九重くんは愛が重い!

塩水アサリ

九重くんは愛が重い!

 わたしが彼と出会ったのは、中学の入学式。

 彼がわたしの目の前で転んだの。もう、ベシャっと。漫画みたいに。

 男の子の近くに落ちた花の飾り。そっかこの子もわたしと同じ新入生だったんだ。

 

「だいじょうぶ?」

 

 気づいたら手を差し伸べてた。

 顔だけちらりと上げた彼が、すっごくかっこいいのにドキリとした。


 そこから一年。中学二年生になったわたし――日下穂乃と、彼――九重優吾くんの関係性は、少し変だ。


「穂乃ちゃん、今年もおんなじクラスになれたね」

「そうだね」

「しかも隣の席だよ。運命だね」

「それは、どうかなあ……?」

 

 九重くんは、一年前はわたしと同じくらいの身長だったのに、今では百七十センチくらい。さらさらの黒髪に、整ってるけど冷たい印象は全くない優しい顔立ち。

 くわえて頭もいいし、運動もできる。次の生徒会長は彼しかいないと、うちの学年は先生もふくめてみんな思っているくらいのハイスペック男子だ。

 

「あ、そうだ。穂乃ちゃん。春休みにいっしょに行った図書館でハンカチ忘れていったでしょ。持ってきたよ」

「九重くんが持ってたの? 取りに戻ったのに無かったから諦めてたんだけど、ありがとう」

 

 お礼を言いながら受け取ったハンカチ。やたらと包装されているから中身は見えないけど、厚みがおかしい。ハンカチ以外も入っている気がするから、あとからちゃんと確認しないと。

 そして重要だからここで言っておくけど、わたしは春休みに図書館には行った。けれど九重くんとは行っていない。


「どういたしまして。ぼくもおそろいにできて嬉しい」

「……」


 無視。九重くんには悪いけど無視。

 九重くんの奇行にすっかり慣れてしまったのが怖い。

 

 どういうわけか一年前に助けた九重くんは、わたしのことが好きらしい。


(ストーカー、囲い込み、過保護、溺愛……ぜんぶお姉ちゃんの持ってた本で見たやつだ)

 

 五つ上のお姉ちゃんが持っていた本で読んだことがある。

 たぶん九重くんはヤンデレってやつだ。ヒロインが好きすぎて愛が重くなっちゃう人のこと。


「穂乃ちゃん、今日学校早く終わるけど、どこか寄る? 付き合うよ」

「……図書室に行きたいかな」

 

 ニコニコしている九重くん。一瞬目が合ったけどすぐにそらす。


 だけど、だけど! 九重くんの愛情が重いことなんてどうでもいいの。

 最近わたしが一番困っているのは九重くんのことを、好きになってしまったってことで!


 だってちょっと考えてみてほしい。

 九重くんは、かっこいい。

 身長は高いし、顔も爽やかで整っている。

 勉強はテストは常に五位以内にいるし、運動神経も抜群。

 そんなハイスペック男子が毎日のようにわたしに好きを伝えてくるんだよ。

 これで好きにならない人はいないと思う。

 

 そう、多少九重くんの愛情が、はんざ……重めなのは気にしない。

 むしろ好きになってしまった今では嬉しく感じてしまっている自分がいる。恋って怖いね。




 今日は図書委員の放課後当番だった。昼休みほど借りにくる人はいないから楽ちん。

 司書の先生にさようならを言って廊下を歩く。


「九重くん待ってるかな……」

 

 わたしが委員会のとき、九重くんは校門でわたしを待つ。

 先に帰っていいよは聞いてくれなかったから、せめて図書室の中で待っていればいいのに、と言ったら「デートの待ち合わせみたいで楽しいよ」と言われた。もうそこからは、なにも言っていない。


「すっげー美人だったよな」

「うん、モデルみたい」

 

 校門までの道のり。下駄箱で外履きに履きかえていると、大声でしゃべっている声が聞こえた。外に走り込みに行っていた野球部だ。


「あんなかわいい子にコクられたら、さすがの九重もオッケー出すよな」

「それなー」


(え、九重くん?)


 意外な名前に野球部のほうを見てしまったけど、笑い声が響いてくるだけで野球部はそのままグラウンドのほうへ走っていってしまった。

 九重くんは正門の外でいつも待っている。

 壁に隠れるように門に近づく。

 そっと向こう側をのぞくと、案の定いつもの場所に立っている九重くん。その前に美人な女性。大人っぽい見た目だけど、着ている制服がここら辺で有名な進学校だから、わたしと大して変わらないはず。


(……お似合いだあ)


 会話までは聞こえないけど、きっと告白。

 かっこいい九重くんと美人さん。

 顔を赤らめた美人さんはとってもかわいい。


(裏門から帰ろう)


 生徒は正門から帰る決まりになってるけど、今日は無理。

 得意じゃないのに走って家に帰った。




(失恋だなあ)

 

