第11話同じであって同じでない。
本来なら歩行評価試験を終えた後にモーションキャプチャによる動作取り込み作業に移るはずだったのに、思わぬトラブル(装甲と装甲が擦れ合って、周囲の人たちにご迷惑)が生じたため作業行程が逆となってしまった。
―歩行評価試験再開―
新型装甲、実はサイズが異なるだけの代物ではあるけれど、削った分だけより軽量化が進んだ。
マイナス8㎏。
微妙な数字なれど、おかげでパイロットにウェイトコントロールを強いる度合いが軽減される。
「日向大尉、今日仕事が終わったら、私と湊さんとで食事に行きますが、大尉もご一緒しませんか?」
木場・美鈴も、ついついお誘いしてしまう。
「いいねぇ。じゃあ、後で外出許可もらってくるわ。たまには外でお酒も飲みたいし」
いつもなら、勤務中の通信では私語を慎むようにと厳しい鷹子ではあるが、体重調整を軽減されたおかげで、リラックスしているのが見て取れる。
路面環境、平坦なアスファルト舗装道路。
ロック・キャリバーは、まるで人間のようなスムーズな歩行を行っている。方向転換、後退も難なくこなす。
非常にバランスが良い。
電導性伸縮ゴムは駆動系としての機能はもとより、衝撃緩衝の機能も十分果たしている。
中のパイロットへの負担も軽く、彼らに振動というストレスはさほど与えてはいない。
「もっと体が上下すると思っていたのに、まるで自分自身の脚で歩いているように穏やかな歩行感覚です」
鞍馬・惣一技術曹も意外と感じている。
これも、先に動作モーションを取り込んでおいたおかげだろう。
機体の物理的なバランスが予想以上に保たれている。
「これなら砂利道での歩行試験を前倒ししても問題無さそうね。木場試験官、アスファルト路面上の評価試験を終了して路面環境を砂利道へ再設定しましょう」
「日向大尉、少し気が早いと思います。あと路面傾斜評価とクラック(穴ぼこ)などの路面障害対応テストが残っています」
「3機共に同じ試験を行うのは非効率ではなくて?ただでさえ出遅れているというのに、挽回できるチャンスを逃しては後に支障を来します」
遅れた分を取り戻したい鷹子とキッチリとメニューをこなしたい美鈴とが衝突している。
そんな二人のやりとりを見て楓は珍しい光景に感じていた。
「どうしました?湊女史。あちらはあちらの事情がお有りなのでしょう。私たちは私たちの作業をこなしましょう」
「ええ。それは解っているのですが、日向さんのおっしゃっている事は事実ですし、3機共に同じ作業を行うのは、やっぱり非効率だと私も思います」
もっとAIに、より多くのデータを学習させてやりたいとも思う。
3機揃って同じ作業を行うよりも、様々なデータを教え込む方が学習効率を上げられるのはないか?
「湊女史の考えも数多く存在する答えの一環だと自分は思います。たぶん上層部は、同じシチュエーションに3機を投じて、どのような判断を下すか?どのような行動を取るか?のデータを収集しているのでしょう。千差万別の中から基準を求めようとするなら、その方が効果的ではないでしょうか?」
寝住・岳陸士大尉の考えに、楓は意外さを感じた。
(このオッサン、なかなか筋の通った事も言うのね・・・)
感心すらする。
―傾斜路面での登坂歩行試験及び降坂歩行試験―
動作取り込み作業よりも先に、歩行モーションの取り込みも行っていたので坂の上り下りでのバランス調整はAIが行ってくれる。
パイロットはバランスを気にせずに操縦にだけ専念できる。
ただ、横傾斜5%での歩行にAIは戸惑っている模様。
コントローラーに前進入力しても脚を前へと繰り出そうとしない。
本当に人間が戸惑っているかのような状況が発生した。
「この動作は取り込んでいなかったのかな?」
岳は一旦コントローラーを後退入力してみた。
やはり反応は鈍い。後退も出来ないのか・・・。
「つまずいちゃいましたね。一旦作業を停止―」
楓が作業停止を申し出ようとした、その時。
岳の2号機が腰を落として右腕を突き出し主砲射撃モーションを始めた。
「な、な、何やってんですか!寝住さん!!」
楓は慌てて2号機の前へと躍り出て、両手を大きく振ってストップを掛けた。
だが、2号機は停止してくれない。
そればかりか、右足を前へとすり足で押し出している。
確か、まだ機体に砲弾は搭載していなかったよね?
脳が沸騰しそうなくらい、楓は頭をフル回転させた。
危険は無い。
だけど、このオッサンがこっそりと砲弾を装填していたら。もうハラハラドキドキが止まらない。
「湊女史。今の動きでコイツが路面状況を認識したようです。傾斜に合わせてバランスを調整しています」
ぎこちなくではあるが、体を横へと傾けて2号機が前進を始めた。
「このデータを元に、他の機体が横傾斜で歩行できるプログラムを組みましょう」
この時、楓は思った・・・。
"三者三様のデータで基準を求める”と言った彼の言葉はウソではなかった(実際は千差万別と言っていた)と。
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