第7話 宿屋

「あら、お帰りなさい」


 宿屋の前にたどり着き一階にある食堂に入った途端、カインの耳に聞き覚えのある声が届く。


「お帰りなさい、じゃねーよ。起きてんなら星託せいたく戦手伝えよ。激戦だったんだぞ」


 呑気に鶏のむね肉をパクついているバルムの姿に、カインは星託せいたく争奪戦の苦労を訴える。

 内容としては徒競走と変わりないが、生活のかかっている戦いに参加しない兄に、苦言を呈するのは当然の権利だと主張する。


「カインのことだから、ちゃんと良い星託せいたくゲットできたんでしょ?」


 口をモグモグさせながら問いかけてくる兄に、カインは得意げに親指を立てた。


「そりゃもちろんだぜ。そこらへんの覚星者かくせいしゃには負けねーよ」

「だったら、私が出るまでもなかったということね」


 弟の功績を讃えているのか、はたまた手間が省けてラッキーと思っているのか。バルムは余裕の態度でゆで卵を口に放り込んだ。


 星託せいたくを得た後、遠出したり遺跡に潜ったりするため、覚星者かくせいしゃの朝は早い。特に星託せいたくを得るためには夜明け前に待機していなければならないので、早朝から食事しているのはなんら不思議ではない。


「リーシャは何してんだよ?」


 カインは木の椅子に座り、店主にモーニングセットを注文しつつ尋ねる。


「ああ。あの子なら、いつものやつよ」

「いつものやつか……」


 既視感を覚えるやりとりに、カインは苦笑を滲ませる。と、二階の客室の方から階段を下りてくる足音が聞こえた。


「おほほっ。お待たせしましたわ。さぁ、優雅な食事と参りましょう」


 リーシャが晩餐会でも始めるような口調で、長い金髪をなびかせ一階の木床を踏む。

 そして無駄に腕や腰を悩ましげに動かし、煌びやかな振る舞いを見せると、フワッと空気を巻き込みながら椅子に座った。


「また髪のセットに時間かけてたんだろ」


 他に客がいない食堂で華やかさを振り撒く姉に、カインは呆れ果て目を細める。


「身だしなみを整えることは淑女としての嗜み。当然のことですわっ」


 リーシャは丁寧に梳いたであろう髪をこれ見よがしに掻き上げ、サラサラと流れ落ちる様を見せつけた。


「だったらまず服装をどうにかしろよッ!」


 綺麗な髪より目立つボンテージファッション。

 何をどうしても品位のあるお淑やかな女性には見えないアンバランスな佇まいに、カインは思わずツッコミを入れる。


 しかし当の本人はまったく気にしていない様子で、何事もなかったかのようにスペシャルモーニングセットを店主に注文した。


「それで、今回の星託せいたくはどんな内容なのよ?」


 慣れた日常の光景を華麗にスルーして、バルムが戦果を尋ねる。その一言にカインは真面目な表情に戻ると、短く息を吐いて言った。


「マイン村の教会に連なる腕輪の謎を解け、ってさ」


 曖昧な星託せいたくを突き付けられたことにカインは頭を痛める。


 輝きが強い星託せいたくほど大きな輝石が得られる分、難易度は比例して高くなる。


 通常は〝平原を占拠している魔霊種レイスを倒せ〟や〝洞窟に眠る宝玉を手に入れろ〟など、脅威を排除したりアイテムを手に入れたりする星託せいたくが多いが、〝謎を解け〟という曖昧な指示を受けたことは今まで無かった。


