黒髪の香りー1ー

─── 花を思わせるその髪の香りが心を狂わせる


 「無事に部に昇格!おめでとう!」

 と、大声が古びた旧校舎に響き渡る。

 「お、おめでとぉ・・」

 っと、遠慮気味に榊木はにこやかに声をあげた。

 

 その絵をかいていた女性に一緒に絵を描きたいと思い切って声をかけた榊木。

 急に声をかけられた彼女は驚いて目を白黒させていたが、そのあと満面な笑顔になり、榊木の手を取る。

 彼女から初めて聞いた言葉は・・・


 ─ありがとう─


 「本当に榊木さんには感謝している。ようやく大手を振って絵を描くことがまた叶うもの」

 「・・いえ・・私もどの部活に行こうか悩んではいたので・・好きな絵が描けると同時に部の復活も叶うなんて・・本当によかったと思います」

 「本当にあなたには感謝しているわ。なんてお礼をいっていいかわからないくらいよ」

 「いえ・・そんな」

 先日の冷静沈着なイメージとは売って変わって活気のある人だった。どうやら絵を描いているときだけ性格がかわるみたいだ。

 名前は結芽と名乗った。苗字だけ・・で・・名前は言わなかった彼女。

 (できればお名前でお呼びしたかったのだけど・・)

 なんど聞いても、苗字しかなのらない彼女。なにか名前にコンプレックスでもあるのだろうか。

 とりあえず、同窓会の元のメンバー・・いや、彼女一人だけだったが、部長と呼ぶようにした。

 「で、部長。早速ですけど、新生美術部の今後の目標とかは・・」

 ペットボトルのコーラをぐびぐび飲みながらの状態で急に話しかけられた彼女はびっくりして急にむせだす。

 「!! 大丈夫ですか?」

 「けほ・・ん・・大丈夫・・そうね。部となったからには、まずは賞をとらないと・・」

 「コンクールに出せる作品を二人で描くんですね」

 「ん・・けほ・・そうなるわね。まずは夏の県コンクールでの賞を目指すわ。あなたの実力・・見せてもわうわよ?」

 「はい!がんばりましょう部長!」

 と意気込みを見せる榊木。すると彼女はペットボトルをテーブルに置くと小走りで部室の奥にある布のかかったイーゼルを引き出す。

 「あ・・それは・・」

 「そう、あなたの入学式も描いていた書きかけの絵だけど・・これを部に昇格したからコンクールにだせるようになる・・」

 そう、あの時、一人の部室で黙々と描いてた絵・・。

 榊木は何を描いていたのか興味があった。

 (一人で・・何を・・描いていたのかしら・・)

 そして彼女がその布に掴む。榊木は生唾を飲みながらその絵を公開される瞬間を凝視した。


 ・・・


 ・・・・・ 


 (できていない・・)


 絵は、完成していなかった。

 背景はほぼできていた・・しかし人物はただ鉛筆で当たりを取ってあるだけ。

 未完成画だったことに榊木は拍子抜けした。

 (未完成だなんて・・でも・・これは女性の体のデッサン・・誰を・・モデルに・・?)

 そう思った瞬間。彼女は声をあげる。

 「ようやく完成するの。最高のモデルが見つかったから」

 「え?」

 その瞬間、彼女はふわっと榊木の背後に立ち、両肩をぎゅっと握りしめる。

 「あ・・」


 「そう、榊木さん・・あなたがモデルになるの!!」


 ***


 未完成で進められていた絵を熱心に描いていた彼女のことに驚かされたが、まさかその未完成のモデルが自分だとは思わなかった。

 多分別なモデルがいたのだろう・・しかしそれが急に使えなくなったから筆がすすんでいなかった。

 そうとしか思えなかった。

 榊木は日が沈みかける夕暮れまで部室の窓から夕日を眺めて考え事をしていた。


 「・・部長は一体誰をモデルに・・同窓会だったから部員はいないはずだったし・・」


 同窓会だったから他の部員はいなかったはず・・しかしモデルはその形で残っていた・・そして入学式に描かれていたラフ・・榊木は多分卒業した先輩がおり、その先輩をモデルに描こうとしていた・・が、入学式の前の行事といったらもちろん卒業式・・多分その元のモデルが卒業した先輩だった・・というなら合点はいくと思ったのだ。

 (だから未完成・・だったのね・・しかし絵を進めるしかないから・・想像で筆を進めていた・・としか・・)


 すでに部長は帰宅していた。家の大事な用事があると言い足早に部室を去っていった。

 そして一人取り残される榊木。

 

 部活動の時間の終わりまで時間がまだあったので自分が出すコンクールの絵の構図を考えながら窓に肘をついて考え事をしていた。しかし作品よりも昔のモデルの存在が気になってしかたがなかったのだ。

 「うーん、なんか構図も思いつかないし・・部室に一人のこっていたってしかたがないから帰ろうかな・・」

 榊木は大きなため息をして伸びをすると、窓をしめて帰宅の準備をするのだった。

 机に置いていたバッグを取った瞬間、ひっかかってぱさっと落ちる小さな袋。

 (・・?これは・・部長の私物?)

