榊木先輩
── 榊木先輩は綺麗だ・・・
***
蝉の鳴き声が部室に響く。そして風が吹き込むごとにゆらゆらと揺れる古びたカーテン。
そして黙々と筆をとる学生達・・。
鞠・・そして、二人の先輩。
静物を描きつつ、視界に入るあの時いた先輩と一緒にいた女性・・。
入部当日その女性は静かに椅子に腰掛け本を読んでいた。
先輩に連れられ、彼女に私が始めて合った時、息をのんだ。
そう・・あのときの先輩と触れ合っていた女性・・。
その時の事を思い出すと呼吸が苦しくなる。あの時を思い出すからだ。
しかし動揺を見せると私が見たことが彼女にもばれてしまう。一呼吸を整えて彼女に挨拶をした。
榊木と彼女は名乗った。
先輩と同じ美術部の部員、先輩の一つ下の後輩。後輩の部員が増え、部の存続が確定したと笑顔で喜んだ。
先輩の手を掴んで部員が増えたことの喜びを体で表現している。その仕草は普通の先輩後輩の関係にしか見ないのだが。
しかし、実際には二人で交際をしているのだ。鞠は確かにこの目で見たのだから。
だが、先輩は知られたことを彼女には秘密にしろと半場脅迫で言われているのだ。
鞠は榊木先輩に姿を意識せず、絵を描くことに集中する。
我を忘れるように絵の作画に夢中になっていると肩を触れられる。
びっくりしてそっとその気配の方向を向くと榊木先輩だった。
「あら、中学に美術部に入ってただけあってやはり上手ね」
「いや・・それほどでもないです・・」
先輩の視線が気になる。ふと先輩をほうをみるとこちらに向かって睨んでいる。
(・・べつに・・榊木先輩と仲良くなろうとか・・思ってないし・・)
取りあえず視線をそらすと榊木先輩と話しをつづける。
「あ、えと、部長に先輩がモデルになった絵を見せて貰いました」
「え?見てくれたの?うれしい。あたしも部長が書いたあの絵好きだったから」
「私も一目で気に入りました。瞳・・ですかね・・見ているとなんか・・すいこまれるような・・」
「さすが!やはり気づいたんだ・・部長もあたしの目がとても綺麗で好きだって・・だからその点の表現を工夫したって言っていたわ」
(瞳が綺麗・・)
そう・・瞳が綺麗。大抵の人がそうだが、たとえ友達といえども目を合わせて話すことはそうそうないことだ。
部長と榊木先輩が心で引かれあい、愛をつぐむ・・信用しあった二人だからこそお互いの瞳を直視できる。榊木先輩の瞳の綺麗さがよくわかる・・。
だから瞳が綺麗に表現できる・・。
「ほら!二人とも!雑談はやめて絵をつづけて!」
先輩が手を叩きながら鞠と榊木先輩との間に入ってくる。
(う、さすがにさすがに怒っているかな・・でも・・)
鞠も榊木先輩の魅力にうすうすと気づいてきたのだ。
綺麗な瞳、そして純心無垢の気配をだよわせる榊木先輩の存在の魅力に。
***
時間も暮れ、部活の終わりとなる。
廊下の手洗い場で画材を洗っていると隣りに人の気配を感じた。
白い手がすっと洗い場に入り、筆を洗い出す。
綺麗なきめ細かな手。絵の具で汚れていても、またその肌の色の白さを際立たせる。
(・・榊木・・先輩・・?)
そっと、ゆっくり顔を覗く・・榊木ではない・・先輩だった。
鞠は一瞬びくっとし、正面を見る。
「どう、?榊木ちゃんは・・綺麗な子でしょ?」
榊木の話題を急に振られ、鞠は一瞬焦りを見せてしまう。
「あ・・えと、榊木先輩は、絵の通りで本当に綺麗です・・」
「でしょ・・で、よくあなたも目の力を入れたってこと・・気づいたわね・・」
どうやら、話を聞かれていたらしい。静かな部室だ、聞かれて当然なわけだが。
「・・はい・・榊木先輩・・にもお話しましたが、しっかりと前を見据えて・・なにか訴えかけるような・・それか、その視線に吸い込まれるような感じがしました・・」
「へぇ・・あなたもしっかりと彼女の魅力に気づいているのね」
先輩は濡れた手で鞠の手を掴む。
「・・え・・」
そして唇を鞠の耳元に寄せる。
・・そしてささやき出す。
「・・榊木ちゃんの魅力を知ったのは私・・そして彼女の愛をうけるのも・・誰にも知られるわけにはいけないの・・」
鞠は冷や汗が止まらない。そして先輩はささやきをつづける。
「・・あなたも魅力にきづいてしまった・・もう独り占めできない・・かといってあなたに彼女を渡すわけにはいかない・・」
「・・えと・・さ・・榊木先輩ともう話しをするな・・ってことですか・・?」
先輩の爪が、皮膚に食い込む。さらに冷や汗がでる・・これが先輩の嫉妬・・の心なのだろうか。
そっと振り向き先輩の表情を伺う。
