第4話 女王様の暴走

「ちょっ、リーシャ落ち着け!」


 弟の呼びかけにも反応はなく、狂戦士のように木々をなぎ倒し、地面に穴を穿ち、残っていた人狼たちを弾き飛ばしていく。

 並の魔霊種レイス以上に危険な姉の暴走に、カインは慌てふためき、バルムは足元の人狼を蹴り上げて、当たりそうだった鞭の一撃を防いだ。


「もうっ! 人狼に愛を注ぎきれなかった私のバカっ! もっと乙女として精進しなきゃだわっ!」


 反省すべき点がおかしいバルムの決意も意識の外に、カインは飛んでくる鞭を必死に避ける。


 リーシャは幼い頃、肝試しで夜の森に兄妹三人で入ったとき、ゾンビの魔霊種レイスに囲まれたせいで、体を欠損した者を見ると錯乱するようになってしまった。


 ゆえにリーシャもバルムも、人狼たちに派手な外傷を負わさず絶命させるか、致命的な一撃で消滅させていた。

 手を抜いたわけではないだろうが、予想以上にしぶとい個体がいたせいで、トラウマを呼び起こさせる事態に発展してしまった。


 なんとかして暴走を止めないと、周囲の自然が破壊し尽くされるだけでなく自身の身が危ういと、カインは内心舌打ちをした。


「バルム! 責任とってどうにかしろよ!」


 破壊力があるだけでなく、伸縮しながら高速で襲ってくる鞭に、カインは怒りの矛先を兄へと向けた。


「仕方ないわね。私がひと肌脱いであげるわっ」

「いや、物理的に脱がんでいいから、リーシャの暴走を止めろよ!」


 いそいそと服を脱ぎ始めたバルムに、カインは蹴りを入れたくなる。

 リーシャが暴走したのは今まで一度や二度ではないので、バルムは余裕の冗談のつもりだろう。

 一撃でも喰らえば大怪我は免れない猛攻を、避け続けている俺の身にもなって欲しい。

 カインはそう思いながらも、バルムに任せるほうが早く事態を収められるはずと、巻き込まれて消えていく人狼を視界に捉えながら状況を見守った。


「破壊神リーシャ、覚悟するのね!」


 自身の妹を破壊神呼ばわりし、バルムは準備運動をするようにその場で軽くジャンプを繰り返す。


「おほほっほほっホホホッほほっ」


 その間にも、リーシャは奇妙な笑い声を上げながら、兄弟を殺す勢いで容赦なく鞭を振るい続ける。

 我を忘れた人間が四方八方に高速攻撃を展開し、近づくことすらままならない状態。

 普通なら、嵐が過ぎ去るのを待つように、逃げるか遠巻きに見守るしかない光景だが、家族の暴走を止めるのは兄の役割と、バルムは殺気ムンムンに両拳を上げてファイティングポーズをとり。


 鞭が飛来しバルムの頭を潰そうとした瞬間──音すら置き去りに姿が掻き消えた。


 存在そのものが消失したように、姿の見えなくなった兄の姿をカインは目で追う。

 今まで幾度となく目撃していたからこそ、辛うじて視界に捉えることはできるが、横殴りの雨のごとく飛来する鞭より速く動くバルムは、ほぼ残像しか瞳に映らなかった。


「我が妹ながら、まだまだ攻撃が甘いわねっ!」


 どこか愉しそうに、バルムは風切り音の中に余裕の声を滲ませ。リーシャの鞭とバルムの足、強打撃と快進撃が地面に穴を穿っていく。

 普通の人間にはできない動きを展開する兄姉を、カインはゴクリと息を飲み。


「ふわっちょおおおおおおおおお!!」


 バルムが謎の掛け声を周囲に轟かせ、高速で上下していたリーシャの腕をガシッと掴むと。

 人狼の半身を吹き飛ばしたのと同じ勢いのボディブローを、容赦なく妹にかました。


「あっ、死んだ」


 カインが思わずそう漏らすほどの強撃に、周囲の空気すらピタッと静止する。

 周囲をジタバタしていた人狼たちさえも、突然止んだ鞭の猛攻に、息を飲んで二人の人間を凝視した。


「はっ!? 私はいったい何を!?」


 突然眠りから覚めたように、リーシャは〝怪我もなく〟正気に戻り、目の前にいる兄の顔を見上げる。

 今の打撃は人間だけでなく、魔霊種レイスすらお亡くなりになる一撃だったはずだ。


 しかし、人外的な筋肉を心力マナで強化できるバルムは別格としても、リーシャも見た目に反して、単身で地面を揺らせるほど強靭な肉体を持っている。

 だからこそ、バルムの打撃をまともに受けても、痛がることすらなく受け切れた。


「まったく。リーシャも精神的にまだまだ未熟ね」

「おほほっ。実にいい運動になりましたわ」


 不甲斐ない妹を見下ろし短髪を掻き上げるバルムに対抗するように、リーシャも長い髪を掻き上げ、得意げに自分の行いを正当化した。


「どういう精神構造してんだよ……」


 実の兄姉ながら、肉体も精神も魔霊種レイスを軽く超越している人間たちに、カインは呆れながらも近づいていく。


 戦い……というより、リーシャが暴走した後の地面は無数の穴が開き、木々は尽くなぎ倒され。

 竜巻に巻き込まれたかのような光景の中、ピクピクと地面で痙攣するお頭とうろたえる二匹以外、人狼は無残にもすべて消え去っていた。


 よく生き残ってたなこいつら……


「ふっ。魔霊種レイスを片付けられて一石二鳥じゃないですの」

「ただの環境破壊神だけどな」


 得意げに腰に手を当てるリーシャを、カインは冷たい視線であしらう。

 結果的には人狼のほとんどをリーシャが倒した形になるが、楽勝だった討伐作業が命を失いかねない案件へと発展した事実は変わらない。これが赤の他人なら、巨額の迷惑料を請求しているところである。


「さて。残しておいたお頭に、お宝の隠し場所を吐かせますわよ」


 たまたま生き残ってただけだろうが、と姉の言葉に内心ツッコみつつ、歩き出したリーシャの背中をカインが見つめていると。


 ガクンとその体が傾いだことに、カインは思わず目を見開いた。


「──ッ!? おいどうした!? もしかしてバルムのパンチが効いてたか!?」


 人間離れしているリーシャがうずくまったことに驚き、カインは慌てて駆け寄りしゃがみ込む。

 怪我をしている様子は見受けられない。だが内臓にダメージを受けている可能性もある。


 今までも何度か暴走し、バルムのパンチを受けてピンピンしていたリーシャだからこそ、カインも「死んだ」なんて冗談を言っていた。

 そんなリーシャの異変に、バルムも心配になったのか眉間にシワを寄せ。


「リーシャだいじょう、あぁん……」


 妹に近づこうと歩き出した直後、バルムまでもが崩れるように倒れ込み片膝をついた。

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