「筋肉があれば謎なんてすぐに解けるわっ」

「脳筋かよッ!」

「乙女に脳筋なんて失礼ね」

「岩を一撃で砕く筋肉も、野太い声も乙女は持ち合わせてねーよ」


 頭まで筋肉で埋め尽くされているバルムの発言に、カインの声が食堂中に反響する。


 生まれ乙女な性格をしていたバルムは、幼い頃から近所の男の子を追いかけ回す悪癖があった。

 しかし年上で自分より体の大きい相手には追いつけず、悔しい思いをしたバルムは、逃げる相手を逃さないようにと、毎日全身の筋肉を鍛えに鍛えた。


 結果〝筋肉野獣〟と呼ばれるほど、街中の男たちに恐れられ、そのまま成長してマッチョなオネエという摩訶不思議な存在ができあがり。

 人生を筋肉に全振りした結果か、頭の中まで筋肉になり、物事を安直に考える悪癖まで付いてしまった。


 筋肉だけですべての物事を解決できれば苦労はしない。ましてや謎解きなどという頭を使う作業に対し、筋肉で立ち向かうのは無謀どころかただの間抜けだ。


「もっとマシな意見はねーのかよ……」


 他に案はないかと、カインは横に視線を送る。するとリーシャは意気揚々と胸を張り、口元に手を添え。


「おほほっ。美と健康に気を使っていれば、謎のほうから私たちに向かって来てくれますわ!」


 高笑いを上げながら〝私を見習いなさい〟とでも言うように、他に誰もいない──もとい、宿屋の店主が〝関わるまい〟とキッチンへ引っ込んでいく食堂で吠えた。

 美と健康に気を付けるため、一番値段の高い料理を毎回注文している姉が当然のことのように宣う。

 兄は筋肉を保つため量を、姉は美貌を保つため質を求め食事をすることを躊躇わない。そのせいでカインは路銀が尽きそうになったら、一人で金策に走ることも多々あった。


「謎のほうから来たらホラーだろ」

「おほほっ。ホラーなんて、私の鞭でしばき倒して差し上げますわっ」

「ホラーは人の名前じゃねーし。もし人間だったとしても、リーシャの服装を見たら勝手に逃げていくから安心しろ」

「私の美的センスがわからないなんて、おしおきものですわねっ」


 もう人間には理解できない発想と自覚のなさに、カインは頭を抱える。


 リーシャの幼少期は、見た目も言動も普通の女の子だった。

 しかし近所の男の子とケンカをして相手の頬を叩いたとき、痛がる様子を見て快感を覚えたらしい。


 さらには住んでいた街が大きかったためか、密かに存在していた怪しい道具を扱う店の店主といつの間にか仲良くなり。

 いろいろと教えてもらう内に、何かに目覚めたリーシャは、十歳の頃には鞭を持ったボンテージ姿の女王様へと変貌を遂げ、街で見かけた男の子たちを躾け始めるようになった。


 近所に住んでいた男の子たちが次々と引きこもりになったのは、バルムとリーシャのせいと言っても過言ではないだろう。


「何よ。結局、マイン村の教会に行って腕輪を探せってこと?」

「ええ。それが普通で当たり前の流れです」


 カインの当然だとする返答に、バルムはなぜか不服そうに口をすぼめる。

 筋肉や美容で物事がすべて解決するなら楽だが、残念ながら世の中そんなに奇妙な構造で成り立っていない。


 バルムとリーシャなら、やりかねない気もするが……


「今から向かえば昼頃にはマイン村に着くだろうから、遅くなる前に早めに向かったほうがいいな」


 星託せいたく争奪戦をした直後ではあるが、体力は充分残っているし、宿屋を出る前に携帯食料で食事は済ませている。のんびりする理由はないと、カインはさっそく出立の準備をしようとするが。


「待って。その前にやることがあるわ」


 いつにもない真剣な声音で、バルムが席を立とうとする弟を引き止めた。


「なんだよ? 朝の筋トレは夜にやってくれよ」


 緊急性の高い星託せいたくではないが、遅くなればなるほど状況が変わって達成が難しくなることはままある。

 星託せいたくと熱意は新鮮なうちに行動に繋げろ。

 過去に他の覚星者かくせいしゃに言われた言葉を思い出しながら、カインが日課の朝トレーニングは後回しにしてくれと告げると。


「まだ筋肉を育てるためのボリューミーオムレツを追加で食べてないわ」

「私の美容と健康を育むスペシャルモーニングセットもこれからですわ。早くお願いしますわ」


 バルムとリーシャは揃って朝食の催促を店主にしたのだった……

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