第15話石橋を叩かずに渡る。

 東富士演習場、射場にて。


 陸士歩兵たちが散乱する、排莢された空薬莢を拾い集めている。


 それは、戦車や戦闘車輌による射撃訓練の後には見られない光景だった。


 通常の陸防戦闘車輌は主砲を発射した後、空薬莢を排莢せずに車内に貯めておく。そして降車時に下ろして搭載した弾数と発射した数と空薬莢の数を照らし合わせて上官に報告する。


 滅多にあり得ない事だが、砲弾の紛失を防ぐためだ。


 当然歩兵たちにもその義務は課せられ、持ち出した弾数と空の薬莢とを照らし合わせて報告する。


 開発チームも同様の作業に入っている。


 ロック・キャリバーはコクピット内に余裕が無いため、空薬莢を置いておくスペースを確保できなかった。だから排莢せざるを得ず、排出した空薬莢を後で回収しなければならない。


 総弾数12発×3機分。数こそ主力戦車に比べて格段に少ないが、あれだけ走り回りながら撃っていたのだから、あちこちに散らばり、回収する歩兵たちが気の毒に思えてならない。


 しかも日が暮れ辺りは暗くなりつつある。


「あの・・・私たちもお手伝いしましょうか?」

 美鈴が少佐に申し出た。が、即座に却下されてしまった。


「陸防の装備は陸防で管理します」の一言で一蹴。


 そんな中、一人の初老の男性が指揮テントへと足を踏み入れた。


「重さ5トンのロボットが小口径とはいえ12発も戦車砲を撃てるとは、この先主力戦車の座を譲る時が来るかもしれませんなぁ」

 突然の来客に黒石少佐は慌てて敬礼をした。


「誰?」

 椅子に腰掛けながら元哉が少佐に訊ねた。


「後方支援部連隊武器大隊中佐です」小声で告げると、「あっ、少佐の直属の上司さんね」

 納得して椅子に座ったまま中佐に会釈をした。


 美鈴と楓は揃って深々と中佐にお辞儀をする。


「全装備重量が5トンとなると、全国の橋梁通過率は軽く90%を上回る事でしょう。これを各国が見過ごすとは思えません。くれぐれも情報漏洩には気をつけて下さいね」

 それだけ告げると中佐は指揮テントを後にした。


 何を言っているんだ?と不思議そうな顔で彼の背を追う3人に少佐は注目するよう声を掛ける。


「橋を渡れるだけで、そんなにピリピリしなくてもいいんじゃないスか?ちなみにロック・キャリバーの全備重量は4500㎏でしたよね」

 歩兵ならば100%渡れる事だし、さして問題は無いと思える。


 だが、黒石少佐の表情は堅い。


「ついつい想定する敵をイーターに絞り切っていて肝心な事を忘れていました」

 重い前置きに続いて出た少佐の言葉に3人は自分たちがとんでもない状況に置かれている事を改めて思い知らされた。


「ロック・キャリバーは人間を殺せる兵器としても十分機能します」

 それはまさしく戦争の道具であるという証し。


 戦車相手なら、ほぼ勝ち目が無いハイテク機器の塊に過ぎないが、対機甲装備を持たない歩兵達にとっては十分脅威となり得る。


 それが武器を持たない民間人相手ならばなおさら、ただの虐殺でしかない。


「そんな・・・私たち、戦争の片棒を担いでいたと言うのですか・・・?」

 訊ねる美鈴の声は、今にも枯れそうだ。


「多かれ少なかれ物を生み出すという事は、一歩間違えれば戦争の道具と成りかねません。それをあなた方が責任を感じる必要はありません。ですが、今後は無闇にロック・キャリバーに関するデータを持ち歩くことや会話する事は禁止します」

 今さらながら思う。


 緊急時とはいえ、政府は何故学生たちに新型車輌の開発協力を求めたのかと。


「では、私たち他の国のスパイとかに拉致されちゃうかもしれないのですか?」

 楓の問いに少佐は声を発する事無く頷いて見せた。


 そして目を閉じる。罪悪感が身に染みて、とても彼らと目を合わせてなどいられない。


「うわぁ、何かスゴくない?私たち誘拐されちゃうかもしれないんだって。もしかしてボディーガードとか付けてもらえるのかなぁ」

 まるで映画のヒロインにでもなったかのような、この喜びよう。


 少佐の憂いは、また別の憂いへと変化を遂げた。


 ついでに怒りさえ沸いてくる。


「貴方たち!今、自分たちが置かれている状況を理解しているのッ!?他国に拉致されたら、どんな事をされて情報を引き出されるかとか想像もできないの!?」

 今時の子供は物が揃いすぎて想像する能力が低下しているとはいうものの、これほどまでに危機感すら抱かないとは実に嘆かわしい。


 すると、元哉が椅子ごと少佐へと向き直った。


「少佐。ロック・キャリバーは確かに凄いと思います。ですが、使用されている部品は開発当初ならともかく、武器や装甲を除けばほぼ民生用で、ブラックボックスとなり得るものは一切ありません。パクろうと思えばパクれるものばかり。そんなものをパクるためにわざわざリスクを犯してまで僕たちを拉致する国があるとは思いません。あったとしても、そんな3流以下の国家が放つスパイなど、この国の公安が何らかの手立てを打って捕まえてくれるでしょう」

 言われて見れば確かにその通りだ。


 だが、用心を欠いてはいけない。


 元哉の言う"3流以下”の国こそ、安易に暴挙に出てしまうものだという事を。


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