新緑の芽生える桜の下で

─── うっすらと緑をみせる木々の中、黒髪の彼女が視界からはなれなくなった



 「・・それでは、新入生の皆様。生涯忘れない良い思い出の高校生活を」

 入学式での最後の生徒会長からの祝辞を聞き、息苦しい雰囲気から解放される。

 榊木は体育館を出ると大きく息を吸い込んだ。

 今まで住んでいた都会の排ガスにまみれた空気とは違い、この高校の空気はとても気持ちがいい。

 少し無理をして郊外の高校に進学して正解だと思った。


 他の新入生がちりぢりになり新しい友達出会いを求め、初めて会うあたらしい同級生と会話を楽しんでいる。

 しかし榊木はそれには混ざらなかった。いや「混じらなかった」。

 榊木の目的は新しい友達との新しい生活ではなく、榊木をだれも知らない環境で自分自身をリセット・・ だれも榊木を知らない環境にしたかったのが目的だった。

 この高校は普通校であり、大学進学がみなの目的ではあるが、将来もそれほど榊木は描いてはなかった。

 ただ変わりたかっただけだったのだ。


 (・・うん、この高校に合格できてよかった・・本当にいい環境・・・海が見渡せる高校なんてそうそうないものね・・)

 上機嫌な榊木は大きく伸びをすると、他の生徒に眼をくれず、渡り廊下を駆けていった。


 ***

 

 「こら!新入生!!廊下をはしらない!!」

 突然、大声で呼び止められる。教師にさっそく眼にとめられた。

 「す・・すみません・・」

 「リボンつけてて・・新入生ね。だめよ。まだ生徒手帳に目を通してないと思うからいうけど、校則違反だからね」

 入学してすぐに怒られた榊木は気を落としてしまった。

 「まぁ、受験でがんばって合格したんだからはしゃぎたくなる気持ちはわかるわ。ここもみんな希望をもって進学してってね。私がいうのもなんだけど、ここの生徒はみな生き生きしているの。だから元気なあなたをみるのも悪いってわけじゃないわ。でも、はしっちゃだめ!!ぶつっかったらあぶないからね」

 「・・は、はい!」

 「うん、良い挨拶。では3年と短い期間ではありますが、よい高校生活を!」

 榊木は頭をぽんぽんと2回叩かれる。そしてその女性教師は笑顔で去って行った。

 (・・はなからおこられちゃった・・でも・・いいかぁ・・気分いいし・・)


 他の生徒でごったがいしている中をかき分け、張り出されたクラスわりを見る。

 「えと・・C組かぁ・・席も後ろの窓際・・私も運がいいいなぁ・・」

 地図で教室の場所を覚え、初めての始業のホームルームに遅れないよう、早歩きで移動することにする。

 二階へ昇り、廊下の窓から外を眺める。

 木々が茂る中、古びた校舎が目に入る。どうやら旧校舎のようだ。話にも聞いてるがこの高校も長い歴史があり、校舎も複数回建て替えられているそうだ。新校舎はコンクリートでつくられた堅物なイメージがある建物ではあるが、木造の旧校舎も取り壊されずに敷地に残っているのだ。

