第198話 旅望 -蜂蜜-

明花は、スマホを放り投げて僕の膝を枕にしていた。

先程母さんから、『静観』を言い渡されたので未読にすることにしたのだ。

それに、明花は美加さんに新住所を教えていない。

唯一知っているのは、榛村先生だけになる。

先生には、釘を刺しているので大丈夫だろう。

明花は、スリスリと僕の太腿を擦る。


「うん、尚弥の太腿凄いね」


明花は、恍惚な表情をしている。

やっぱり怖いな。

肉食獣が舌舐めずりしているような気さえする。

たぶん、これ父さんが母さんに抱いていることかもしれない。

母さんも明花と同じ筋肉フェチだから…まあ、好きな筋肉は違うとは思うけど。

僕は、太腿を擦られると同じタイミングで頭を撫でる。


「さてと、証拠もあって身元も判明してる。

これって、割とすぐ解決するのかな?」

「うーん、どうだろう」


美加さんだけの問題だけじゃ済まない場合。

それが、あると長引くかもしれない。


「ああ、そうだ。

隆志ってやつのことも教えてくれないか?」


隆志の名前を出した時。

明花は、肩を震わせた。

聞きたくもない名前なのかもしれない。


「無理にとは言わないよ」

「うん…もしかすると私が知っている事って少ないかも」

「どういうこと?」

「尚弥の筋肉を見ていたら」

「ん?僕の筋肉?」

「うん、隆志たかくん。スポーツなんてしてないと思う」


ああ、筋肉フェチだから分かる妙な特殊能力かな?

明花は、名残惜しそうに僕の膝枕から起き上がる。

そして、放り投げていたスマホを手に取る。

スマホを操作すると、僕に見せてきた。

そこには、茶髪のチャラそうな男が映っていた。

隣には女性も映っていて厚化粧をしている。


「これが、修学旅行の時に会った隆志たかくんだよ」


僕は、じっくり写真を見る。

どこかで、見た顔。


「ん?僕、こいつ見たことある気がする」

「え?」

「どこだったかなぁ」


僕は、うーんうーんと唸りながら天井を見上げる。

多分、最近じゃないはずだ。


「最近?」

「いや、違うと思う」

「じゃあ、修学旅行?」

「修学旅行…いや、明花と出会う前の京都の記憶はほぼないから…」

「そうすると自転車旅行の時?」


そう言われて思い出した。

自転車旅行。

そうだ、その時に出会ってるんだ。


「あ!思い出した。大阪だ。

僕、こいつに殴られて財布奪われたんだ」

「えっと、つまり…」


僕は、明花を抱き締めた。

僕の胸に顔を埋める彼女。

シャツが冷たい。

視線を向けると…涙ではなく、涎をつけていた。

あれ?


「尚弥の匂い。ぐへへ、尚弥の胸筋」


意気消沈してるかと思ったのに、思い違いをしたかな。

僕、食べられたりしないかな。


「えへへ、尚弥。私なら大丈夫だよ。

だって、尚弥がいてくれるもん」

「ああ…でも、怖いんだけど」

「え?なにが?」

「今朝から、明花が…ライオンみたいで」


今にも食べられそうな勢いだ。

明花は、目を丸くして僕の顔を見る。


「あ、うん。ごめん、迷惑だよね」

「違う違う。明花の事は好きだし。

これからも大事にしたいよ。

でも、あのさ…」

「えっとね、私はね。尚弥に甘えたいだけなの。

尚弥に抱きしめられたらキュンキュンするし、すっごく癒されるの。

私も、尚弥の事が好きだから。

でもね、もっと愛してほしいなぁって欲求も出てくるの。

尚弥の香り…もう頭がくらくらして抑えられなくて」


そこまで言い終わると、明花は僕の唇を蹂躙した。

何度も何度も。

途中から、僕も応戦するのだった。


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隆志の正体。

大阪の時の半グレです。


そして、朝から明花がおかしいのは運動を止めた反動です。

アスリートは性欲が強い。

そして、例に漏れず肉食系です。


蜂蜜というタイトル。

蜂蜜は蜂が集めた物によって味が変わります。

視点を変えると…って意味で蜂蜜です。


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