16.この社畜生活にイロドリを

☆山本鏡


 私の名前は山本ヤマモト カガミ

 誕生日が来れば30歳になってしまう年齢だ。


 大学卒業後は普通に就職し、会社員として働く毎日を送っている。

 正直、働くようになってからは毎日が辛い。


 きっと私は、ネットでよく言われる社畜という奴なのだろう。


 そして最悪なことに、私はモンスター社員扱い……いや、実際にモンスター社員となってしまっている。

 勉強の出来は悪いが、それでも自分なりに真面目に生きてきた私が、まさかの悪役になってしまうとは、想像もしていなかった。


「はぁ!? まだ終わっていない!? はぁ……。あのね、忙しい中サボりたくなるのも分かるけどさぁ、キミにはそんな難しい仕事頼んでないんだよ? もっとこう、遅くても定時には終わるようにして頑張って欲しいね」


 私は毎日残業をしている。

 それはなぜか?


 そう、それは私が無能だからだ。

 自分がやるべき仕事が時間内に終わらないのだ。


 残業をしている社員もいるが、それは私よりも難易度の高い仕事をやっている社員だ。

 簡単な仕事 (私にとっては難しいが)を時間内に終わらせられない私は、正真正銘の無能であった。


 それもあり、サボっていると、会社の皆に思われている。

 まぁ、実際に結果が出せていないので、サボっているのと変わりないが。


 だが、私も努力はしている。

 この努力をしていなければ、私はもっと悲惨だっただろう。


 その努力とは、家に持ち帰って仕事をすること、休日にも仕事をすることだ。

 これにより、会社が私に無駄なお金を払わないで済むという訳だ。


 無能過ぎて申し訳ないので、これくらいのサービスは必要だろうというのが私の考えだ。


「お先失礼します」

「お疲れ様です」


 私は表には出さないが、かなりのワルだ。

 自分の能力が足りないのが悪いのに、仕事を終わらせ、定時で帰る同期に対してズルいという感情を抱いてしまうことがある。


「よしっ! 定時! 帰りまーす! ゲームゲーム~♪」


 この人は別な人だが、サボっているように見えて……実際にサボっている。

 先日、私はこの人が仕事中にスマホゲームをしている所を偶然目撃してしまったのだ。


 それだけではない。用もないのに席から離れ、1時間近く戻ってこない時もあるが、誰も注意しない。

 分かっていて誰も注意しないのだろう。


 この人……一応私の後輩なのだが、彼はかなり有能だ。

 私よりも若いのに、上司から指示されたことは、どんなことでも難なくこなしてしまう。


 そう、指示されたことは。


「あ、あの私のこの仕事なんですけど、手伝っていただけますか?」


 私だってたまには悪いことを考えてしまう。

 この人に仕事を手伝って貰おうとした時があったのだ。


「う~ん。この仕事って俺の仕事じゃないっすよね?」

「あ、はい」

「これだったら、すぐに終わりますし、自分でやってくれませんか? もう定時なんすよ!」

「そ、そこをなんとか!」

「あのねぇ!! 定時なの!! 分かる!? 俺には消化しないといけないゲームが沢山あるの!! 分かる!?」


 こんな感じで、私は後輩に怒鳴られることがたまにある。

 このように、大体私が100%悪いので仕方がない。


「前にも同じミスしたよね?」

「申し訳ございません!」

「いや、謝るのはいいんだけど、ミスを防止する努力をして欲しい。キミだってきっとやればできるんだからさぁ!」


 ちなみに、上司には毎日のように怒られている。


 私はこんな毎日を送っているが、不満は1度も口にしたことがない。

 ただでさえモンスター社員だというのに、これ以上モンスターになってどうするというのだ。


 客観的に見た私は、無駄に残業するサボり癖の酷い無能モンスター社員だ。

 そんな私が、1度でも不満を口にしたらどうなるか?


 あっと言う間に、噂が広まり、ヒドイ目にあうに決まっている。

 だが、同情してくれる訳もなく、皆がざまぁみろと思うのだろう。


 仕方のないことだが、考えただけでも恐ろしい。


 そんな毎日を送っている私だが、趣味はある。

 それはダンジョン配信者の配信や動画を見ることだ。


 昔はアニメを見たり、ゲームをやる気力もあったが、今はそんな気力ないし、仕事以外のことは、考える余裕もほとんどない毎日だから仕方がないだろう。


 それで、そのダンジョン配信者だが、最近、楽しそうなグループ配信者を見つけたのだ。


 元気な子とかっこいい子と幼い感じの子の3人で構成されているグループ配信者だ。

 とは言ってもまだ配信はしておらず、告知動画を見ただけだが、それでも私は思った。


「楽しそう!」


 1つの動画をみただけで楽しそうだと思えた。

 私も大学の頃のダンジョン配信を続けていれば、別な道があったのだろうか?


 いや、そんなことはない。

 それだけで生活できる程、甘くはないのだ。


 でも、昔はダンジョン配信なんて、大して儲からなかった。

 今だったら違うのだろうか?


「まぁ、駄目だよね」


 そう、このグループの元気な子、破壊龍ちゃんって呼ばれているみたいだ。

 この子はモンスターに変身するスキルを使えるらしい。


 実際にその動画も上がっていた。

 とは言っても、別な人が勝手に撮影してアップロードした動画のようだが。


「す、凄い!」


 まるで特撮かという程の戦いを繰り広げていた。

 うん、やっぱり才能は必要みたいだ。


 私とは違う。


 私のスキルは【切れ味アップ】というただ切れ味が上がるだけのスキルだ。

 技も取得しておらず、これしか使えない。


 ただ私は、アニメ化もしたラノベのキャラの黒剣士に憧れて、2刀流を使っていたので、当時はなんとなく強くなったような気がしていた。

 とは言っても、ソロでひたすらモンスターを狩っていただけだったので、実際にどのくらいの実力かは分からないが、おそらく雑魚だろう。


 調子に乗って「人類最強だ!」とかネタで言っていた時期もあったが、そんな訳もない。

 何事も自分が思っている程上手くはいかない、それは社会に出て嫌というほど分かった。


 私は黒剣士でもなく、人類最強でもなかったのだ……。


 ああ……昔に戻りたい。

 昔に戻って楽しく過ごしたい。


 せめて……せめて……あの子達が楽しくしている姿を見たい……。

 そんな思いで、久しぶりにダンジョンに入った。


 配信者に顔を映されるとマズいので、昔手に入れたネタ装備の馬の覆面を装備してダンジョンに入った。


 すると、奇跡が起こった!

 なんと! 私の思いが通じたのだ!


 そればかりではない!

 ミラクルちゃんと呼ばれている子を助けられたのだ!


 敵は運良く雑魚だったので、軽く衝撃を加えて撤退した。

 美味しい所を奪ってはいけないと思ったのだ。


 でも、せめて私の社畜生活にイロドリを与えてくれた彼女達にはお礼を言いたかったのだ。

 私はダンジョンの外で彼女達を待った。


 ただし、大学時代のように、格好付けるのも忘れなかった。


 今の私は格好悪いからだ。


 どちらにしろ、この子達のおかげで、私はもっともっと仕事をすることができるだろう。

 よし、頑張ろう! と思えたのだ。

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