 「・・へぇ・・木造の校舎もあるんだ・・」

 旧い建物に目がいってしまうが、見入っているわけにはいかない。急いで教室にいかないといけないとおもった榊木は視線をそらして前をみようとした・・。


 ── ・・の瞬間、古びた校舎の窓から、黒髪の美しい女性の姿が見えたのだ。

 一瞬、どきっとする榊木、まさか幽霊とおもって見直すが、たしかに彼女は旧校舎にいた。

 ただじっと前をみすえて・・。

 何をしているのだろうと榊木は思う。そして少し前にでて窓から背を伸ばしてその部屋をのぞきこんだ。


 彼女はキャンバスに向かいあい、無心のような表情で筆をとっていた。

 「・・絵・・絵を・・描いている・・」

 何を描いているのか、それまではわからない。しかし彼女は入学式だというのにその式に参加せず絵を描いている。

 誰にも混じらず、校則にも従わず・・すくなくとも年上・・上級生なのは間違いない。入学式そうそう絵を描いているわけがないからだ。


 気にとめていたら、丁度教師とすれ違う。思わず教師に声をかけた。

 「あの!!」

 「ん?どうした?・・新入生か。いいのか、ホームルームに遅れるぞ」

 「あ・・いえ・・聞きたいことが・・」

 「なんだ?」

 「この高校って美術部があるんですか?」

 「あー、いやそういうのはないなぁ・・上級生が卒業して今は部員一人だ。まぁ部としての形がなくなってしまったからいまは同好会扱いだな」

 「一人・・」

 あの黒髪の女性は一人で絵を描き続けていたのだろうか。

 榊木自身もだれにも感化されずに過ごしたかったから彼女がうらやましく思えたのだ。

 彼女自身も実は絵心はあった。今は亡き祖父と絵を描いて過ごしていたからだ。絵は嫌いではない。

 定年後もくもくと絵を描いていた祖父の背中をみてまねごとのように始めたことではあったが、祖父と一緒に描いているうちに祖父にも絵心があると褒められたものだった。

 祖父が亡き以来、絵はやめてしまったのだが・・。

 黙々と筆をとるその黒髪の彼女にうっすらと祖父の背中が重なって見えたのだ。


 ***


 入学当日であったためホームルームが終わると、体育館での学校紹介やらいろいろな催し物があった。学校生活自体に興味があまりなかった榊木には退屈な時間だった。

 お行儀わるく椅子に手で掴んで体育館の天井を眺めていたらふとあの黒髪の彼女が脳裏に浮かぶ。

 (・・同好会・・であれば・・部員募集はしていないか・・でも・・なんか私もまた、絵が描きたくなったなぁ・・)

 高校生活が始まり、初めての興味が絵になった。進学校なのに絵を描くことに特化のはどうかとは思われそうではあるが・・大学へ進むよりも、やはり今は今で大事にしたいと思うのだ。

 周りからすれば部活は二の次、進学の為勉学に励むのが普通校なのだが・・。

 (絵・・かぁ・・それよりも・・あの黒髪の上級生・・一体なにをかいていたのかなぁ・・)

 絵のことだけではなく、あの女性にも榊木は興味を覚える。入学式にも参加をせず・・いったいなにを描いていたのだろうか・・。興味が絶えないのだった。


 ***


 そして本日全ての催しが終わり、帰宅の時間となる。

 新入生はみなちりぢりに校舎を眺めて歩いてた。

 そして初日にも既に部の募集をかけている部員もいる・・運動部に・・文化部にと・・。

 榊木は周りを見渡す。あの黒髪の女性はいないのかと・・。

 しかし、姿はまったくみえず、うざいぐらいの勧誘をうけまくっていた。

 榊木はひらひらと笑顔ではぐらかしながら勧誘を断っていく。そして人混み離れた所でため息をついた。

 (はぁ・・だめね・・この環境は・・もしかしてあの人はあの旧校舎にいるのかな・・)

 旧校舎にいる可能性は大いにあった。なににも参加せず絵を描いていたのだ。勧誘にも興味がないのかもしれない。

 意をきめて、旧校舎に向かうことにする。

 これは榊木にとって意に反した行動。元々人となれ合う気はさらさらなかったから。

 でも、久々に沸き上がった創作の気持ちには逆らえない。あの真っ直ぐキャンバスに向かう彼女に心を揺れ動かされたのだ。


 ***


 旧校舎の前に立つ。意を決めて扉を開ける・・が・・開かない・・。

 どうやら鍵が掛かっているようだった。

 「・・あの人・・もう帰ったようね・・」

 せっかく覚悟を決めたのにいなかったのにがっくりと肩を降ろす榊木。

 バッグを手にとると下校することにする。

 地面をみながらとぼとぼと歩いていると、ふわっと、長い黒髪が視界に入った。

 一瞬どきっとする榊木。この高校で長髪の生徒はいなかった。唯一いたのは、あの女性一人・・。

 意を決めると、榊木はいきよいよく振り向き、大声で声を掛ける。


 「あの!!!」

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