第3話 黒い悪夢と殺意を抱いた獣
ただひたすら怖かった寂しさと、辛かった今までの道筋。そして、そのすべてがどうでも良くなる位の怒り。
短剣を両手で持って、立ち向かおうとしたその瞬間だった。
あれ?僕は短剣を地面に落としてしまった。
手が滑った?いや、違う。
僕のちっぽけな怒りなんて軽く打ち消すかの様なブラックイーターの咆哮が洞窟に木霊して、驚いて手を滑らせてしまったからだった。
洞窟全体に響く、重いブラックイーターの遠吠え。そして、左目に映る真っ赤なオーラ。
全身の毛穴という毛穴から、汗が吹き出す。手足に力が入らず、膝がガクガク震えて来た。
対峙して解る、これはまるで人が巨人に向かって行く様な、あるいは見つけた時限爆弾が後十秒で爆発するのが解る様な圧倒的絶望感。さっきまでの怒りが段々と覚めてくる。
慌てて拾った短剣を両手に握りしめ、ガタガタ震えながら、ゆっくりと後ずさる。身体の痛みは、恐怖のお陰であまり感じなくなっていた。
洞窟の中は、ブラックイーターのハアハア言う息だけが聞こえる。でも、何故奴は攻撃してこないんだろう?
僕みたいな子供、一撃で片付ける事が出来るはずなのに……。
思考が恐怖を凌駕し始める。
何故だろう?を考え出してから、震えが止まった。ブラックイーターの目線を追えば奴は、グルルと唸り声を続けながら僕から目を逸らさない……いや、違う。
僕のズボンのポケットから漏れだす光に注目しているんだ。
恐怖と痛みに麻痺した頭が試せと囁く。
間違いだったら即死亡のデスゲーム、それでも僕は動かずにいられなかった。
僕は一歩前に踏み出した。
ブラックイーターは、光から目を逸らさずに……。
一歩下がった!!
そうか、こいつは、この光を恐れているのか?まだ、確定では無いけど、どうせやれる事は、ほとんど無いんだ、やってやる!!
僕は、短剣を右手に持ち、左手にズボンから鍵を取り出した。
鍵の光が暗い洞窟で光る。ブラックイーターは、唸り声の声色を二段階ほど上げて、嫌悪感をあらわにする。
「やっぱり、お前はこの光が怖いんだ」
妙にはっきりと言葉が出た。
『くっ、それがどうした…、そんな光があった所で、貴様が隙を見せた瞬間にどうなるか、解っているだろう?』
『大人しく、死ね!!』
ブラックイーターから苛立ちの様な思念が送られてくる。
「嫌だ」
僕は、気が狂った様だ。
「お前が嫌がる事なら、いくらでもやってやる」
僕はいつの間にか笑っていた。
明らかに、異常な立ち振舞いをしている。正直、完全にもう死ぬだけだと思っていたのに。
正直、僕の全身の傷はかなり不味いと思う。いつまで、動けるか分からない。
でも、少しだけ見えた希望に僕はすがる。
僕は、笑って言った。
「何かゲームみたいだ」
僕は、巨大犬に鍵をかざす。少し、懐中電灯を照らしている様な気がした。
ブラックイーターは、火から遠ざかる獣の様に、(まぁ実際、外見上は巨大な犬の様だが)二三歩、後ずさる。
さっきまで、威勢が良かった化け物が、怖がっている。その興奮に、僕は夢中になっていた。
ブラックイーターは、光を嫌がって思い切り後ろに飛び下がる。もっと前に出ようと僕が足を一歩踏み出した瞬間だった。地面が急に無くなった様な感覚に陥る。こんな時に限って、膝に力が入らなくなりバランスを崩してしまったのだ。
血を流しすぎてしまったのかも知れない。体力の限界になってしまったのかも知れない。もしかしたら、その両方なのかも知れない。ふらつきに焦った僕は短剣ではなく鍵の方を落としてしまう。
不味い、不味い、不味い!!
慌てて鍵を取ろうとしゃがむ。
急げ、急げ、急げ!!
