終わりなき苦痛

 銀月シルヴィアは、今までに訪れた、どの月よりも冷たい、荒涼の世界だった。故郷の争うような活気はなく、ただそこに生きる事すらも否定する、厳しい冷たさが感じられた。

 けれど、そんな世界でも、生きる人々の活力はあった。むしろ、そんな厳しい世界だからこそ、人々の生き抜く意志は、他のどこよりも強かったのかもしれない。明日すらも知れない、こんなに冷たい世界でも、人々の心は儚くも燃え続けていたらしい。


 ……だからこそ、私は落ち込んでしまう。銀月シルヴィアに生きる人々は、私と同じように、不幸だと言えた。それでも、理不尽に与えられた苦痛を受け入れて、真っ当に幸福を目指している。


 弱い私には、たったそれだけのことが出来なかった。


 どうして私は、未だ生にしがみついているんだろう。報われることなんてないと、最初から分かっているのに。


「君、どうしたの? 一人でこんなところに居ちゃ、危ないよ?」


 あてもなく歩き、辿り着いた荒野で途方に暮れていると、銀月シルヴィアに生きる人々の熱を体現したような、真赤な髪に、自信に満ちた金の瞳の少女が、こちらに声を掛けてきた。


「……私には、関わらない方が良いよ」

「やだね。アタシは関わる。君みたいなかわい子ちゃんを放っとくなんて、流儀に反するからさ」


 明るい陽の気が、私の目には眩しい。そんな綺麗に澄み切った目で、濁り、よどんだ私を、見ないで欲しい。私には、関わり合いになるだけの価値がないから。


 ――ああ、死がやってきた。銀月シルヴィアに巣食う、災厄の獣たちが。この地に生きる万物万象を滅ぼす、天命の化身がやってきた。私を、殺しにやってきた。


「今なら、まだ間に合うから。……早く、逃げて」

「心配しなさんな。こんなのは、障害にもなんないよ」


 少女は、舞うように滅びに挑んだ。その手には、意志が編んだ火焔ほのおの剣。流麗な舞が、輝く軌跡を残しながら、災厄の獣を次々に打ち倒していく。

 ……なんて、綺麗。


 ――だけど、駄目だよ。普段なら、それで良いのかもしれない。私の近くでは、悪いことは絶対に起きる。だから、全部に気を払わないといけないの。


「ッ!?」


 ……ほら、つまづいた。そんな隙を見逃すわけもなく、災厄の獣は、無防備な少女に飛び掛かった。組み伏せられ、抵抗もできないまま、ほんの些細な油断で、少女の命運は尽きた。

 一拍置いて、鮮血が噴き上がる。綺麗だった少女も、流れる血だけは黒く濁っていた。

 ……何の非もない貴女を、巻き込んでしまってごめんなさい。素直に、捨て置いてくれればよかったのに。


「……なんだ、今の!? これが、噂に聞く不慮の事態アクシデントってやつ!? んだねえ、こういうの! あっははは!」


 目をみはる。少女は、死んでいなかった。私の死運デッドラックに巻き込まれて、死ななかった人を見たのは初めてだった。


「……どうして、生きてるの?」

「うん……? ……ま、からだろうね! やっぱり、君のことが気になるよ。名前は?」


 明確な不幸に遭遇しておきながら、なおも「運が良い」と断言した人も、初めてだ。本当に、不思議な人。


「……私は、アイリフォート」

「アイリちゃんね。アタシはナツキ。よろしく!」


 屈託なく笑い、私に手を差し伸べる彼女ナツキは、どこまでも眩しかった。

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彷徨える金月の娘 雅郎=oLFlex=鳴隠 @Garow_oLFlex

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