  そっと手に取り隙間から中身を覗く。

 (う・・これは大事なものね・・持って行かないと部長こまるんじゃないのかなぁ。けど、もう帰宅したし・・明日・・でも・・うーん)

 ちょっと頭を悩ませたが、これは持って行かないと部長の都合が悪いのではないかと思い、足早に部室を閉めて旧校舎をでる。そして職員室に行き、部長の忘れ物を顧問に届けたのだ。

 「・・あの、先生。これ部長が忘れた大事なものなのですけど」

 「あら・・そうなの?先生があずかって明日渡せばいいのかしら」

 「いえ、これは・・あれなので・・とどけないと部長が困るのではないかなって思いまして」

 顧問も中身をちらっと確認して、納得した素振りを見せる。

 「そうね・・結芽さんに早めに渡さないといけないわね。いいわ。私が帰宅時に・・」

 「いえ、先生はまだお仕事が残っているようなので私が届けますが・・」

 「え・・でも・・結芽さんのご自宅わからないでしょ?」

 「先日お話したときに学校からあまり離れてないって聞いたので、住所を教えていただければ私がとどけます」

 「え・・えぇ・・そうね・・あまり個人情報はだせないんだけど・・あなたなら責任感あるし・・まかせられるかしら・・部の後輩ですし」

 「はい!誰にも住所は誰にもいいませんので。先生を困らせるようなことはしません」

 「では、よろしくね。榊木さん」

 「はい」

 顧問から走り書きの住所のメモをもらい榊木はメモを見ながら昇降口を抜ける。

 外にでるとささっとスマホに住所を入力し、地図を確認した。

 (たしかに、学校からはほとんどはなれてない・・けど・・)

 とその住所の方向を眺めると小高い丘のような山が見える。そこに住宅が森にかこまれて建っているのが確認できた。

 (・・たしかに・・近いけど、山登りになるなぁ・・ちょっとつらいかも・・)

 ついつい深いため息が出てしまった榊木だが、意を決めると校舎をでて小高い丘の上へと足を進めた。


***


 ─数十分後・・・

 「はぁー・・ついたー。結構上ったかな」

 後ろを振り開けると小さく校舎が見え、その先には海が広がっている。

 ひゅぅっと強い風が吹く。とっさにスカートを抑える榊木。

 「さすがにこれだけ高い場所だと海風が強くふくわね・・・。でも潮風が気持ちい・・部長・・いい場所に住んでいるんだなぁ・・」

 そういいながら振り返る。そこには庭の広い邸宅が構えていた。

 (・・部長・・ご両親お金持ちなのかな・・)

 あまりにも大きな家に少し身が重く感じたが、頼まれていまさらというわけにもいかないし、実際に部長の家に着いたわけだからなにか怖い人がでてきても気を乱さないよう、しっかり意を決めて門を抜ける。

 (・・監視カメラとか・・ないね・・でも広い庭・・ん・・あれは・・)

 芝で埋め尽くされた庭を見渡しながら足をすすめるとふと大きな家から渡り廊下でつながる不思議な建物が見える。どちらかといいうと海のほうに面した方角・・壁面は前面ガラス張り。屋根もいくつかの箇所がガラスになっている。

 (あれって・・温室・・?なのかなぁ・・中が・・見えない・・壁面のガラスはマジックミラーね・・)

 その不思議な建物に目を奪われながら玄関に向かう。

 大きな扉が目の前にある。インターホンとかはない。古風な紐で揺らして鳴らすドアベルだ。

 榊木はその紐を手に取り、カランカランと数回音を鳴らす。

 ・・だれも来ない・・大きな建物だから使用人かだれかが出てくると思ったのだが・・。

 ・・すると、バタバタと走る音が聞こえ近づいてくる。

 息を飲む、榊木。

 そして、ゆっくりと大きなドアあ開けられる。

 「はい、申し訳ございません。どなた・・って・・榊木・・さん?」

 突然の後輩の来訪にあっけをとられたような表情を見せる部長。

 「あ・・こんにちは・・部長・・あの、これ・・届けようと思って・・」

 「これ?」

 わたわたとバッグから小物入れを取り出し榊木は部長に差し出す。

 それをみた部長はすぐに顔を真っ赤にさせる。

 「あ・・えと・・ごめんなさい・・変な気を使わせちゃった・・」

 「いえ・・でも、部長がないと困ると思って」

 「え、まぁ・・ないとこまるけど・・でも・・ありがとう・・榊木さん」

 「いいんです。ここまでくるのにも結構体力つかちゃって。運動がてらにもなりましたし」

 「よね・・!あ!喉乾いたでしょ?せっかく来たんだし飲み物おだしするわ」

 「あ、えと・・おかまいなく・・」

 「そんなこといわない!せっかくきたんだし。ね!」

 部長はぐっと榊木の肩を両手でつかむ。

 「あ・・」

 一瞬どきりとする榊木。

 部長は頬の近くまで顔をよせ、耳元でささやくように誘う。

 そして、鼻につく微かな女性の香り。

 「ね・・いいでしょ。・・あなたに見せたい物もあるの」

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