先輩との再会・・そして・・

─── 逃れきれない先輩の息遣い


 (完全に寝不足だ・・・)

 鞠は目の下にクマをつけぐだぐだと学校の坂を上る。

 前日見た部室での光景・・淫らな先輩の姿・・頭から離れなくなり変な昂奮を覚えて眠れなくなり、寝不足状態。

 それよりも先輩に会うのが怖い。あの様子をみて普通の自分でいられるのか。彼女の顔を浮かべるとあのいやらしい光景がすぐに脳裏に浮かんでしまう。

 (はぁ・・今日はやっぱ早退しようかな・・)

 鞠は深くため息をつくと、重い脚を進める。


 「・・で、あるからして・・。・・で・・」

 「・・り・・」

 「おい!鞠!!聞いているのか!?」

 突然大声で自分の名前を呼ばれ、びっくりして跳ね起きる。

 「はぃぃぃ!!」

 「こらー居眠りするなよー。あとでこれ解いてもらうからなー」

 周りからくすくすと笑い声が聞こえる。鞠は赤面しつつ身をかくかのように教科書に顔を隠す。

 (・・あぁ・・寝不足もあるし・・昨日の出来事もあるし・・あぁ・・だめだ・・帰ろうかな・・)

 教科書の影から周りをこっそりと見渡す。クラスメイトの男子・・女子・・といるが、普通にカップルといったら男女だろうなと思った・・。綺麗な子もいるけど・・女の子どうしでくっつくなんて想像がつかない。まぁそれが正常な考えなんだろう。しかし、前日の先輩と他の女性の絡み・・あれは友達の付き合いではない・・完全なカップル・・そして・・性行為には間違いのだ。

 それを見て昂奮を覚えた自分にも、なにかしらの違和感も感じるのである。

 たしかに中学時代は彼氏も作らず3年を過ごしてきた。それは自分が単純に人と付き合うのが苦手なだけ・・だと思いたいのだ。

 しかし、あのとき心に覚えた感情は初めての気持ち・・多分欲情なのだろう。

 自室のベッドであの行為を思いだし、自身が抱いたあの興奮は・・本物・・。いままであんなことはなかったのだ。

 (・・ん・・また思いだしたら・・あそこが・・きゅんと・・むずむずする・・)

 鞠は机で膝をぴったり閉じると、そのまま体の中の嵐が過ぎ去るまで我慢する。


 ***


 チャイムが鳴り、クラスメイトが荷物をまとめてわいわいと移動を始める。下校の時刻となったのだ。

 結局悶々とした気持ちは収まらず、昼休み昼食もとらずにずっと机に伏せて寝たふりをしていた。

 先輩と遭遇するのが怖いからだ。彼女の顔をみて平常心を保つ自信がない。むしろあの場の覗いていたのがばれたら何を言われるか・・。それが心配で仕方がないのだ。

 (・・とにかく、気持ちが落ち着くまで・・しばらく急いで帰ろう・・)

 急いで帰り支度を整えると教室を後にする。廊下を出るとすぐに実技棟が見える。                   目をを伏せて、そのまま階段降り昇降口へ。誰も顔を見ない、存在をけして他の生徒に気づかれないように・・ 身を隠しなら急いで階段を降りる。

 昇降口に到着、そして下駄箱からいそいで靴を取る。

 「あら、もう帰るの?」

 急に話しかけられ鞠はびくっとする。聞き覚えのある声・・そうあの甘い声を上げていた女性。

 顔をあげて声の主を見る。・・先日あった美術部の先輩・・。

 「・・あ、先日はありがとうござ・・います」

 先輩はニヤニヤしながら鞠の肩に手をかける。瞬時に鳥肌がたち、手をはねのけた。

 その仕草にきょとんとする先輩。鞠は瞬時にまずいことをしたと思った。

 「あ!・・いや、あんまり体触られるの苦手なので・・ごめんなさい・・」

 「ごめん、あたしこそ気安くふれちゃって・・」

 鞠は顔をあげられない。先輩の顔をみるのが怖いのだ。

 「昨日見学にこなかったから興味なかったのかと思ってね」

 その言葉に鞠はどきっとする。実際には行ったのだ。しかし、先輩達のあの淫らな現場を目撃し、逃げ出していた。またその光景が脳裏に浮かぶ。かき消したい気持ちでまた一杯になる。

 「・・大丈夫?」

 「あ!いや、大丈夫です・・。ちょっと思うところがあって・・」

 「?まぁいいわ、あたしも丁度部室に行くところだし、よかったら一緒にいって見学していかない?」

 「は?え・・えーと・・」

 動悸がおさまらない。

 しかし、ここで変に動揺するそぶりを見せたらかえって怪しまれる可能性がある。 今日初めて見にきたふりをして見学にいったほうがいいだろう。

 「あ・・はい、では見学に・・」

 ちょっと疑問を感じるかのような表情の先輩だったが、見学にきてくれると聞くと急に笑顔になった。

 「やった!ありがとう!あたしの描いた作品もあるから色々見ていってね・・」

 「・・はい。よろしくお願いいたします」

 先輩はくるっとスカートをなびかせて手招きしながら鞠を部室に案内をする。


 ***


 (また、実技棟にきちゃった・・)

