静寂

 ──夏の風が窓からカーテンを揺らしながら吹き込んでくる。聞こえるのは葉の擦れる音と、呼吸の吐息だけ


 鞠は黙々と絵を進めていた。向かい合って一緒に作業をしているのは榊木先輩。先輩の姿はない。

 先輩との行為があったあの日の後日、先輩は2年の男子生徒を殴ったらしい。

 教師にすぐに取り押さえられ、そのまま生徒指導室へ。生徒への暴力で停学の処分を受けてしまった。

 鞠はそのことを聞いて大変ショックを受けたが、原因は自分にあったと思っていた為、ものすごく気が重かった。自分が目の前にいる榊木先輩の誘いに軽率に乗ってしまったから先輩を傷つけたのかもしれない。そう思ったのだ。それが彼女の暴走の原因だと・・。

 「ふぅ・・ほんと、部長がいないと静かね・・」

 筆をおろすと榊木は伸びをする。

 「・・え・・えと・・進路とか・・やっぱ・・影響・・でます・・よね・・」

 「うーん、そうねえ・・この学校でこんなことは聞いたことはないから・・しかし、部長が手をあげるなんて・・なんでそんなに怒ったのかしら・・・」

 鞠はドキっとした。自分に原因があったからだと思っていたからだ。

 筆を叩き付けるように置く鞠。その音にびっくりする榊木。

 「ぶ・・部長は・・悪くない・・私が・・」

 「私が・・?」

 不思議そうにみる榊木先輩の顔を見ると鞠も我に返り顔を赤くして縮こまる。

 (・・い・・いえない・・先輩と・・あんなことしたなんて・・ましてや榊木先輩とも関係あるのしっているし・・)

 「てい!」

 頭の上に本で叩かれる鞠。

 びっくりして後ろをみると、そこには先輩がニコニコしてたっていた。

 「部長!?」

 「結芽部長?」

 本をもって手を組んで立つ先輩。

 「ごめんね、しばらく学校を休んで。停学といっても数日だけだったから。あと反省文を書くだけ。あの男にはあやまさせられたけどね」

 「ご・・ごめんなさい・・私のせいで・・」

 「ん?何で鞠があやまるの?手をあげたのはあたしだから、あなたはなにも関係ないわ」

 「結芽部長・・鞠ちゃんとなにかあったのですか?」

 ふたりの会話の流れに疑問をもった榊木が割ってはいってくる。

 察しられたのかと思い、鞠は動揺する。

 「ん?なにもないわよ。まぁ、あれはあの男とあたしの問題」

 「・・そう・・ですか。鞠ちゃんとなにかあってそれが原因で揉めたのかと思って・・」

 ・・なにもなかった・・わけではない・・先輩といやらしい事を学校内でしてしまった。

 あの時、あの瞬間をふと思い出した鞠はお腹がきゅんとするのを感じた。

 (・・だめ・・思いだしただけで・・なんか・・)

 二人で立ち話をしている所の中、鞠はもじもじとしている。

 「ん?どうしたの?」

 「あ!いや・・なんでもない・・です」

 部長は下半身の仕草を見るなりなにかを察したかのようにかすかに笑みを浮かべる。

 「とにかく何でもないわ。あたし個人の問題。ただ、美術部のイメージを下げてしまったのは事実・・二人に迷惑をかけて本当にごめんなさい」

 「いえ・・結芽先輩だけの問題ではないのでしょ?大丈夫、私もがんばって作品を仕上げるから賞ををとって悪い評判をなくすように努力しましょう?」

 「は・・はい。私もがんばります・・」

 なにやらきょとんとしたような目で二人を見る先輩であったが、あらためて二人の手をとる。

 「うん、ありがとう。がんばりましょう?」


 ***


 「今日は外で風景画にしましょう?たまには気分転換も必用だと思って」

 「え・・久々に水彩ですか?いいですね」

 今日の放課後、先輩は二人に外で絵を描こうと提案をする。

 外で絵を描く・・鞠もしばらく行っていないことだ。

 夏の午後だ。日中の蒸されるような暑さもない。風景画には支障はないだろう。

 「そっちのロッカーに水彩の画材が一式あるわ。鞠はそれをもってね。あたしは画板と画用紙用意するから」

 「は・・はい」

 使いふるされた錆びたロッカーの中には水彩絵の具やら筆・・その他いろいろな画材が入っていた。それを人数分鞄に入れる。

 ふと・・先輩のほうをみる。

 画板を手に取り榊木に渡す。先輩も機嫌がいいのか笑顔を見せている。

 (・・そういえば先輩の純粋な笑顔はしばらく見ていない気がする・・)

