第6話 争奪戦

 気持ちを引き締めるような冷たい空気が漂う中、地平線の彼方から太陽が顔を覗かせ始める。

 生命を育み、世界に温もりを与えてくれる眩い白。その光が街や草原を照らし、夜の帳を上げ、朝の訪れを告げる。


 自然の摂理が見える、石造り建物がひしめき合う大きな街の入り口。

 そこで陽の光を顔に浴びたカインは、準備運動する手を止めた。


「今日は結構な人数集まったな。競争率高そうだ」


 続々と集まってきた他の人間たちを見て、カインは片眉を上げる。

 数にして三十人ほどだろうか。鎧を着た戦士風の男や、マントを羽織った魔法使い風の女など、様々な格好をした人間がこの場にいた。


 彼らはカインと同じく覚星者かくせいしゃと呼ばれる人間たちで、魔霊種レイスを討伐したり、これから始まるイベントを通じて輝石を得て、それを売り生計を立てている者たちだ。


「よっし。いつでも行けるぜ」


 黒から青に色づいていく空を見上げ、カインは指をポキポキと鳴らす。

 ここにいる全員が、まだ日の昇らないうちから夜明けの訪れをまだかまだかと待っている。


 準備体操をして体を温めつつ、待ちわびていた朝日を臨み、急激に周囲の覚星者かくせいしゃたちを包む空気が熱を帯びていくのを感じた。


「来たっ」


 誰かが声を上げたのを聞き、覚星者かくせいしゃたちが一斉に空を見上げる。

 すると、太陽の明るさに消えていった星々の中から再び小さな光が瞬き。

 いくつもの輝きが空から零れ落ちると、流星群のように大地に降り注ぎ始めた。


 その光景はまるで、大輪の花火が盛大に飛び散っているかのようだ。


「あれが一番明るいな」


 カインは街の周囲にある草原や街に落ちていく光の中から、一番強い光を放っていたものを視認すると、建物が立ち並ぶ街中へと駆け出していった。


「チッ、同じのを狙ってる奴らがいるか」


 後をついてくる数人の覚星者かくせいしゃたちを見て、カインは思わず舌打ちをする。

 あれは言うなれば今回の一番星だ。実力に自信がある者にとっては、最高級の宝石以上の価値があった。


「他の奴に渡すかよっ」


 誰よりも先に獲ってやろうと、カインは舗装された道を力強く踏みしめ、家々の間をさらに加速していく。


「あそこらへんに落ちたはず」


 まだ街の住民が寝静まる大通りを駆け抜け、光が落下したと思われる時計台のある区画へ入る。と、人気のない広場の中央で、手のひらサイズの光球を発見した。


「くっそ、向こうからも来やがった」


 予め街中で待機していたのだろう。通りの向こうからも、三人の男女が競うように走り寄ってきていた。


「負 け る か よ !」


 街の入り口から全力で走りっぱなしだったが、カインは気合いを入れ歯を食い縛り、本気で疾走する。

 その様子に気づき、前後にいた覚星者かくせいしゃたちも我先にと殺気立って光へと迫る。


 切れそうになる息。早鐘を打つ心臓。それらを意識の外に追いやり、頬を伝わる汗の一滴が風に流れる。


 追いついてきた短髪の男が決死の形相で横に並び、前方から来るメンツも光球までの距離はカインとほぼ同じ。

 筋力、持久力、意志力。どれか一つでも他者より弱ければ負ける争奪戦。


 一歩一歩が無限に感じる中、光が視界の中央で大きさを増していき。

 眼前に近づいた光球に、たくさんの手が伸び──


「よっしゃ! 獲った!!」


 ──他の覚星者かくせいしゃの腕が届くよりわずかに早く、カインの手が光球をしっかりと掴んだ。


「……くっそ……星託せいたく獲られたか……」


 隣を走っていた男が目の前でゼーゼー呼吸を乱し、悔しそうにカインを上目遣いで見つめる。

 前方から来ていた覚星者かくせいしゃたちも、地面を蹴ったり民家の壁に寄りかかったりして、それぞれの感情を吐き出していた。


「さて、今回の内容はどんなやつだ?」


 残った星託せいたくを捜そうと解散し始める覚星者かくせいしゃたちを尻目に、カインは手の上で光る球に視線を向ける。

 空の星が小さくなって、そのまま落ちてきたような輝く球。

 普通に生活しているだけの者にはなんの価値もないものだが、覚星者かくせいしゃにとっては何よりの至宝となる。

 そんな球を手にしたカインは、光の奥を覗き込むようにジッと見つめた。



〝マイン村の教会に連なる腕輪の謎を解け〟



 光の中に浮かんだ星託せいたくの文章を読んで、カインは片眉を上げる。


 星託せいたく──それは、天から降り注ぐ星の啓示とも言われているモノ。


 夜明けと共に人のいる土地へ降り注ぎ、近辺で起きている凶事や問題ごとを報せる光球。

 そこに書かれた内容を完遂すると、達成した人間には星の恩恵として難易度に応じた大きさの輝石が得られる。


 魔霊種レイスを倒したときより格段に大きく、強いエネルギーを内包する星託せいたくの輝石は価値が高い。輝石を売ることで生計を立てる者は覚星者かくせいしゃと呼ばれ、今や世の中になくてはならない職業になっていた。


 それだけ聞けばファンタジーのようだが、実際は物語のような楽しい話ではない。


 現実には、星託せいたくは【観測者】が天から落としているクエストであり、覚星者かくせいしゃに試練を与え、解決するまでの行動や実力を観測するための実験にすぎない。


 この事実は、魔霊種レイスが世の中に解き放たれた半年後、アネスタの住人たちの実力は魔霊種レイスだけでは測れないと悟った【観測者】が、第二案として発動したと伝えられている。


 それを覚星者かくせいしゃたちも理解しているが、輝石という恩恵を得るために、割り切って仕事として取り組んでいた。


「二人には朝飯でも食いながら伝えるか」


 星託せいたくを手にしたカインは、兄姉に報告することを決めると、そのまま通りを進んでいった。

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