第4話 ボス戦なんて聞いてないよ!
部屋が部屋じゃなくなった。
巨大なステージのように広がり、千世はキョロキョロ見回す。
とりあえず入り口が遠い。四角かった部屋も円形になっている。
千世は「如何しよう」と不安を吐露すると、一旦踵を返して帰ろうとする。きっと自分が外に出たら、ダンジョンも元通りになると思ったのだ。
「うん、そうしよう。触らぬ神に祟りなしって言うもんね!」
千世は後ろ向きだった。そんな千世の頭の中に、またしても文字が浮かび上がる。
[逃げられない]
「えっ?」
千世は立ち止まった。すると目の前の入り口が遠いままで閉まっていないのに、体が竦んでしまう。
それに嫌な音が聞こえる。
千世の丁度真後ろの壁から軋む音が聞こえたのだ。
ギィィィィィィィィィィ!
天井から埃が落ちてきた。
千世は目に入らないように気をつけるも、カメラドローンにはたくさん微細な埃が溜まる。
それを払い取ってあげる余裕を見せることはできず、振り返ると奥の壁が開いていた。
「な、何で開いてるの?」
しかも奥に影見えた。
嫌な予感がする。逃げないとと体を震わせ、走ろうと踵を返したのだが、壁が開いてしまいその中からヴモォォォォォォォォォォン!と、けたたましい叫び声が上がった。
「あっ、待って、耳がぁ!」
千世は耳を抑えた。耳栓なんて当然していないから鼓膜が破れたのかと思った。
だけどそんなことを言っている暇はなかった。
壁が完全に開いた。
まるで闘牛のように赤い体、頭には角を二本生やしている。腰蓑をつけてはいるが、それ以外に何も着ず何も持っていない。
明らかにモンスターなのは明白だが、少ない千世の知識でも分かった。
「み、ミノタウロス?」
ミノタウロス、それは二足歩行の牛型モンスター。
ゲームでも序盤のボスなので使われているから、千世でも簡単に想像ができたし名前も覚えている。
だけど実際に目の前にいるのは違う。いつもは画面の中だけなのに、今日はピリついた空気が立ち込めた。
「ま、まさかボス戦?」
だけど明らかにその雰囲気がある。
いつの間にかクリスタルも天井高くにあり、台座なんて床下に隠れてしまった。
これはほぼ間違いなくボス戦。
逃げることは許してもらえず、強制戦闘モード突入だった。
「む、無理無理無理無理! 私は戦えないよ!」
千世は本当に戦えなかった。戦う能力じゃなかった。
未だに自分の能力があやふやで、何をしたらいいのかも分かっていない。そんな状態の千世は、何度も言うがいくら薬とダンジョンの効果で身体能力が上がっていても倒せる気が起きない。むしろ負ける気しかしない。
「に、逃げるしか……」
後ろ向きになり、千世は逃げようとする。
しかし頭の中には不穏な文字が浮かび上がる。
[正面から突進!]
「ええっ!?」
千世はマズいと思った。
振り返ると、赤いミノタウロスの体が前方方向に向いていて、鋭い二本の角を突き出して走って来た。まさしく突進攻撃で、カメラドローンは撮影をしていた。
「ピ、ピント吸われないでよ!」
千世はカメラドローンは無理やり引き寄せる。
それから急いで左に飛ぶと、ギリギリのところでミノタウロスの渾身の突進を回避。後ちょっと判断が遅かったら間違いなく終わっていた。
「あ、危なかったよ」
安堵して胸を撫で下ろす。
しかしミノタウロスは黙っていてくれない。
攻撃を避けたばかりの千世の動かない姿を見つけると、くるんと体勢を変える。その瞬間、再び頭の中に文字が出た。
[ヘッドバット!]
「ヘ、ヘッドバット!」
急にヤバそうな技の名前が頭に浮かぶ。
千世はカメラドローン抱えると、後ろに向かってジャンプ。同時にミノタウロスの頭突きが振り下ろされた。
「ヘッドバットって頭突きのことなんだ」
ミノタウロスの攻撃がまた外れた。
千世の回避力の高さと身のこなしの軽さのおかげで、何とかことなきを得る。
[右からフック、左からもフック!]
今度は何だと思うもとにかく避け続けるしかない。
ミノタウロスが前傾姿勢になると、千世はもう一回距離を取る。
ミノタウロスは千世の居た辺りに右、左と拳をかち合わせる。
しかし千世が前もって回避したので攻撃は無効。おかげで怪我はなく、「ふぅ」と呼吸を整える時間を確保した。
「よく分からないけど、とりあえず躱せた」
千世が安堵する中、ミノタウロスも少し休憩する。
けれどすぐに休憩が終わって、千世のことを再び狙う。
「ちょっと待ってよ。まだやるの!」
千世は身構えた。
とりあえず剣を構えて威圧するけど、全く効いていない。
自然と腕の中からスマホとカメラドローンが滑り落ちる。
空中にふわぁーと上がっていき、これで壊れることはなくなる。結構高いので、壊れて欲しくない。
「って、そんなことしてる場合じゃなかった! うわぁ!」
目の前にミノタウロスの顔がある。
ヘッドバットを再び振り掛けられ、千世は予感なんて関係なく、とにかく前転した。
だって目の前が少し空いていたから、躱せるかなと思ったのだ。
「や、やるしかやいよね!」
千世は勇気を出して決しての前転を心掛けた。
すると思いが通じたのか、ヘッドバットのタイミングに絶妙に合い、無事に攻撃を回避した。本当に運が良かった。
「は、はぁはぁ……心臓がバクバク言ってる」
千世は心臓を抑えていた。
心拍数が高鳴り、ミノタウロスの後ろに回り込む。とにかく躱して躱して躱し続ける。
今の千世にはそれしか思いつかなくて、とにかく精一杯避けることだけに注力するのだった。
もちろん、それでミノタウロスに勝てるはずもない。
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