まるで一秒が急に一分になったかのように、一分が一時間になった様に、身体が鉛の様に重かった。
だが、ブラックイーターがこの瞬間を逃す訳が無い!!岩で出来た床を抉る程の強い脚力で僕に一気に飛びかかって来た。
条件反射の様に、短剣を前に突き出す!!
奴は、噛みつくでも無く、爪で引き裂くでもなく、ただ、僕を吹き飛ばそうと体当たりをする。鍵の光だけが、己の障害だと解っているのだ。
突き出した短剣など無かったかの様に、僕は突き出した腕ごと吹き飛ばされた。短剣は吹き飛び、突き出した腕は、変な方向に曲がっていた。
ブラックイーターは間髪置かずに噛み殺そうと僕にのし掛かってきた。
一本一本が僕の指以上の大きさの牙が並んだ巨大な口を大きく開けて一気に頭を噛み砕こうとする。
「クソ犬ーー!!」
僕は、痛みと怒りが混ざりきった叫びと共に、必死に掴み取った鍵を力の限りに振り下ろした!!
グシュと硬いトマトを潰す様な感覚が腕に残る。
一体、何がおこったのか?振り下ろされた鍵はまるで光の矛の様に、ブラックイーターの左目に吸い込まれ、それと同時に空気を引き裂くような叫びに似た咆哮、巨大な黒い塊、片目を潰されたブラックイーターがゴロゴロ転がり、身体を洞窟中に打ち付けている。真っ赤だったオーラは心なしか少し薄くなっている気がする。
ブラックイーター本体の叫び声と、僕にぶつけられる強烈な憎悪と殺意が頭に激しく揺さぶる。僕は、潰されない様に転がってブラックイーターから逃げる。多分、下敷きになったら、即座にアウトだろう。
しばらく転がり、ようやくヨロヨロと、立ち上がったブラックイーターは、潰された片目の痛みに唸り、憎々しげに牙をむいた。
『我があんな一撃を喰らうだと……貴様の様な小さき存在に我が……このブラックイーターが!!』
叫び声と笑い声が混ざった様な声で黒い塊が喚きながら、ゆっくりと立ち上がり、前足を振り上げた。
『今、この前足を振り下ろせば貴様なぞ簡単に殺せるが……良いだろう今日は、我の敗けだ、貴様を見逃す。我はこの右目の傷と共に去ろう。そう、その行為が我を強くするだろう。』
『だが、忘れるな!!』
前足を地面に強く打ち付ける。地面に前足の形をした大きな足跡を作った。
その凄まじい破壊力に恐怖していると、
『いずれ、我は貴様を殺しに行こう。貴様の魂の匂いは覚えたぞ、どんな力を使ってもどんな手を使っても貴様を殺しに行こう。覚えておけ小僧、俺は必ず貴様を殺しにやって来る。貴様がいくら姿を変えようと、貴様を何処に逃げようと』
ゆっくりと後ろを向くと、己の影を踏みしめる様に歩きだすブラックイーター。
『夜寝る前に思い出せ、夜の闇に恐怖しろ、我が名はブラックイーター、貴様を殺す黒の王だ』
そう言うと、ブラックイーターは一度大きく吠える。
『良い事を教えてやる』
ブラックイーターは潰れた目からどす黒い血を流しながら言う。
『我は、人を食べる毎に進化する。せいぜい強くなってくれ小さき魂よ、我は貴様を殺す為に人を喰らい強くなる。我に殺される日まで恐怖し続けろ。我を失望させるなよ』
巨大な黒い悪意は、僕に背をむけて立ち去って行く。赤いオーラが段々と遠くなって消えた。
「二度と会ってたまるか……」奴が消えたのを見て僕は膝から崩れ落ちる。
緊張の糸が切れてしまった。僕は、余りの痛みにゆっくりと気絶してしまったのだ。
『レベルアップ、七瀬四季はレベル10になりました』
気絶した僕は、自分がレベルアップしたのも気付かなかった。そして僕は、夢の中で彼女に出会う事になる。
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