 ドキドキしながら先輩の後をつけて歩く、そして昨日訪れた実技棟に。

 「・・んー、ちょっとボロだから足下に気をつけてね」

 「あ、はい・・」

 昨日一人で訪れたからわかっていた。至る所が痛んでいる実技棟。相変わらず人の気配は感じられない。

 きしむ階段を上り、廊下に並べられた画材の隙間を抜け、美術部部室前につく。

 その扉を見るとさらに動悸が強くなる。昨日のもう一人の女性がいる・・先輩の彼女・・。のぞき見してしまった鞠はどんな顔をむければいいんだろうか。

 「さぁ、はいって!」

 先輩の手で扉が開けられる。鞠は目が開けられない。ガラガラと開く音が耳にささる。

 「・・どうしたの、はいって?」

 「あ!え・・はい」

 そぉーっと、目を開ける。昨日と同じ光景。開いた窓、風になびくカーテン。

 部室を見渡すと三脚に掛けられた絵が二つ・・そして・・布をかぶせられた絵が何枚か壁に立てかけられていた。

 (・・いない・・)

 昨日の女性はいなかった。昨日は確かに二人いたはずなのだ。とにかくその二人同時にあわなくてよかったと思い、鞠は胸を撫で下ろした。

 「汚い部室でごめんね。まぁ、あっちこっちに画材がちょっと散乱しているから。足をひっかけないように気をつけてね」

 「・・あ・・はい」

 一人だけの部員なのだろうか・・。そんなはずはない。生徒会の決まりでは最低2人いなければ同好会にすらならないはず。最低2人でもある一定の実績があれば・・たとえばコンクールとかで入賞とかすれば部として認められる。

 (もう一人・・いるはずなのに・・)

 鞠は周りをキョロキョロ見渡すが、やはり先輩一人しかいない。

 「じゃああたしの描いた絵でも見て貰おうかなぁ。・・えっとねそこに布で保護しているのだけど」

 先輩は壁に立てかけられた絵のまえにトコトコと小走りで走って絵の前にたつ。そしてばっと布を外した。

 「ふふ。これ、あたしの自信作!去年学生コンクールで金をとったの!」

 鞠は息を飲む。

 その絵には一人の女性が描かれていた。脳裏に昨日の光景が浮かぶ。そうあの女性・・先輩と絡み合っていた女性だ。

 椅子にもたれかかり、何か哀愁をだだよわせるかのよう表情で窓から夕日を眺めている。

 「・・綺麗・・」

 無意識のうちに声を発していた鞠。

 「ね!でしょ?よく描けていると思わないかしら」

 「・・すごい、上手だと思います。金なのも納得いきますね」

 心底綺麗だと鞠は思った。そして、この女性が先輩の「彼女」・・。彼女という表現もおかしいかもしれないが、そうなのだろう。だからあれだけ先輩は彼女に触れられるのだ。

 「・・すごいです。・・そういえば、『今日は』このモデルの方は来ていらっしゃらないのですか?」

 「え?」

 先輩はきょとんとした顔で鞠を見る。

 はっとし、とっさに口を塞ぐ。迂闊だった。この女性とは初対面にしておかないと昨日ここに訪れていたことがばれてしまう。

 先輩の顔をそーっと覗くと先ほどまでの笑顔がなくなっていた。

 「・・この子を知ってるって・・、もしかして・・放課後・・部室に・・」

 まずいと思い、とっさに謝る鞠。

 「ご!ごめんなさい!見るつもりじゃなかったんです!」

 「え・・?見るつもり・・って・・なにを・・あ・・!」

 さらに墓穴をほる鞠、これでは昨日の先輩らの情事をのぞき見してしまったと言っているようなものだ。挙動不審の仕草を見せる鞠に先輩が駆け寄り、襟を掴んで壁に押しつける。

 「きゃ!」

 熱を感じる、先輩の手・・そして太ももに・・。先輩が膝を股ぐらに入れて鞠を押さえつけているのだ。

 「・・油断した・・そういえば・・あなたに見学お願いしてたんだった・・」

 「・・み・・見るつもりでは・・なかったんっです・・純粋に見学に・・」

 穏やかではない表情で詰め寄ってきた先輩だったが急に動揺を見せ始める。

 「・・どうしよう・・。女の子同士で付き合っているのがばれて広がったらあたし達学校にいられなくなっちゃう・・」

 「・・ごめんなさい・・誰にもいいません・・」

 ・・っと口を開いた瞬間、先輩は無理矢理鞠の唇を奪う。

 「──!?」

 無理矢理口を舌でこじ開けるように口を開き舌を絡める。

 初めて唇を・・そしてまさか同性に初めてを奪われるとは思わなかった。

 しかし、先輩の口づけはとても濃厚でうまく、だんだん変な気分になってくる。

 「・・ふ♡」

 ゆっくり唇を放すと・・涎が滴り落ちた。口が閉じられず涎がだらしなく垂れて垂れてしまっている。お互いに呼吸を荒くし、顔を無言で見つめ合う。そして先輩は口を開けた。

 「・・他の・・人にいったら許さないから・・」

 「はぁ・・はぁ・・い・・言わないです・・」

 「そう・・というか・・あたしの膝・・濡れちゃっているんだけど・・」

 「え・・」

 押さえつけるために先輩が股ぐらに入れた膝が、下着越しで当たっている。そして先ほどされた強引な口づけに興奮してしまった鞠。

 「あ・・♡」

 先輩はゆっくりと膝をおろす。

 「ふふ・・あなたも嫌いじゃないのね・・」

 手を放すとくるっと回って後ろを向く先輩。

 「・・もちろん・・入部して・・くれるよね」

 息が整えられない鞠・・しかしこの現状で断ることは出来ないと判断した。愛してはいないとはいえ、その快楽をしってしまった。それだけではない、秘密もしってしまい逃げ出したら多分自分もこの状況ではただではいかないとは思ったのである。

 「・・はい・・入部・・します・・」

 「ふふ・・よかった・・。じゃあこれから入部届だしてね」

 そのままぐずれるように座り込み膝を抱え込む鞠。

 「・・はい・・よろしくお願いします」

 ほぼ脅しに近いような形で入部した鞠。ここから始まる爛れた関係は先輩が卒業するまで続くのだった。

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