第9話 親友に茶化されてしまった
その日の朝は憂鬱だった。
千世は珍しく目の下に隈を作り、明らかに悩んでいた。
「はぁ」
それもそのはず昨日ことが頭の片隅から引っかかって離れない。
千世は朝起きるとすぐさまスマホを付けて自分のチャンネルを見てみると、一夜にして八千人もの登録者を獲得していた。これは異例で、これこそバズったってことだと直感する。
「何でバズっちゃったのかな? やっぱり私が変だからかな?」
配信アーカイブを一瞬チラリと千世は観ていた。
だけど恥ずかしくて途中で観るのをやめてしまった。
だからお母さんに資料として保存して送りつけると、その後は完全無視、スルー状態を決め込む。
「ううっ。躱すことしかできないのに、如何して……」
千世は俯いて歩いていた。
だけど目の前の電柱にぶつりそうになるものの、すぐさまヒョイっと避けてしまう。
リアルでもほとんど人とぶつかったことはない。
何故なら千世は能力を使わなくても躱したり受け流すことに長けていたからだ。
「おっと」
電柱を避け、T字路に出る。
するとたくさんの同じ制服を着た生徒達を見かけた。千世と同じ高校に通う生徒達だ。
「まあ、私の配信なんて誰も観てないよね」
μTubeは世界的な動画配信サイト。
その中で一度急上昇に載ったくらいで、日本中、いや世界中の人達に認知されたとは思えない。特にこの街中だけで人気者になった気もしない。
だからこそ、千世は気を取り直して学校に向かおうとする。
しかし——
タッタッタッ!
背後から駆けてくる足音が聞こえた。
もの凄い速度で近づいて来ていて、しっかりと地面を蹴り上げて千世に飛び付く。
「よっす、千世。おはよう!」
肩をポンと叩かれた。
振り返って見てみると、そこにいたのは千世の親友。
「師走、今日も朝から元気だね」
「うん、元気元気!」
ニコニコ笑顔で千世に挨拶をした。
彼女の名前は、
「あれ? 千世何だか元気ないね」
「そ、そうかな?」
「そうだよ! どれだけ一緒にいると思ってるの!」
如何してムキになるのか分からなかった。
もしかしてメンヘラなのかな? と思いつつも、師走に事情を話そうとした。
しかしその前に何となくの当たりを付けて師走は尋ねた。
「あっ、そうだ千世。気になることがあるんだけどさ」
「な、何?」
「ちょっと待ってね。えーっと、はいこれこれ!」
スマホを取り出して何かを見せた。
すると千鳥と書かれたアカウントと投稿アーカイブ。たった一本しか表示されていないのに、登録者は八千五百人。間違いなく千世のアカウントだった。
「これ、千世のチャンネルでしょ? コメント何で一度もしたことないのに、登録しておいた方が便利だからって作ったチャンネル」
「……」
「何で黙るのかな? かなー?」
「……」
「まあいいけどさ。千世が配信する何て思わなかったよ。しかもダンジョン配信なんて選ばれた人にしかできない特殊ジャンルとかさ。しかもいきなりのミノタウロス? マジで最強じゃねってことで、登録しておきました!」
「辞めてよ!」
千世は師走を叱る。
しかし師走からしてみればこんな面白いこと他にないので茶化すのを辞めない。むしろ積極的に乗ってくる。
「何で何で!? ダンジョン配信だよ? しかも千世がだよ。あの後ろ向きな千世があろうことかダンジョン配信だよ」
「ううっ、やりたくてやったわけじゃないのに……」
「そうなの?」
「……分かってて言ってるでしょ?」
「もっちろん!」
師走は楽しそうに頷く。
ムッとした表情を浮かべる千世だけど、師走には全く効かない。師走はこういう性格で、止まることを知らないのだ。
だからこそ茶化す時は全力で茶化す。
おまけに言えば誰とだって仲良くなれる。
本気で冗談を言えるからこそ、いつも真っ直ぐで前だけを見て走っている。力の限り突っ走っている。
「普通に考えて千世が自分から配信なんてするわけないもんね。誰かに言われた?」
「ううん」
「ってことは機材トラブルだ。埃とかスマホに被ったでしょ」
「埃? うーん、埃は被って……るね」
あの時の振動。きっと天井に溜まっていた埃が落ちて来て、スマホの中に少し入ったんだ。
だけど振っても埃は出てこないからあくまでも一時的なもので、手垢みたいな感じだと予想する。
そんなことでこんなことになるなんて思っても見なかったし、信じたくない。
「ってことはダンジョンに入ってんだね」
「う、うん」
「お母さんに頼まれた的な?」
「如何して分かるの?」
「何となく。っていうかいつものパターン? 面白半分でダンジョンみたいな危険なとこ行くわけないもんねー。好奇心が身を滅ぼすって言葉、千世は信じてるでしょ?」
「……うん」
次々性格をズバズバ当てられて嬉しくない。
師走はメンタリストでもないないのに、千世の表面の性格を知り尽くしていた。だからこそ師走には筒抜けのようで、そこから想像も捗られる。
「まあさ一旦気にしても仕方なくない?」
「そ、そうだけど……そうだよね」
「おっ、割り切りも早い。流石は千世だ!」
「それは褒められてないよね?」
師走はポンポンと千世肩を叩き、グッと首に腕を回した。
そのまま引き寄せられると少し苦しかったけど、親友の過度なスキンシップだと割り切ることにする。この割り切りの良さといざとなった時に前に出られることが、千世の裏面なんだと師走は気が付いていた。
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