先輩は怖いようなぐらいに笑顔だった。
「・・え・・」
「いや、部員どおり仲良くよ!一緒にがんばってコンクールに出せる絵を描きましょ?」
どういう表情をしていいかわからなくなった鞠は取りあえずにっこりほほえみ返す。
それを確認した先輩は手早く筆を洗い終えるとくるっとまわって部室のほうにかけていった。
(・・先輩・・嫉妬に満ちた声・・初めて聞いた・・)
***
それ以来、榊木とも面識ができた為、廊下で会う事に挨拶をするようになった。
榊木も鞠のことがお気に入りらしく、顔を見るたびにお構いなしに声をかけてくる。
「あ、鞠ちゃんおはよう」
「・・あ、先輩・・おはようございます」
「今日も一人?あなたいつも一人で中庭でお弁当を食べているわよね」
「・・あ、みられてましたか・・」
「・・よかったらこんど一緒にどうかしら?」
「え・・一緒にですか・・?」
「えぇ、実は私もいつも一人、あまりクラスの子と一緒にたべないし・・」
「あなたのこともっと知りたいから、ようやく出来た後輩ですし」
「・・え・・えと・・」
鞠はまずいと思った。もし一緒に食べている所を先輩に見られたら、嫉妬深い先輩の事だ。なにかをしてくるに違いないと。
「駄目?」
「あ・・だ・・」
先輩は本当に無垢な瞳で見上げてくる。その瞳をみているととても断れる状態ではない。
「・・は・・はい・・では・・今日のお昼に・・中庭のベンチで・・」
「よかった。ありがとう鞠ちゃん!じゃあお昼にお弁当もって渡り廊下で待ち合わせね」
「あ・・はい・・」
榊木は鞠の肩をぽんぽんっと叩くとそのまま生徒の人混みの中に消えていった。
鞠は動悸が止まらない。榊木の瞳に捕らわれたのと先輩にもし見られたらとの不安からだ。
(・・どうしよう・・でも約束は守らないと・・)
取りあえず廊下に立ち止まっているわけにはいかない。もやもやした思いを心に止めつつ足を進めた。
お昼になりお弁当を持ちながら周りをきょろきょろしながら様子をうかがう鞠。
最初に先輩にあったのもこの中庭にぬける渡り廊下だ。今日も風があのときのように吹いていた。
(・・先輩・・はいない・・よね・・)
「鞠ちゃん?」
「ひゃ!!」
突然の声に跳ねあがる鞠。
声の主は榊木だった。
「あ・・ごめんね。まった?」
「はぁ・・はぁ・・いや・・私もいまきたところで・・」
「じゃ、いっしょにたべようか?」
「はい」
榊木の手が鞠の手を掴む。鞠はどきっとする。初めて榊木にも手を触れられたのだ。
そのまま手を引かれ、ベンチに。そしてお互いのお弁当を膝に広げお互いに食べ始めた。
そして黙々と食べていると榊木が声をかける。
「鞠ちゃんのそのお弁当お手製?」
「・・はい、いつも自分でつくってます」
「そのたこちゃんウインナー美味しそうね」
鞠が手にとったウインナーが気になったようだ。
「あ、よかったら一個どうですか?」
「くれるの?ありがとう!」
そっと箸を榊木のお弁当の方に向ける。
・・の瞬間、榊木の唇がウインナーに・・そのまま口でパクリと食べた。
まさか口で受け取られるとは思わなかった鞠は驚きを隠せなかった。
予想もしなかった榊木の行動。
「うん・・おいしい!」
「お・・おいしいですか?」
(・・これって・間接キスでは・・)
余計な事を意識をするがお昼休みは過ぎていく。考えすぎないようにしてとりあえず、些細なことを会話しながら食事をすすめた。
空になったお弁当を包み直すとベンチを立つ。
「鞠ちゃん、ごちそうさまでした」
「あ・・こちらこそ・・いっしょに食べてもらえて・・」
「いいのよ。また時間があったらご一緒したいかな」
「あ・・え・・はい・・」
「ありがとう。じゃあまた今度ね」
榊木はおしとやかにひらひらと手をふると校舎の中に入っていった。
(はぁ・・先輩に見られてないといいんだけど・・)
鞠も校舎に向かおうとした瞬間肩をぎゅっと掴まれる。
びくっとする鞠。
「・・へぇ・・榊木ちゃんとずいぶんなかよくなったのね」
(・・やば・・)
肩を掴んだのは先輩。爪をぎっちりと肩に食い込ませる。
「えと・・せっかくお誘いうけたので・・」
「へぇ・・」
先輩は強引に、鞠の顔をシャツを掴んで近づける。
「・・ん!?」
先輩は鞠の唇を自分の唇で触れる。
その行為に驚く鞠。
「・・じゃあ、私にもつきあってもらおうかな・・5時限は抜けて・・屋上階段で・・」
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