。そんな予想外のギャップに一瞬惚けてしまったことに、カインは自分自身が恥ずかしくなった。
「あっいや、ちょっと聞きたいことがあって……」
さらに顔を赤くし声を上擦らせるカインに、二十歳ほどに見える女性は首を傾げる。
このままではまた兄に何か言われると思い、緩みそうになる顔を引き締め直し、カインが用件を口にしようとする。と、カウンター奥の扉から一人の男性が出てきた。
「このような村の宿を訪ねてまで聞きたい話。大変興味深いですね」
目まで届く黒髪に赤い瞳、執事のような紺の服。スラリとした体形に整った顔。
女性と同じ年に見える容姿かつ、かなり似ている相貌から察するに、二人は双子の兄妹なのだろう。
「まぁっ、超絶美青年っ! お持ち帰りしたいわ!」
「初対面の相手に発情してんじゃねぇよッ!」
思ったことを本人の目の前で暴露する兄に、弟が反射的に背中を殴る。
しかしバルムはビクともせず、むしろカインは痛がりながら手のひらを振った。
「バルムもカインも、本能に正直で健康的。恋って素晴らしいですわ」
本音をだだ漏らし発情している兄と、色気づく弟を同列に並べ、リーシャは心からの賛美を送る。
美人に惚けていた男が人のことは言えないが、バルムの場合はちょっと目を離すと、街を歩く色男にも声を掛けだすから手に負えない。
カインはドン引きされていないだろうかと、恐る恐る目の前にいる男女の様子を窺った。
「面白い方々ですね。宿屋をやっていると、いろんな方がいらっしゃいますが、ここまで賑やかな方は初めてです」
突然訪ねてきた変な三人組に、男性は楽しそうに笑みを浮かべる。
普通だったら、自分に色目を使う初対面のオネエや、変な服の女に警戒心を抱きそうなものだが、男性はむしろ好意的に受け入れているようだった。
「申し遅れました。私が宿の店主兼村長のジニア。こちらが妹のミレアです」
ジニアは恭しく頭を下げ、礼儀正しい振る舞いを見せる。
大きな街の高級店ならまだしも、農村で丁寧な言動をする店主は珍しい。しかもこの若さで村長を務めているときた。
その対応と肩書に、カインも相手を面白い人物だなと感じた。
「それで、聞きたいこととはなんでしょうか?」
にこやかに用件を尋ねるミレアにカインが答え──ようとすると、なぜかリーシャが一歩前に出て、腰に手を当て大きく胸を反らした。
「おほほっ。この村にある教会にまつわる
「リーシャ、さすがにその聞き方は失礼だし意味不明だろ」
テンション高いリーシャの尊大な物言いに、カインが苦言を漏らす。
「お気になさらず。お客様に最高のおもてなしをさせていただくのが、私たちの務めですので」
相手がどうあろうと最大級の礼節をもって応じるだけと、ジニアは微笑みを崩さずに応えた。
なぜこんな高級宿に居そうな人間が、農村で村長だけでなく宿屋までやっているのか。マイン村の七不思議にでも数えられていそうな奇妙さであるが、何か事情があるのだろうとカインは追求しなかった。
「マイン村の教会に連なる腕輪の謎を解け、って
カインの要請にジニアは一瞬眉をピクッと上げる。
何か気に触るようなことを言っただろうか? いや、リーシャの言動すら容認した人物が不快に思うようなことは言っていないはずだ。
教会か腕輪に何か曰くでもあるのかと、カインが尋ねようとすると。
「なるほど……わかりました。説明するより実際お見せしたほうがいいでしょう。どうぞご案内しますのでこちらへ」
ジニアはすぐに表情を笑みへと戻し、宿屋の外扉を手のひらで差し示した。
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