第10話 教会
「腕輪については何か知ってるか?」
「おそらく教会に安置されていた物のことだと思います。その昔、この村を開拓した一人が身に着けていた代物で、豊穣を願うご神体として祀られていました」
カインが教会へ向かう道すがら、ジニアに腕輪のことについて聞き出すと、どうやら心当たりがあるようだ。
道の両サイドに畑があるというより、畑の中に道があると言ったほうが正しい、作物豊かなあぜ道を進む。
目的の教会は民家から離れた村の外れにあるそうで、家々のある場所を通り過ぎ、広大な畑の中を五人で歩んでいた。
「話が過去形なのはなぜだ?」
ジニアの言葉は〝かつてはそうであった〟としか聞こえない言い回しだった。何か悪い方向の事情がありそうだ。
「祀られてはいたのですが、腕輪自体が行方不明になってしまったのです」
「……なんか穏やかな話じゃないな」
ジニアの言に、カインは眉間にシワを寄せる。
祀られている物が無くなった。それだけ聞けば、普通なら盗難を疑う事案だが。
「いえ、物騒な事情ではないのです。腕輪は元々、人目につかない教会のどこかに安置されていたのですが、その場所を教えられる前に、唯一知っていた前の村長が亡くなってしまい、どこにあるか誰もわからなくなってしまったのです」
ご神体を非公開にしたまま祀るということはある。だが、その存在自体がどこにあるか不明になるのは……
「おほほっ。村長なのに随分と間抜けな話ですわね」
「うふふっ。イケメンのそんな抜けているところも、ス・テ・キ」
と、リーシャとバルムも楽しそうに村を治める二人の背中に続いた。
「ですので、むしろ見つけていただけたら、こちらとしても有り難いのです。もちろん捜し当ててくだされば、壊さない限り自由に調べて貰って構いません」
しとやかな声でミレアが話を締めくくる。
「あちらがマイン村にある教会です」
ミレアが手のひらで指す方向に、村の中で一番大きな建物が視界に入る。
村の外れにある教会は壁面が白い木で統一され、縦長の窓が陽光を反射して華やかさを添えていた。
道すがら教えて貰った情報では、教会そのものが五穀豊穣の神を祀っているらしく、作付けと収穫の時期には村人総出で祭りを行うとのこと。
しかし教会の役目はそれだけでなく、農村に生まれ育ち、同じ地で亡くなった者を弔う場としても利用されているようだった。
「こ、ここ墓地よね……ゴ、ゴースト出るんじゃないの?」
バルムが教会の前に広がる墓石群を見て、体をビクンッと跳ねさせ小刻みにフルフルと震えだす。
「明るい内からゴーストなんて出ないですし、なんの為に付けてる筋肉ですのよ」
リーシャは昨日の自分がトラウマで暴れた痴態を忘れたのかのような口振りで、情けない兄に溜め息を漏らす。
バルムも幼い頃、肝試しで夜の森に三人で入ったとき、ゴースト系の
リーシャの場合と同じく、どちらも暗すぎて離れ離れになった状況のこと。子供が一人で真っ暗な森にいれば、その恐怖心は最高潮になる。そこにゾンビやらゴーストやらが現れれば、トラウマになるのは想像に難くない。
幼心による好奇心とはいえ、あのとき夜の森に入ったのは、大きな過ちだったとカインも思っていた。
「ゴ、ゴーストに腕力は効かないわよっ!」
「ちゃんと
声を震わせるバルムに、カインは冷たく言い放つ。
バルムいわく「怖がるのは乙女として当たり前の反応」だそうだが、
いざゴースト系の
「ゴーストが出たという話は一切聞きませんから大丈夫ですよ」
「き、今日初めてゴーストが出るかもしれないじゃない」
ミレアが安心させるようにニコリと微笑むが、なおも食い下がり一歩二歩とバルムは後退りを始める。
リーシャがトラウマで暴走したときは「情けない」なんて口にしていたくせに、自分が苦手なものには怖気づく。
どうしようもない兄だが、ここで無理矢理連れて行こうとして押し問答を続け、時間を浪費してても仕方ない。そう思い、カインがリーシャと二人だけで調査に向かおうと口を開きかけ。
「調査後、宿にお泊りのご予定でしたら、腕によりをかけたディナーを私がご用意しようと思ったのですが……」
調査をなさらないなら宿もディナーも必要ないですね、と暗にジニアが告げた瞬間。
「さあっ! 何をしているのっ! さっさと調査するわよっ!」
目にも止まらぬ速さで墓地を通り越し、教会の扉の前に移動したバルムに、開いた口が塞がらなくなった。
「やる気が出たようで、何よりです」
「バルムの性格を読んで最善の発言をするとは……すげーな」
「いえいえ。お客様をもてなすのが私たちの務めですから」
カインは聡明なジニアに感嘆するが、ジニアは当然のことをしたまでですと、営業スマイルを傾ける。
自分に欲情してきた相手に対し、仕事後に宿でおもてなしすると告げることで、恐怖より乙女心を掻き立て行動を促進した。
バルムの言動から性格を分析し、自身を最大限活用して望むとおりの行動をさせる。
一介の村長より領地を治める領主になったほうがいいのではないかと思うほどの機転に、カインはただただ唸るしかなかった。
「それでは、兄と共に宿でディナーとお部屋の準備をして参りますので、失礼いたします」
「いや、ちょ……」
ミレアはそう言って軽く会釈をすると、呼び止められないようにジニアと共に早足かつニコやかに去っていく。
その遠ざかっていく背中を眺め、姉と二人で残されたカインは〝してやられた〟と頭をポリポリと掻いた。
「うわー、妹もやり手だな」
ミレアに宿に泊まることを確定させられ、腕輪の捜索と宿の収益まで得られる状況を作った兄妹に舌を巻く。
「おほほっ。カインもまだまだですわね」
「何も言わずにただ見てただけのリーシャに言われたくねーよ」
他人事のように宣う姉と一緒に、カインは墓地を通り過ぎ歩いていく。
教会の前にたどり着くと、バルムがガシッと弟の腕を掴んだ。
「カイン。ゴーストが出たら私を守ってね」
「結局、弟頼みかよ……バルムを見たら、ゴーストのほうが逃げ出すわ」
欲望が圧倒的に勝っていても恐怖と乙女心は忘れない兄に、カインは盛大に溜め息をつく。
バルムは恐怖心さえなければ、普通のゴーストなんぞ三桁単位で屠れる実力を持っている。
リーシャといいバルムといい、俺に付いてくるならトラウマも克服して欲しいもんだ。
カインはそんなことを思いながら教会の扉を開け放ち、三人で中へと入っていった。
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