微睡む蒼月の娘

 蒼月シャンにも求めたものはなかったから、今度は私自身の理想を見た、金月ガルデナに向かった。金月ガルデナには、故郷とはまた違った活気があった。競うような、争うような活気ではなく、芽吹いた命がただ精一杯に伸びるような、そんな活気が。


 もちろん、どこに居たって、私自身の不幸は変わらなかった。死運それは、どれだけ認めたくなくても、私の宿命だった。

 それにはもう、ずっと昔に慣れてしまった。私自身の不幸は、私にとっての当たり前だった。どれだけ願おうと、運命が私を殺そうとするのは、変わらなかった。昔から、死に抗うのは、ただの日常の一部だった。 展望は、いつでも真っ暗な闇だった。彼方へと叫ぶように、光を探した。


 だから、私はお友達が欲しかった。ずっと一緒に居る必要はなくても、たまに一緒に居るときに、ちゃんと死運デッドラックを跳ね除けられる力を持つ、対等なお友達が欲しかった。

 この金月ガルデナにも、見込みのありそうな子が居た。晴れ渡る蒼空のような髪に、惹き込まれるような淡い紅の瞳。どこまでも穏やかで、いつだって眠たげな、可愛い子。


 彼女にも、かつて銀月シルヴィアにしてあげたように、私の力の使い方を教えてあげた。彼女は、銀月シルヴィアなんかよりもずっと優秀で、私には思いも付かなかった力の使い方を編み出した。凄く、参考になった。

 彼女の異能が完成する頃、彼女もまた、遥かの月に憧憬を見た。蒼月シャンに魅入られた彼女ナミは、蒼月そうげつのナミとなった。


 だけど、やっぱり彼女も、私には構ってくれなくなった。彼女の『欲望の檻デザイアル・ケージ』は、彼女の時間の殆どを、眠りに費やした。欲望のぞみが満たされる間、理に反して永遠に幸福なままでいられる、彼女の異能は、いつまでも眠りを望む、彼女が起きている理由を奪った。


「ねえ、蒼月シャン。たまに、でいいの。私とも、遊んでほしいな……」

「……にゃふ……。……ごめんねぇ、アイリさま。ずうっと寝てて。……アイリさまも、一緒に寝よう……? 気持ち、いいよ……。……すやぁ……」


 穏やかな陽だまりの中で眠る彼女は、いつでも本当に幸せそうだった。とても、良いことだと思う。

 だけど、その思いを、私は共有出来ない。私は、もっと寂しくなった。


 ねえ、神様。やっぱり、私が悪いんでしょうか。

 私には、一緒に生きてくれるお友達すら、過分でしょうか。神様には、お友達も家族も、大事な人も居ないんですか。


 零れる涙は音もなく、金月ガルデナの野に染み込んでいった。


「……泣かないで、アイリさま。……間違ってなんて、ないよ。わたしは、アイリさまの期待には、答えられなかった、けど……。……むにゃ……次はたぶん、上手くいくよ……」

「……ぐすっ。……蒼月シャン。本当に、そう思ってる……?」


 無責任な慰めにも聞こえるその言葉は、しかし確信とともに語られているらしい。蒼月シャンは、私を安心させるように、微笑みを浮かべながら答えた。


んだぁ、わたし。銀月シルヴィアにね……アイリさまが隣にいることを、心から嬉しく思ってくれる子が……いるんだ、って。……その子は、わたしみたいな、お寝坊さんじゃないよ」

「……蒼月シャンは、やっぱり私が隣に居るのは、嫌なんだね。知ってた」

「……そういう意味じゃ、ないよぉ……。わたしだって、アイリさまのことは、好きだよ……? 力にはなれなくて――一緒に隣を歩けなくて、本当にごめんねぇ……。……ぐぅ……」


 言うだけ言って、寝てしまった。

 その言葉を、信じられるかは分からないけど。それでも、私がやる事に、変わりはなかった。穏やかに寝息を立て始めた、彼女の髪を撫でる。


 別れは、名残惜しいけれど。まだ、目的は諦められない。私は、最後の月にも行く。お友達が、希望をくれたから。


 ――いつか、別のお友達が出来たら。その時は、蒼月シャンにも紹介するね。

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