第10話異世界生命体の脅威。

「そもそもイーターって何ですか?」

 楓の質問に、惣一は思わず彼女を二度見してしまった。


 そのリアクションは、まさしく「今さら何を・・・」困惑しているのがアリアリだ。



 イーターとは?



 9ヶ月前にフランスで行われていた"人工ブラックホール生成実験”において、予期せぬ結果として”穴”が出現してしまった。


 穴とは異世界とを結ぶ文字通り穴である。


 しかし、穴は非常に不安定であり、出現してもせいぜい1~2時間くらいしか存在せず、しかも数百キロ離れた場所へと瞬時に移動してしまう。


 そのため"穴”への直接探索は一向に進まないばかりか、穴の向こうから異形の生命体がこちらの世界へと侵入してきた。


 異世界生命体。


 彼らは外見的に、現在確認されている地球上のどの生物にも該当しない。


 外見的な特徴として、紫色のツヤのある表皮と鋭い爪を持つ6本~8本の脚。そして口腔すべてに並ぶ30センチの牙が挙げられる。


 彼らの爪や牙は一般の乗用車程度なら簡単に貫く鋭さを誇る。


 彼らが現世界の生物と一線を画すのは、鋭い牙を持ちながら、その捕食方法は"噛み砕く”ではなく”ガッチリと捕らえてから同化吸収”する。

 つまり、口状の機能を持ちながらも、必ずしも捕食に口を必要としていないのだ。


 さらに。


 彼らは睡眠を必要とせず、常に獲物を見つけては捕食する、まるで貪食性の塊のような生き物だ。

  

 加えて、彼らの表皮は柔軟でありながらも、多くの軍隊で採用されている5.56ミリアサルトライフルの銃弾では撃ち抜くことができず、PRGなどの重火器が有効とされた。


 そもそも、彼らイーターは血液に該当するものを持たず、7.62ミリ機関銃の掃射で体中を撃ち抜かれるも、血液や内臓をブチまける事無く、ただ乾いた粘土が崩れるようにして対組織を分解するのみであり、時間を経ると元通りに再生してしまう。

 もしくは、他の個体と接触し、接合して再生を行う。



 "穴”の出現時間が1~2時間と短いのが幸いしてか、穴の向こうからやってくるイーターの数は多くても3~5体内に収まっている。


 しかし。


 世界各国でイーター出現が報告される中、日本の相模湾沖にイルカの群れを追い掛けるイーターの群れが確認された。


 その数、実に16体。


 世界各国で一度に報告された最大数記録を大きく更新した。


 陸防は海岸線に戦車部隊を配置し、一斉掃射でこれを迎撃、殲滅に成功。


 その一方で、アメリカのラスベガスでは、町中にイーターの遺体が発見された。イーターの死因は墜死したものと判明した。


 この2つの事件が証明したのは、恐るべき事実でもあった。


 ”穴”が出現するのは地上だけとは限らない。


 "穴”が出現してから8ヶ月間、世界中で穴の出現が確認された回数は実に200件に上る。


 しかし、それはあくまでも地上で確認されている数に過ぎず、ここに来て地上以外にも穴が出現していたとすると、もはや想定すら不可能と言える。


 世界は終末へと向かってしまうのか?


 それでも未知の脅威に抗おうと世界各国で急きょ対策が練られた。


「現在解っているのは、彼ら異世界生命体は、決して馴れ合える存在ではない事。それにヒョウにも勝る俊敏なイーターを仕留めるためには、ヤツらに見つかる前に仕留める必要があるという事ぐらいかな」

 

 米軍の対イーター戦マニュアルには、戦闘ヘリからのミニガンによる攻撃でイーターの脚を止めておき対戦車火器で仕留めるというもの。


 彼らイーターに察知されてからでは、主力戦車のM1A1での追跡は難しく、肝心の戦車砲を命中させる事はほぼ不可能だと断言している。


 M1A1戦車が活躍するのは、”穴”が出現する際に穴の向こうの異世界から放出される高濃度の窒素で"穴”の出現場所を特定し、事前に戦車部隊を待機させ迎え撃つ場合に限る。


 が。


 ”穴”が出現しても、一向にイーターが姿を現さないばかりか、結局は出現しないケースも見受けられる。


 その度に大量のガソリンを食うM1A1やその他の戦車部隊を配するのは、無駄にコストを膨らませるばかり。


 そういった諸経費を削減するためにも対イーター戦マニュアルは大いに活用されている。


「同じ事をこの日本で行うことは難しいですものね」

 軍隊に疎い楓でさえお金に関わると、とたんに話の内容を理解してしまう。


 これでは、ロック・キャリバーを完成させても、運用で苦労するのは目に見えている。


 つくづく岳たちが不憫に思えてならない。


「ちなみに彼、寝住・岳陸士大尉は相模湾迎撃作戦に戦車乗りとして参加していたのですよ」「ほえー」

 楓の驚き具合から、どうやら初耳だったらしい。


「じゃあ、日向さんもその時相模湾にいらしたのですか?」


「ええ。掃討後の夜間哨戒任務に就かれていたと聞いています」

 敵を殲滅したとはいえ、恐ろしい体験をされたと思う。


「お二方、共に中隊を率いてイーター殲滅に当たられた経験を買われて今回のテストパイロットに選ばれたそうですよ」補足事項を付け加えた。


 意外だった。


 楓が岳と初めて同じ班になった時、彼はロック・キャリバーを見て、「格闘は可能なのですか?」と常識では考えられない質問をしてきたため、ただのロボットマニアだとナメて掛かっていた。


 実際、狭いロック・キャリバーに搭乗する際、彼だけ毎回テンションが高く、他のパイロットと明らかにモチベーションが違っていた。


 一方の鷹子は、隊長という責務から非常に厳しい女性だと思っていたが、実戦を経験し、さらに多くの隊員を従える任務に当たっていたのならば、今の厳しさは致し方ないと思える。


 経験者は語るではないが、少しだけ彼らを見直した。


「こんな話、女性に聞かせるものではないのですが、イーターの脅威として説明しておきましょう。ある時、日向大尉が海岸線哨戒任務に当たっていた時の事を話してくれました」

 いつも以上に、惣一の表情が引き締まった。


「浜辺に打ち上げられたイルカの遺骸はイーターによって捕食されたものでした。彼らイーターは相手を噛み、食べるのではなく、同化吸収して捕食しているのです。その証拠に歯形らしきものは一切無く、体のあちこちに溶けたような跡があったとおっしゃっていました」

 ご厚意有り難く、イーターの恐ろしさは十分伝わりました。


 ですが、これから家に帰って食事をしようとするこのタイミングでは耳に入れたくない情報でした。


 この、バカヤロウ・・・。

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