第12話いざ、山へ。

 ―砲撃評価試験―


 アスファルト路面、砂利、降雨・降雪状態の路面評価試験を終えて、いよいよ砲撃評価試験が開始された。


 ようやく右腕に固定装備された37口径105ミリ砲が火を吹く時が来たのだ。


 元戦車乗りの岳には、以前乗っていた主力戦車に搭載されている44口径120ミリ滑腔砲の方がはるかに強力なのは十分理解している。


 だが。


 ほぼ人間の体型をしたロック・キャリバーの右腕に、駐退機を搭載しているとはいえ、やはり戦車砲。片腕で撃っても大丈夫なのか?不安は拭えない。


 せめてマズルブレーキでも有ればと、初めてロック・キャリバーを見た時に意見を述べたのだが、返ってきた答えは。


「何を言っとんだね!そんなモノを付けてしまえば視界を遮ってしまうではないかね!」

 技術屋の連中ときたら、何とも人様を無知の塊のように言ってくれる。こちとられっきとした戦車乗りだというのに。


 実際、戦車砲に搭載されているマズルブレーキは砲口に取り付けられており、発射時のガスが砲口から勢いよく噴き出す。おかげでしばらくは砲先の視界は煙の闇と化す。


 そのような代物を搭載した機体を山中で使うのは、必然的に遭難を招くとでも思ったのだろう。


「では、どうすればよろしいのですか?」

 技術開発の上層部に訊ねようものなら。


「それをどうにかするのが君たち開発チームの役割だろう!」

 怒鳴りはするけど、意見の類いは一切述べられなかった。


 設計上、車体構造上的に何ら問題も無くとも。


 これでは、ただの丸投げではないか・・・。


 唇を噛んだものだ。


 でも。


 実際、砲撃評価試験にまでこぎ着けるに至ると、やはりテンションが上がりまくる。


「いつ来ても、清々しいものだわ」

 鷹子は広大な東富士演習場の空気に懐かしさを感じていた。


「お客さんも集まってきたようだし、そろそろ試験を始めましょう」

 開発チームの主任を務める黒石・アネット・恵子陸士少佐が遠くからこちらを眺めている、アメリカ海兵隊と、彼らと合同訓練を行っている対戦車専門部隊を見やりながら皆に告げた。


 初の2足歩行車輌による戦車砲の発射試験。


 戦車砲そのものは、現在ほとんどの主力戦車には搭載されていないであろう打撃力の低い代物ではある。


 それでも不安定な2足で発射できるものなのか?


 自然と皆の興味が惹かれる。




 サイレンが富士山麓に轟き、砲撃評価試験開始。



 ターゲットまでの距離1200メートルの位置へと移動開始。


 開始早々にギャラリーと化した海兵隊員や専門部隊から歓声が上がる。


 3号機を操縦する惣一が、頭部に搭載されているガンマイクをギャラリーへと向けた。


『オイオイ、あのロボット、中に人が入っているんじゃないだろうな』

 そんな会話を耳にした惣一はほくそ笑むと。


「ハイハイ。確かに中に人が入っていますよ。ただし、着ぐるみじゃなく、人が操縦しているけどね」

 それほどまでにロック・キャリバーの歩行は滑らかに静か、かつ土煙すら上げないエレガントなものだった。


「1号機、射場へ到着しました」鷹子に続いて2号機、3号機も射場に到着した。


 皆が固唾を呑んで見守る中。


 1号機が、2号機が、3号機が左腕を水平位置に上げた。


「え?」

 ギャラリーたちがどよめいている。


「そりゃそうだよね・・・」

 ギャラリーのどよめきに、楓も苦笑い。


 誰もが主砲の発射をするものとばかり思っていたのに、始まったのは副武装の射撃試験だった。


 1号機の12.7ミリ重機関砲M2改が唸りを上げ、ターゲーットへと火線を引く。


 続いて2号機の7.62ミリ機関砲が唸りを上げるも、さすがに口径が小さいだけあって1号機の時よりも銃声がお腹に響かないと試験官たちは感じた。


「2号機の発射音、1号機よりも軽いッスねェー!」

 元哉が黒石少佐に告げた。


 そんな元哉を見下ろす少佐の視線は。

(お前の方が軽いんじゃぁ!)


 明らかに心の中で怒鳴っているのがアリアリ。


 3号機は片膝を着いて12.7ミリ重機関砲M2の射撃を行っている。


 一見して無駄な射撃試験ではあるが、実は戦車には無い、高低差を交えての射撃試験が行われていた。


「あれ?どうして2号機だけ小口径の副武装を装備しているのですか?」

 美鈴が黒石少佐に訊ねた。


「継戦時間の延長も視野に入れているのよ」「継戦時間?」

 美鈴は首を傾げた。


「ロック・キャリバーは山へと登れる戦車として開発されているのは貴女もご存じね。戦車というのは、対戦車武装を備えた敵兵に対し、随伴兵を伴わせなければならないの」

 戦車は正面からの攻撃に対し歩兵達にとって頼れる盾となるが、装甲の薄い上部や後部から対戦車兵器で狙われたらひとたまりも無い。


 そのためにも周囲の警戒をしてくれる歩兵を随伴させる必要がある。


 それはロック・キャリバーにも当てはまる。


 キャリバーは強力な火器を持つ強力な戦力だ。


 だが、キャリバーだけで山に入るのは危険で、周りの状況確認のためにも、やはり随伴する兵たちが必要となる。


 だが、イーターが歩兵を狙いでもしたら、彼らを守らなくてはならない。


 そこで副武装で牽制射撃を行い、歩兵たちからイーターを遠ざける必要に迫られる。


 副武装が強力に越した事はないが、実弾には限りがある。


 なので、口径を小さくしてでも弾数を多く持った機体を用意しておく選択肢が出てきた訳だ。


 黒石少佐の説明に、美鈴は納得、頷いた。


 一方の楓は、まるでイソギンチャクとヤドカリのような共存関係を連想していた。


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