第25話 報復 -未桜の傷-

一頻り笑い転げた後、未桜から連絡が入った。


「こんにちは」と書かれた猫のキャラクターのスタンプがLINEに入っていた。


そのあとすぐ、「今日会えますか?」と来ていた。


僕としては、病院に行く気もわかなかったのですぐに「もちろん、会えるよ」と送った。


その数秒後、ピーンポンと家の呼び鈴が鳴った。


僕は、首を傾げながら階段を降りて玄関へと向かった。


「え!君は・・・」


そして、ドアを開けると白いフリルのワンピースに、黒いカーディガンを羽織った女の子が立っていた。


黒髪で、左の横髪を三つ編みにアレンジして後ろ髪はストレートにしていた。


「尚弥くん、来ちゃいました」


未桜の声だった。


今日の彼女は、眼鏡をしていなかった。


でも、それだけじゃない。


彼女の姿が、京都で出会った少女とそっくりだったから。


「えっと、いらっしゃい。未桜・・・えっと、とりあえず上がってよ」


僕は、彼女を自宅へと招き入れた。



リビングに、未桜を通して紅茶を淹れる。


彼女は、ソファに座って少しそわそわしていた。


そして、未桜の隣に座る。


「ねえ、未桜・・・君がサクラだったの?」


「うん、そうだよ。

えへへ、気づいてくれて嬉しいよ」


サクラは、京都の街中を案内してもらって夜には五山送り火を見た。


あの日、失恋をしてから初めて彼女に恋に落ちた。


その女の子が、目の前にいる。


ずっと感じていた既視感。


似ているような気がしたのは、本人だったからなのか。


「そっか、未桜だったのか・・・よかった」


「よかった?」


「いや、なんでもないよ」


口に出てた。あぶないあぶない。


僕は、未桜の顔を覗いた。


みるみる赤くなっていくのが分かった。


僕は、首を傾げる。


以前には見えなかったものが見えたから。


「ねえ、未桜。その傷は?」


「えっと・・・普段は眼鏡で隠してるんだよ。

京都の時は、ファンデーションで隠してたの」


未桜の顔には、鼻根に小さな傷があった。


少しでもずれた位置にあったら失明をしていただろう傷。


「普段の眼鏡はね、伊達なの。

醜いよね・・・」


「そんなことないよ、傷があろうがなかろうが未桜は可愛いよ」


「えへへ・・・ありがとう」


未桜は、照れくさそうに笑っていた。


彼女は、僕の肩に身体を預けてきた。


「未桜?」


「えへへ、尚弥くん」


猫が懐いてくるような気さえする。


頭を撫でたい衝動に襲われる。


うずうずする。


「えっとね、尚弥くん。

この傷の事聞いてくれる?」


「聞いていいの?」


「うん、尚弥くんならいいの」


そう言われると嬉しい。


でも、どうしてこんな傷がついたんだろう。


「この傷はね、幼稚園の時に前嶋さんに付けられた傷なんだよ」


幼稚園の時に、怪我・・・あれ?なんかそんなことが。


たしかあれは・・・。


「みーちゃん?」


「そうだよ、あはは。よかった、覚えててくれて」


みーちゃん、幼稚園の頃によく遊んでいた女の子。


でも、怪我をしてから卒園式まで会うことがなかった。


「私、傷の事が気になって幼稚園にいけなくなっちゃって、小学校も実は一緒だったけど、私の容姿は随分変わっていたから」


そういって、未桜は自分のスマホを見せてくる。


そこには。前髪の長い女の子が映った写真が表示されていた。


見覚えがある。


クラスの隅の方にいつもいて前嶋さんに絡まれていた。


「尚弥くんはいつもやさしかったよね、見た目が変わっていた私にも大丈夫とか、ハンカチを貸してくれたよね」


確かに・・・でも、僕には助ける力はなかった。


僕もまた標的だったから。


そっか、僕は虐めに遭っていたのか。


でも、ずっとそれが当たり前だと思っていて気づかなかったんだな。


幼稚園のあの日、仲の良い女の子を前嶋さんに怪我をさせられて僕が仲の良い子ができるとまたそんなことが起きるんじゃないかと思って怖かったんだ。


彼女とそれまで縁が切れなかったのは、孤独になりたくなかったから。


それがいつからか、彼女のことが好きだと勘違いしていた。


そっか。僕は、本当は「前嶋 瀬里」の事を好きじゃなかったんだ。


やっと気づいた。


僕は、みーちゃんの事が好きだった。


ずっとずっと、彼女のことが好きだったんだ。


「未桜・・・僕、ずっと君のことが好きだったみたいだ」


「え?」


「僕の初恋は、みーちゃんだったから」


「ありがとう、なおくん」


未桜は、僕に抱き着いてきた。


「なおくん」って呼び方が懐かしく思えた。


幼稚園の頃、彼女が僕をそう呼んでいたから。


あ、そういえば。


「ねえ、未桜。

相談したいことがあったんだ」


そうして、僕は彼女に相談することにした。


さっきの腹を抱えて笑った話を。

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