 惚けて見ていると、先輩が鞠に声をかける。

 「なにぼーっとしているの?学校から部活動外出許可とっている時間は2時間だけだから移動だけで絵が描けなくなってしまうわよ?」

 「あ・・はい」

 先輩らはやや急ぎ足で部室をでていく。急いで追いかける鞠であった。


***


 「・・綺麗・・」

 先輩につれられてきた場所は学校から数分歩いた小高い山。そこの一角は開けておりそこからは学校と町並み・・そして海が見渡せた。

 「こんなスポットあったんですね。知らなかった」

 「まぁ学校から近いけどお気に入りの場所・・海まで見渡せるでしょ?」

 「はい・・」

 「さ、さっさとはじめるわよ。課題はこの風景」

 鞠は草むらにすわって画板を膝に起き、鉛筆でスケッチを始める。

 ふと気づくとすぐとなりに先輩がすわって絵を描いていた。

 一瞬どきっとする鞠だったが、とりあえず絵に集中する。

 「・・じつはね・・ここはあたしの思いでの場所・・」

 急に自分のことを語り出す部長。

 「そういえば、部長はこの街生まれって聞きましたね」

 「そういや、鞠にそういったかな。実はね小さい時に父さんとここで絵をかいてたんだ」

 父さん・・初めて先輩の家族の事を聞いた。

 「実は父さんは画家でね。絵を描いてそれを売って家族をやしなってた・・っていっても絵がいつも売れるわけじゃないから、殆どが母さんが支えていたけど・・」

 「それがストレスだったのかなー。あたしが小学生高学年のころに母さんと暴力沙汰になってね・・それで離婚しちゃったんだ・・」

 かなり重い話を耳元でされる鞠はどう相づちをうてばいいか分からなくなった。

 「今は母さんと一緒にくらしているけど、あの優しかった父さんの絵が好きだった・・けど・・母さんに手を上げた瞬間を目撃したときに、あたしもなにがどうなっているのかわからなくなって・・」

 「・・そうですか・・」

 「なんか父さんに裏切られた感じが強くなって・・それからなぜか男の子が好きになれなくなったみたい・・」

 鞠は考える。父親に裏切られたそれが原因で男が信用できなくなった・・のだろうか・・。

 異性を信用できなければ恋愛も愛情も成立しない。そして今の同性への愛情へと先輩をかりたててしまったのだろうか。

 (じゃあ、先輩は私たちをどうみてるのだろうか・・父さんに裏切られた・・でも忘れられない・・じゃあそのはけ口は何所に向かう・・?)

 急に先輩は鞠の顎に手をそえると急にキスをした。

 「ん・・!部長・・なにを・・」

 鞠は榊木の姿をとっさに目でさがす。榊木は離れた方向でスケッチをしている。こちらをみていない。

 「榊木先輩に・・ん・・みられます・・よ・・?」

 「ふふ・・大丈夫・・見てない・・」

 部長はそのまま深いキスをする。

 「はぁ・・その惚けた表情も素敵・・・榊木さんとまた別な魅力を感じる」

 先輩は唇を話す・・糸を引く涎。ぽたぽたと画用紙を濡らした。

 鞠は頭をぼーっとさせるが、はっと気持ちを戻して正面を向く。

 「・・部長はずるいです・・いろいろと・・」

 「気を悪くした?」

 「してないです。榊木先輩にばれてもしらないですからね!」

 心の中で鞠は思う。父親が好きだけど、異性への恐怖心が拭いきれないジレンマが突発的な行動と私達への愛情でごまかしている・・いや・・歪ませているのだろう。

 (そうとう、根が深いな・・それを解決させる手段を考えないと私達はずっともてあそばされるかもしれない・・)

 ふと先輩の横顔を見る。ほんのりと笑顔をうかべて熱心にスケッチをしていた。やはり絵への思いと父親を結び、それからもはなれられてないのだろう。

 先輩に対して別な覚悟が生まれる鞠であった。

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