 苺ジャムをたっぷりとかけたトーストをかじる。

 けっきょく昨日は家に帰ってベッドに飛び込んで終わった。

 早く寝ようと思うのに、勝手に頭に浮かんでくる九重くんと美人さんの姿。

 九重くんにはきっと、ああいう子が似合う。

 美人さんは、ほんとうにかわいかった。見た目はもちろんだけど、告白をしてたってことはちゃんと自分の気持ちを伝えられる子なんだよね。

 気持ちをもらってばっかりで、素直に応えられていない自分とは大違い。

 

「はあ」

「なによ、一丁前にため息なんてついちゃって」


 もたもた朝ごはんを食べていると、お母さんに呆れられた。


「いろいろあるんだよ」

「はいはい。大変ね。それより彼氏のあの子、今日も待たせてるんじゃないの」

「九重くんは彼氏じゃないってば」


 お母さんの中では、一年間朝の迎えに来てくれている九重くんは、すっかりわたしの彼氏認定されてしまっている。


(まあ、なにも知らなければそうだよね)


 普通の友達だって家じゃなくて、途中で待ち合わせして学校に行くと思うし。

 わざわざ家に迎えに来てくれる男の子なんて彼氏だと思われてもしかたないかな。

 

「……今日は、いないと思う」

「あら、ケンカ? 何かしたならちゃんと謝んなさいよ」

「ケンカはしてない、ごちそうさま!」


 昨日の告白現場を見てしまったからか、今日はいないと思ってしまう。

 

(告白、九重くんは、なんて返事したんだろう)

 

 聞かれても、昨日の九重くんのことはわたしもわからない。

 根掘り葉掘り聞いてきそうなお母さんを振り切って、ちゃっちゃと歯磨き、着替えを済ませ外に出る。

 

「おはよう穂乃ちゃん」

「あ、え? おはよう九重くん?」

 

 門を出たらいつも通りの九重くん。

 正直いないと思ってた。

 気づいたら当たり前みたいになっていたけど、そもそも約束なんてしたことはなかったんだよね。今は九重くんが迎えに来てくれていることさえ不思議に思える。

 ぼんやり九重くんのことを見て立ち尽くしていると、「あれ」と九重くんが声を出した。

 

「寝ぐせついてる。かわいい」

「え、どこ?」


 九重くんの言葉に髪の毛を手当たり次第押さえつける。

 鏡がないからどこが跳ねているのかわからない。

 

「ここ」


 困っていると、寝ぐせをわたしの代わりに九重くんの手がなでる。

 え……なでる?


「穂乃ちゃん?」

「え、なんで?」


(九重くんが触ってきたのは、初めてだ)


 さんざんグレーゾーンな行動はしているけど、彼は紳士だった。

 イメージの中の彼は、すぐに手を握ったり、頭をなでてきそうなのに。

 現実の彼は、距離は近いけどわたしに触っては来なかった。


(なんで急に)


 九重くんが直してくれた髪の毛を、無意識に自分でもなでてしまう。

 

「行こう穂乃ちゃん。遅刻しちゃう」

「九重くん、手っ、」


 ぼんやりしていたら、手を繋がれてしまった。

 優しいのに振りほどけない力。

 引かれるままに歩きだしたけど。


(九重くん今日変じゃない?)


 いや、一般的にはいつも変なんだと思うんだけどね。そうじゃなくってさ。ね?

 


 

 それから二週間。

 いまだにおかしい距離感の九重くんは続いている。


「穂乃ちゃんの字かわいい、額に入れて飾りたいなあ」

「絶対やめてね」


 放課後。

 日直のわたしたちは横に並んで学級日誌を書いている。

 なぜか二人ともイスに座っているのに、ぴったり肩がくっついている。(イスがあるのにこんなに距離って近くなるもんかな……?)

 ちらっと横を見ると、なにが楽しいのかわたしの書いた文字を見ながらうっとりしている綺麗な顔。

 

(美人さんとつき合うのはやめたのかな)


 いや、やめたんだろうな。変な行動は多いけど、九重くんはそういうフセイジツなことはしないし。

 彼女がいるのに、ほかの女子にこの距離感で接してくる男子はいやだけど、そもそもそんな男の子だったら、わたしなんかに一年間かまっていないはずだよね。

 学級日誌の最後、自分の名前を書いてシャーペンを置く。

 

「あのさ、九重くん」

「うん、なあに?」


 今から言うんだ。九重くんにハッキリと。

 思うだけで、言ってもいないのに心臓がドキドキうるさい。

 書き終わった学級日誌を閉じる。それと同時に立ち上がって、九重くんの顔をじっと見る。


「あはは、かわいい。珍しいね、穂乃ちゃんがぼくの顔をそんなに見つめてくれるなんて。もしかして、やっとぼくの気持ちに」

「――あの! もういい加減! ……ほんとうに、迷惑だから……ううん、わたしが九重くんの気持ちに応えられないから、その、もう、やめよう……」


 ちゃんと言おう。

 

