第5話 躱すことしかできないからこそ

 千世はマズいことになっていた。

 剣を構えているけど自信がなく、膝がガクガク震えていた。だって勝ち目がないからだ。


 相手はミノタウロス。

 多少は疲れているけれど、千世のことを見つけると、素早くタックルを仕掛ける。突進じゃないから距離感も高い。


「ちょっと待ってよ!」


 だけど千世は掠りもしない。

 一切ダメージを受けることはなく、見事に全部躱していた。


 とは言え躱すだけ。

 ミノタウロスの方が断然強くて迫力もある。

 それでも勝たないとここから逃げられないので、千世は動きが鈍った一瞬の隙をついて剣を振り下ろす。


「そりゃあ!」


 腹から声を出した。とにかく叩きつけるしか脳がなかった。

 上手く剣は当たってくれて、カーン! と弾かれた。千世の腕に衝撃が走り、痺れて麻痺してしまう。


「い、痛い……」


 ミノタウロスの体は筋骨隆々。全身の筋肉のようなものだ。

 そのせいで千世のやわな攻撃は全く通用しない。

 もっと言えば、逆に千世の方にダメージがある。


「待ってよ。それじゃあ私に勝ち目ないよ!」


 千世は悟ってしまった。何をしても勝てない。ミノタウロス相手に、千世ができることはなかった。

 だけだ死にたくはなかった。

 いくらダンジョンでは死ぬことはないとしても、痛いのは変わらない。そんなの食らいたくない。


「死にたくはないよ。死にたくは……で、でも。よっと!」


 千世は軽やかに攻撃を回避する。

 鋭いパンチを余裕で躱すものの、千世は絶望感の中にいた。だって避けてたって勝てない。勝つためにはこっちから攻撃しないといけない。でもそれができたら苦労しない。だっていくら攻撃しても筋肉の鎧に千世の雑魚切りは通用しないから。


「って、あれ? 自分から攻撃する必要ってないよね?」


 千世は一瞬立ち止まる。もちろん油断を誘ったわけじゃないので普通に攻撃された。

 蹴りを食らいそうになるも楽々避け、千世は頭の中で考える。


 別に避けていればいつかは勝てる。

 避けることを前提にした戦法は確かに勝つための戦法じゃないけど、負けない戦法だった。負けない戦法は、勝つための戦法よりも価値がある。何故かって? だって、向こうは勝てないし、私には勝つ可能性が残るからだ。


「そうだよ! 私は攻撃食らわないから、スタミナを永遠に削ればいいんだ!」


 とは言えそれができるのは体力がある人だけ。もちろん千世にはそんな体力はない。普通の人よりも少しある程度だ。

 それじゃあ如何してこんなに余裕なのかって?

 千世は体力はないけど、体力の管理は誰よりも得意だった。


「よーし、それじゃあここからは持久戦だ!」


 千世はミノタウロスを挑発する。

 適当に剣でちょこまかと切り込みを入れる。少しずつ皮を切って、深くしていく。痛そうで千世は見てられない。


 だけどそれが気に食わないのか、ミノタウロスは千世を睨む。

 それから攻撃を続けて繰り出すも、千世には全く通用しない。だって何処から、いつ、どのタイミングで来るか全部分かっちゃうから仕方ない。


「やっと!」


 千世はとにかく避け続ける。

 ミノタウロスの荒い攻撃なんてものともせず、スタッ、スタッ、と見事な足捌きで避け切る。


「とりあえず避けて避けて。うわぁ!」


 頭の中では常に[右から来る][左から来る][蹴られるよ!]と教えてくれていた。

 文字列を瞬時に読み解きながら、千世はミノタウロスのスタミナだけを削る。何とも地味な画だなと思いつつも、確実にミノタウロスの動きは悪くなっていく。


「流石にモンスターも生物だもんね。疲れちゃうよね」


 とは言え千世は終始余裕そうだった。

 淡々とした単調な動きのおかげで、千世の体力は有り余る。


 これもそれも普段からちょっとだけ筋トレしているおかげと、走るのが得意な友達のおかげ、それからお母さんのおかげだった。


「それじゃあ今度は……」


 ミノタウロスが動かない。

 疲れが溜まりすぎて動けなくなったのか、千世に油断を見せることで誘っているのか、どっちみち攻撃はこっちからしないけど、様子がおかしい。

 かと思った次の瞬間、とんでもない速度で拳を振り上げる。下から上に向かって、裏拳をかました。


「ちょっと待ってよ! そんなのないよ!」


 千世はこれと見事に避け切る。

 けれど反応が少しでも遅かったら間に合わなかった。ギリギリだったと、冷や汗を掻く。


「文字が出てくる前に避けちゃったよ。はぁはぁ……ギリギリだよ」


 額の汗を千世は拭い取る。

 ミノタウロスの渾身の一撃を躱し、これで優位は完全に傾いた。


「あ、あれ? もう攻撃して来ないの?」


 ミノタウロスは息を荒くしていた。

 スタミナも残っていない。今しかない。そう思った途端、千世は確信する。

 頭の中に思い描いた構図の文字が現れる。


[ヘッドバットが来る!]


 千世は分かっているのに動かない。

 その場で立ち止まったままミノタウロスと目が合う。


「く、来る!」


 ミノタウロスは睨んでいる。

 千世は竦む足を叩くと、剣を鞘から抜く。

 指で弾き柄の部分に手を掛けると、ヘッドバットに合わせて引き抜き、剣の切っ先を上にした。


「後はお願い」


 ここからは運ゲー。千世はバックステップを取り、緊急回避。

 ミノタウロスのヘッドバットが千世に向かって振り下ろされる中、千世は見事に回避する。

 しかし剣が完全に吸い込まれてしまい、ミノタウロスの頭で隠れて見えなくなった。本当に上手くいったのか、千世は不安がまだ残った。

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