嘲笑う銀月の娘

 故郷に幸福がないのなら、遥かの月にはあるのだと信じて、私の魂は蒼月シャンに至った。蒼月シャンには、故郷に比べて、穏やかな時間が流れていた。私は、外から見た故郷が紅月クリムスであることを知った。


 当然、私の不幸は変わらなかった。私の死運デッドラックは、私の魂に刻まれた宿命ものだった。少々遠くに行こうとも――きっと、次元を隔てた場所に行ってすら、私が私である限り、私はずっと不幸だった。


 ひとり、気になる子が居た。銀色の長い髪に、強い嫉妬に燃える紅の瞳。その子もまた、私と同じように、得難い幸福を求めていた。この子なら、お友達になれるかも知れないと、そう思った。

 だから私は、彼女に私の異能ちからの使い方を教えた。世界に漂う、スピリタの集め方を。そして、人の心を読み解いて扱う方法を。


 彼女には、そんなに上手ではなかったけど、私の力を扱える素質があった。幸福を求める執念が、私の力を強く求めていた。一通りの力が使えるようになった頃、彼女は遥かの銀月シルヴィアに自らの理想を見た。ただのナギだった彼女は、銀月のナギナギ・シルヴィエッタとなった。


 だけど、それからは。銀月シルヴィアは、私には構ってくれなくなった。彼女は、人心を操って、自分の好きに扱った。彼女は、自らの不幸を、別の誰かに押し付けた。銀月シルヴィアは、他者の存在を奪い取って、いつまでも美しく在り続けた。

 転死の秘術。銀月シルヴィアの生み出した、不完全で非効率な呪い。望ましくない事象ことを、別の誰かに肩代わりさせる、因果歪曲の邪法。


「ねえ、銀月シルヴィア。私は、は良くないと思うの」

「何を言ってるの、金月ガルデナ。あたしに魅入られた下僕をどう扱おうと、下僕こいつらは喜んで受け入れるわ。使えるものを好きに使って、何が悪いの?」


 強いた犠牲に対して、得られる利益が少な過ぎるのに、それを改善する必要すら感じていないらしい。それは、間違いなく銀月シルヴィアの能力の低さを表していた。やりようは、幾らでもあるのに。


「そんな風になるんなら、私はあなたには力を与えない方が良かった」

「後悔してるの? あなたは、使ものね? 銀月あたしの方が、金月あなたよりも優秀だったのが、そんなに嫌なのかしらぁ?」


 勝ち誇ったように、銀月シルヴィアは言う。

 ……そうだね。後悔は、確かにしてる。彼女の高慢を見抜けなかった、私自身の目の曇りを。これは、明確な過ちだった。一時いっときの感情と感傷が、致命的に判断を誤らせた。

 こんなことは、もうあってはならない。


「そう思うんなら、もうそれでいいよ。さよなら、錆の銀月ラスティ・シルヴィア

「敗北を認めるのね、金月ガルデナ。ええ、艷輝銀月ラスティフォート・シルヴィアは、これからも自由にやるわ」


 ……今回は、酷く失敗した。お友達にするのなら、もっとまともな人じゃないと、駄目だ。


 ――きっと、今度の月にこそ、本当の幸福があると信じて。私はまた、月を渡る。

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