第8話 マイン村

「ここが星託せいたくで指定された村か」


 朝食を食べた街を後にし、三人は走ってマイン村へとたどり着いた。

 普通に歩けば二日はかかる距離。そこを三時間ノンストップで走破してきた。


 息も乱さないバルムとリーシャに、軽く息が上がっているカインが、二人の背後で肩を上下させている。


 覚星者かくせいしゃであればカインぐらいの体力と持久力を持ち合わせている者はいるが、同じ距離を息一つ乱さず走り抜けたバルムとリーシャはやはり別格だ。


「昼過ぎになっちまったな」


 空高く昇っている太陽を見て、カインは大きく溜め息をつく。

 結局は兄姉が急ぐこともなく、食事の後にバルムが筋トレまでしたせいで遅くなってしまった。

 抗議しようと、遅れる原因となった二人を訴えるような目で見つめてみるが。


「カインもしっかり朝ご飯食べてたじゃない」


 ジト目で見つめ返してきたバルムの視線に、カインは「うっ……」と小さく呻き声を漏らした。


「は、腹が減ってはなんとやらってやつだよっ。それにあんだけ目の前で美味そうに飯食われたら、俺も食いたくなるだろっ」


 携帯食料しか食べていなかったのだから、あれは正当な行為だとカインは主張する。

 絶対に譲らない兄姉の食事が終わるのを無為に待つくらいなら、自分も腹を満たしておいたほうがいいと思っての行動だ。


「なら、私が筋肉を保つためにしっかりと食事を摂ることも問題ないはずよ」

「バルムの場合は俺が食事終えてからも、腕立て、腹筋、スクワット。時間もメニューも数えたらキリがないくらい筋トレしてたじゃねーかよ! そのせいでさらに遅くなったんだぞ!」


 日課の朝トレーニングは夜にやってくれと言ったはずなのに、「朝の運動は一日の代謝を上げて無駄な脂肪を減らすのよ」と、すべて終わるまで止めなかった。

 脂肪の〝し〟の字も見えないような肉体のどこを減らす必要があるのか。

 こんなことなら、蹴っ飛ばしてでも強制的に止めればよかった……


「二人とも、戯れはそれくらいにして、さっさと情報収集に向かいますわよ」

「一番食うの遅かった奴が言うんじゃねーよ!」


 早食いは美容に悪いとして、きっかり一時間かけて食事を終えた姉に、カインは声を荒らげる。


「そんな些細なことを気にするなんて、まだまだ青二才ですわね」

「むしろ些細なことこそ気にかけて欲しいんですけど。服装とか態度とか行動とか」

「おほほっ。私のことが素敵だと思うなら、もっと褒めてもらって構わないですわよ」

「どうしたらあなた様の精神はヘコんでくださるんでしょーか?」

「私の心を折れる者など、この世に存在しませんわ」


 何を言っても反省しないリーシャに、カインはガクンと肩を落とす。

 つい昨日、トラウマによって暴走した人間が妄言を自信たっぷりに吐く。

 人生のどこをどう間違えたらこういう性格になるのだろうか……


 兄姉に付き合っていると自分も変な色に染まりかねない。そう思い、覚星者かくせいしゃとして一人で実家を出立したはずなのだが、二人もストーカーのようについてきた。

 それでもなんとか引き離し逃げ出そうと何度も試みたのだが、なぜだか必ず見つかってしまい、結局行動を共にするハメになり現在に至る。


「もう十八なのに、こんな兄姉から独立できないなんて嫌すぎる……」


 逃れようとしても逃れられない自分の境遇を、カインは大げさに嘆き、額に手を当てる。


 十八歳になる前に、覚星者かくせいしゃとして世界を仲間と旅をし、気ままに生きる予定だった。それなのに兄姉揃って「未熟者のカインを一人で行かせられない」と言って、いくら逃げても付いてきた。


「あなたはまだまだヒヨッコ、独立なんてさせられないわ。私たちから認められたければ、覚星者かくせいしゃのナンバーワンと呼ばれる男になることねっ」

「そうですわ。男として目指すべきは一番のみ。それ以外は認めませんわ」


 覚星者かくせいしゃとして誰もが認めるトップに立てと、バルムとリーシャは無理難題を吹っかけてくる。

 しかも旅に出て数カ月しか経っていないのに、三人の中にトラブルに巻き込まれる体質の者がいるのか、魔霊種レイスにやたら遭遇したり、厄介な星託せいたくを手にすることが多かった。

 そのせいか、そのお陰か、同じ時期に覚星者かくせいしゃとして活動を始めた人たちよりも、変に知識と経験だけは積み上がっていた。


「そこまで言うなら、一番になってやろうじゃねーか」


 トップにならない限り、兄姉はどこまでも同行しようとしてくるだろう。

 オネエの兄と女王様の姉。二人が一緒にいる限り、旅の仲間のみならず将来の伴侶も夢のまた夢。


 自分の未来のため。自他共に認められる覚星者かくせいしゃのナンバーワンになろうと、カインは固く心に誓いを立てた。


「それにしてもイケメンのいない村ね。面白味がまったくないわ」

「弟の熱い決意はガン無視かよッ!」


 カインの誓いはさておきと、バルムは村の様子を素直に述べる。

 どんな時でもブレない欲望には感嘆するが、弟の想いくらいは応援してくれてもいいのではないかと、カインは複雑な表情を浮かべた。

 そもそも兄姉が付いて来なければ、こんな決意しなくてもいい話ではあるのだが……

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