 告白じゃなくて、――この曖昧な関係をやめよう、って。

 

 いっそものすごくイヤな女子になって、ハッキリ言おう。

 何日も考えていたプランだったのに、いざ九重くんの顔を見たら、ぐだぐだの弱い声しか出てこなかった。


「だから、ごめん。帰るね」


 九重くんのほうを見ないように、カバンと学級日誌を手に持つ。

 

「うそつき」

 

 そこまで静かだった彼が口を開いた。

 伸ばした手で手首を掴まれ、距離を縮めてくる。

 

「ぼくのこと、好きって顔してるんのに」


 至近距離で見つめられて、「あ、もう逃げられないな」って悟った。

 

「……好き、うん、そうだよ。好きだよ、でも」


 悲しい気持ちで言いたくなかった「好き」がぽろぽろ口から溢れてくる。


(もう、言う気がなかったのに)


 九重くんのことが好きだと気づいたとき、わたしも好きだって。早く伝えないと。だって両思いなのに、九重くんに申し訳ない。

 そう、美人さんが現れるまではずっと思ってた。


 でも美人さんといっしょにいる九重くんを見て、伝えちゃダメだって思った。


 九重くんの愛情は少し重たいけど、まっすぐで素敵。

 九重くんはもっと素敵な子に、今までわたしに注いでくれた愛情を注ぐべきなんだ。

 だってわたしは、逃げ回ってばっかりで彼に全然つり合わないんだから。


「でも?」

「九重くんには、もっと、かわいい子のほうが似合うと思うよ」

「穂乃ちゃんが一番かわいいよ」

 

 泣きそうになるのを堪えて質問に答えると、九重くんは即答してくる。

 疑うようなわたしの目に気づいたんだろう、九重くんは少し考えこんでから口を開いた。


「入学式の日、覚えてる? ぼくらの運命の日」

「えーと……九重くんが転んだこと?」

「そうそう。転んだのはカッコ悪かったけど、あのとき助けてくれた穂乃ちゃんは天使だったよね」

 

 天使?

 入学式の日のことを思い出してみるけど、どこにその要素があったのかがわからない。

 

「あのとき、穂乃ちゃん少し迷ったでしょ」


 記憶を覗かれたみたいでドキッとした。

 たしかに思った。周りに人はいるし、わたしが助けなくても、って思った。わたしが手を貸したら嫌がるかも、とも。

 

「でも手を貸してくれた。心配そうにぼくをまっすぐ見ている穂乃ちゃんの目がすっごくキレイで、転んでよかったなって思ったんだ」

「転んでよかったはちょっと……」

「ほんとうだよ? 転ばなかったら穂乃ちゃんに出会ってないし。あぁ、それからね、穂乃ちゃんのことを目で追って、話しかけて、調べて、好みのタイプは調べてもわからなかったから、穂乃ちゃんが好きそうな男になろうと思って、勉強も運動も頑張ったんだ」


 「恋の話より漫画の話をしちゃう穂乃ちゃんもかわいくって好きだよ」って付け足されたけど、九重くんには恋どころか、読んでいるマンガの話もしたことないのに、一体どこからその情報を持ってきたんだろう。


「たーくさん穂乃ちゃんのことを知ってくと、もっと穂乃ちゃんのこと好きになって、すっごく幸せなんだよ」


 どうしよう。今のセリフだけ聞いたらときめいちゃうけど、その前のわたしの情報の出所が気になって冷静になってしまう。

 

「だんだん穂乃ちゃんもぼくのこと気になってきてさ、顔赤らめながら顔そらしちゃう姿とかもかわいくて大好き」

「えっ、いつから気づいてたの?」

「いつからだと思う? ふふっ……ねぇ、せっかく両思いなのに、離れる必要ないよね?」


 まさか本人に気づかれていたなんて……恥ずかしい。

 両手を包むように握られて、九重くんは今まで見てきた中で一番綺麗に笑顔を作った。

 

「大好き穂乃ちゃん。このまま高校までいっしょで、そのあとすぐ結婚しようね。一生ぼくが隣にいるよ」


 ゾクッ。

 綺麗な笑顔を向けられたのに、どうしてか寒気を感じた。

 

「あ、今重いって思ったでしょ」

「ううん!思ってない!」


(重いとは思ってないよ! ちょっと寒気感じただけ!)


 あれ? これって重いって思うよりひどくない?

 気まずくなってうつむくと、強制的に上を向かされた。

 

「うそ。君のことならなーんでも知ってるんだから、ね?」


 笑顔なのになぜか妙な圧がある……。

 ごめん九重くん。今もちょっとゾクッとした。これはときめきなの? それとも……。


「大好きだよ。穂乃ちゃん」


 耳元でささやく九重くん。

 わたしも好きだけど、ほんとうに応えてもいいのかなあ?


 だけど、両思いなんだし……いいんだよね。

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