第5話 人狼に同情する
「ちょっ──二人ともどうしたんだよ!?」
バルムにいたっては人狼からの攻撃を笑いながら受けていたはずだ。それこそ
兄姉揃って異常を訴える姿に、カインは唇を噛んで逡巡した。
「仕方ねぇ。一気に街まで行くぞ」
二人を背負ってでも先を急ぎ、医者に診せようとカインは決める。
兄姉に及ばないまでも、大人二人を担いで街まで運ぶくらいの筋力と体力はある。
まずはバルムを担ぎ、その背にリーシャを乗せようとカインが屈んだ直後。
黙っていた二人が嘆くような声音で言った。
「腕を振り過ぎて腕が筋肉痛に……」
「加速のやり過ぎで足が筋肉痛に……」
儚く散る花のごとく、弱々しい素振りを見せるリーシャとバルム。そのあまりにバカバカしい一言に、カインは頭の血管が切れた音を幻聴した。
「てめぇぇぇぇらいっぺん死んでこいやぁぁっっ!!」
心配から一転、ブチ切れたカインは屈んだ状態から伸び上がり、渾身の力でバルムとリーシャの腹を殴ると、二人は軽々と吹っ飛び、宙に放物線を描いた。
「──ちょっと何するのよ、ビックリしたじゃないっ!」
バルムは体を回転させながら華麗に着地し、ギュンという擬音が聞こえるかのごときスピードで瞬時にカインのもとへ駆け寄ると、顔面を突きつけて苦情を述べた。
「ビックリで済むお前が怖ぇよッ!」
普通の人間なら間違いなく気絶するレベルの一撃を受けて何事もなく戻ってくる兄に、カインは軽く腰を引きながら応える。
「まったくですわ。髪が乱れてしまったではありませんの」
いつの間に取り出したのか、木のクシで髪を直しながら戻ってくるリーシャに、カインは〝もう何も言うまい〟と引きつった笑いだけを返した。
まぁこの程度で済むような化け物兄姉だとわかってるから、思いっきりぶん殴ったんだけどな。
「で、すでに普通に歩いてるけど、お前ら筋肉痛はどうしたんだよ?」
戻ってきたバルムもリーシャも弱々しい素振りを見せていた割に、殴り飛ばした直後にはすでに元気な足取りだった。
直前まであんな大げさに苦痛を訴えていたはずだが……
「そんなもの、もう治ったに決まってるでしょう?」
「普段から健康的な生活を心がけていれば、筋肉痛からの回復など一瞬ですわ」
「それって筋肉痛って言うか、もう肉体変異だよな」
バルムとリーシャから返ってきた言葉に、カインはジト目で二人を見つめることしかできなかった。
「……うっ……くっ……」
三人でじゃれ合っていると、小さなうめき声が耳に届いた。
その発生元に視線を送ると、生き残っていた人狼のお頭が、地面を這いながらこの場から逃げようと必死に足掻いている姿が視界に入った。
「どさくさに紛れて逃げようとしてんじゃねーよっ」
「ぐふっ……」
カインはズカズカと詰め寄り、お頭の背中をガスッと踏みつける。
他にも人狼が生き残っていたはずだが、どうやらお頭を置いて先に逃げたらしい。
無情にも仲間に放置されたリーダーに同情を禁じ得ないが、自分たちから金品を巻き上げようとした悪党であり、
「溜め込んだお宝の場所、吐いてもらおうか?」
グリグリと踵を押しつけ、カインは金品を要求する。
被害者と加害者の立場が完全に入れ替わっているが、バルムとリーシャも止めるつもりはないらしく、むしろ弟の行動を微笑ましそうな眼差しで見守っていた。
「ううっ……まるで盗賊……へぶしっ!」
「本職の盗賊が人を盗賊呼ばわりしてんじゃねーよ」
カインはお頭の後頭部を踏み、地面にめり込ませ黙らせる。
奪われた金品は、本来なら元の持ち主に返さなければいけないのだろうが、どれが誰の持ち物か一つ一つ判断をつけるのはほぼ無理だ。
だったら俺たちの路銀の足しにするのは自然な流れだろうと、カインは悪気もなく自分を正当化していた。
「はぁ……素敵なお・し・り♪」
いつの間に接近したのか、バルムが動けなくなっているお頭の尻を嬉しそうに撫で回している。
さきほどまで足がどうこう騒いでたはずなのに、欲望に忠実な男にカインは呆れを通り越し、感心すらし始めていた。
「頭を踏みつけつつお尻を撫で回す。素敵なプレイですわね」
「兄弟でSMプレイしてるわけじゃねーよ?」
恍惚とした表情で参加したそうにしているリーシャに、カインは心底嫌そうな顔を向ける。
兄姉揃って変態揃いなのはすでに諦めの境地に達しているが、俺まで変態道に堕とそうとするのは止めていただきたい。
「い、今まで貯め込んだ金品の場所は教えるので、命だけは……」
口に入った土を噛みながら、必死に命乞いをする人狼のお頭。
このまま放っておけば、命だけでなくバルムやリーシャに尊厳まで奪われそうな勢いであるが。
「どれだけ貯め込んでいるかによるな♪」
カインは意気揚々と悪魔の笑みを浮かべると、人狼は恐怖で歯をガチガチさせながら頭を小刻みに上下に振り、アジトの方向を指差した。
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